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金色フェスティバル  作者: 遊森謡子
第三章 紅色ノスタルジー
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第二話 私の中に流れる血潮の色

 ジェイドに勧められて、私はレナエルさん一行と一緒に領主の館まで移動した。


 領主の館には、ジェイドの秘書ディーンさんが用意してくれた私の部屋がある。私が領主の妻になったら、ここに住んで欲しいんだって。

 で、ディーンさんはレナエルさんを、そんな私のお客さんだと判断したのか、女性的な調度のその部屋なら客人が落ち着くだろうと思ったのか……まあとにかくその部屋を使うことを提案したので、私たちはそこに腰を落ち着けた。


「チヅは、こちらの言葉が話せるのね」

 レナエルさんは、ジェイドや連れの男性──息子さんだそうだ──にもわかるよう、こちらの言葉で話す。

「私は元々、こちらのバジューという街の生まれなんだけれど……私の母が、あなたのように、ニホンからレイフェールに喚ばれて来た人なの。……でも母は、領主との結婚を断って、レイフェールを出たそうよ」

「え」

 そういう人もいたんだ、とジェイドを見ると、ジェイドは心配そうに私を見る。別に、私もそうしたいとは言ってないって…… 

 レナエルさんは続ける。

「その後バジューにたどりついて結婚して、私を産みました。私はこちらとあちらのハーフということね。……母は、私が十七の年に病気で亡くなりました。それからすぐだったわ、私がいきなりニホンに行ってしまったのは」


「いきなり、ですか?」

 私の質問に、レナエルさんはうなずく。

「ええ、いきなり。街の雑踏を歩いていたら、いつの間にか。母からニホンのことを聞いていなかったら、パニックだったでしょうね」

 私は眉をひそめる。

「知っていても、びっくりしたでしょう、そんな……世界を渡るなんて」

 レナエルさんは微笑んで答える。

「ええ、そうね。でも、きっと母と関係があるんだと思ったわ。母は、一度でいいからニホンに帰りたい、と言っていたから、娘の私が代わりに来てしまったんじゃ……なんていう風に思ったの」

「代わりに……」

 ジェイドがつぶやく。レナエルさんは続けた。

「私は母の親戚を探し当て、母のことを伝えました。その時に知り合った人との間に、しばらくして子どもも生まれたの。でも、辛いこともたくさんあって……。年々、何もかも捨てて、故郷のバジューに帰りたいという思いが強くなったわ」


 私は黙ってそれを聞く。

 日本人は、異世界があることなんて知らない。緑の髪をした異世界の人間が日本に渡って、いったいどんなことが起こったんだろう。子どもがいてさえ、故郷に帰りたいと思うほどの何か。それは、軽々しく聞いてはいけないような気がした。


 レナエルさんも詳しくは話さないまま、続けた。

「そして気がついたら、こちらに戻っていたの」

「戻れたんですね!?」

 私は思わず声をあげる。

「レナエルさんのお母さんは、日本からこっちに来て、日本に戻ることはできなかったけど……レナエルさんは、こっちから日本に行って、またこっちに戻れたんだ!?」


「そうなの。帰りたいという強い想いが、そうさせたのかしら。それとも、母が導いたのかしら」

 レナエルさんはまたうなずき、そして少しためらいがちにこう言った。

「ニホンにいた時に産んだ子の名は、エツコと言います。シノダ・エツコ。まさかとは思うけど、ご存じないかしら……」


 呼吸が一瞬、止まった。


 息を吸おうとして、私は思わずせき込む。ジェイドが心配そうに私の顔をのぞき込むのを、大丈夫だからと片手を上げて合図する。

「し、知ってますっ」

 私はようやく、答えた。

「篠田は、私の母の旧姓です。篠田恵津子は……私の、母の名前!」


「ああ、似ているから、もしかしたらと思ったの!」

 レナエルさんは両手を胸の前で握り合わせた。

「チヅ、あなたは私の孫なのね!」


「孫……」

 レナエルさんが、私のお祖母さん!? そんなことって。


 胸を押さえながら、レナエルさんは続ける。

「あなたには少しだけ、こちらの血が流れている。きっと、その血がこちらを記憶していたんじゃないかしら……故郷に帰りたいという気持ちも一緒に」

「血が……」

「ええ。私の母以前に、ニホン以外から召喚された人がいることは知っているでしょう?」

「あ、はい」

 最初に召喚された人は金髪で、だからこそあんなふざけた祭り……ごほん。えっと、後で記録を見たけど、最初に召喚された人はどうやらアメリカから来たらしい。

「その人がね、実はこちらからあちらに行った人の子どもだって話があるの」

「ほんとですか!?」

「ええ。そして、私とあなたとの関係……。両方考え合わせたら、血縁が関係あるのかもしれない。あなたはこちらに呼ばれやすかった(・・・・・・・・)、そういうことじゃないかしら?」

 

 ──母からは、祖母は「ナエ」という名前だと聞いていた。「レナエル」さんの「ナエ」だったんだ。

 私が聞かされた話では、祖母は母が高校生の頃、台風の日に行方不明になったと、事故を匂わされてて。

 でも、そうじゃなくて、こっちに戻ってしまってたんだ……


 レナエルさんの話が本当なら、私にはこちらの人の血が十六分の一、流れていることになる。確かに、母は髪は黒かったけど、異国風の顔立ちだった。私の瞳の色が薄いのは、母似だ。

 母は、異世界の血を引いてるなんて一言も言わなかったし、祖母の写真さえ私に見せようとしなかった。つまり、知っていて隠してた? それがどんな気持ちからきた行動なのかは、わからないけれど……


「じゃあ……じゃあ」

 私は尋ねる。

「私やレナエルさんだけじゃなくて……今まで世界を渡った人たちがそれぞれの世界に帰りたいと、そう望む気持ちが、血脈によって子孫に伝わっている?」

「想像だけれど、私はそう思っています」

 レナエルさんは、優しい、でも何だか悲しそうな瞳で私を見る。

「生まれた世界から引き離されたのだもの、帰りたいという気持ちはとても強いもののはずよ。でも、両方の血が混じった人は、どちらも故郷なのだと、心の深い場所で感じている」

「最後にどちらを求めるのかは、その思いの強さ次第、ってことなんでしょうか」

「行き来した人もいるそうだから、他にも要因がないとは言い切れないけれどね。でも……どちらで生を終えたいか、そんな選択だけは、きっと神様も叶えて下さると思いたいわ」

 レナエルさんはちょっと笑い、そして言った。

「チヅ、あなたはいつこちらに?」

「春です。半年前。春の祭典の時に」

「ああ、そう、そういう行事でしたね。……あなたが、二つの世界の間で辛い思いをしないと良いのだけれど」

 つぶやくようにそういうレナエルさんを、息子さんは黙って見つめている。


 あ、そうか。この人は、レナエルさんがこちらに戻ってから産んだ子どもだ。私の母とは、父親違いの姉弟。私にとっては叔父さんってことになるのか。

 レナエルさんの苦悩をそばで見てきたのであろう息子さんは、常にレナエルさんを気遣っている。こちらでの再婚が、レナエルさんにとって幸せなものだった様子が垣間見えるようで、私は少しだけほっとした。


 レナエルさんと息子さんは、結局その日は領主の館に泊まることになった。私も、夕食だけご一緒させてもらう。

 夕食中、レナエルさんが聞きたがる日本の話を、私は求められるままに次々と話した。ジェイドと息子さんは、二人で時々言葉を交わしていたけど、ほとんどは黙って食事をしていた。


 食事が終わると、レナエルさんは目を潤ませて言った。

「あなたの噂を聞いて、どうしても会いたくて……迷惑も考えずに来てしまって、ごめんなさいね」

「いいえ、私は嬉しかったです。わざわざ尋ねてきて下さって、本当にありがとうございます」

 私は答える。

 レナエルさんは、ふとジェイドの顔を見てから私に視線を戻し、言った。

「……私たちは明日の朝早く、ここを発ちます」

 息子さんが、おや、という顔でレナエルさんを見る。私も尋ねた。

「収穫祭、見て行かれないんですか?」

 レナエルさんは「それはまたの機会に」と微笑んで、

「私の家は、バジューではとても有名な、大きな果樹園をやっているの。忙しい時期なのに、働き手を連れ出しちゃったから、早く帰らなくては」

 と息子さんを見る。そして、私とジェイドに向き直って続けた。

「もしバジューに来ることがあったら、ぜひ立ち寄って下さいね。……お元気で」

 立ち上がったレナエルさんと、私たちは握手をする。続いて、息子さんとも。

 日本と何も変わることのない、温かな人の手。けれど、その奥深くに宿る血が、想いが、住む世界を決めるのだとしたら……本当に、不思議だ。まるで、神様に試されているみたい。

 レナエルさんと息子さんが食堂を出ていくのを、私とジェイドはテーブルの側に並んで立って、それを見送った。


 二人の姿が廊下に消えたとたん、私の身体は強く抱きしめられた。

「ぅえっ」

 肺から空気が押し出されて、変な声が出る。

 私の肩に顔を埋めているのは、もちろんジェイドだった。彼は、まるですがりつくようにして私を抱きしめながら、声を絞り出す。

「帰らないで」

「……ジェイド」

「チヅ、行っちゃダメだ」


 ……今は夜で、私は街で部屋を借りているけれど、そこに帰るな、という意味じゃないことくらいもちろんわかってる。そこまでKYじゃない。


 私はそっと、彼の背中を叩いた。

「私、こっちが好きだって言ったじゃない」

 ジェイドは早口に言う。

「二十年以上暮らした場所よりも!?」

「あの、ジェイド」

「話を聞きながら、気が気じゃなかった。いつチヅが、あの人の話から故郷への想いを刺激されて、今すぐ帰りたいって言い出すかって」

「私──」 

 何とか少しでもジェイドを安心させようと、考えながら口を開いた時。


 一瞬だけ彼の腕が緩んで──


 唇を、塞がれていた。


 驚いて腕を突っ張りそうになったけど、すぐに私は力を緩めて目を閉じる。

 ジェイドがこのキスで、私をこっちにつなぎ止めようとしていることが、痛いくらいわかったから……


「……ごめん」

 ようやくジェイドが唇を離し、額と額をくっつけたままうなだれた。目を開いた私も、すぐに謝る。

「ううん……私も、ごめんね。レナエルさんと、日本の話ばっかりして」

「いいんだ。本当は、ゆっくり二人だけで故郷の話をさせてあげなきゃいけないところだったのに……俺が不安で。……領主らしくない振る舞いだったね」

 ジェイドは苦笑して、顔を上げると壁掛け時計を見た。

「もう、行く時間?」


「あ、うん、そう」

 私はちょっとあわてる。今は収穫祭の真っ最中、うちの店の屋台の夜番が待っている。

「送るよ」

 そう言って腕を放すジェイドの微笑みが、すごく弱々しいので、私は急いで言った。

「ジェイド、思い出して。春の祭典の時のこと。私がここを好きなのは、あなたのおかげなんだよ。だってあなたは、私に選ばせてくれたから……流されるまま結婚するのか、私が自分で自分の居場所を作るのか」

 ジェイドはうなずいて、今度は少しだけ明るく笑うと、片手を出した。私はその手を取る。

 私たちは手をつないで、領主の館を出た。


 でも、広場に着くまでの間、二人とも黙りこくっていた。

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