第一話 街を彩る秋の色
以前『領主の花嫁? ~レイフェールの色彩~』というシリーズ名で投稿していた『金色フェスティバル』『夏色ユニフォーム』の2作品を、『金色フェスティバル』第一章・第二章としてまとめました。『夏色ユニフォーム』の作品名で投稿していたものは、現在全ての設定を「除外」にしてあります。
第三章『紅色ノスタルジー』は続きで、今回新しく投稿したものです。全三話。
レイフェールは、実りの秋を迎えていた。
街は収穫祭の真っ最中。広場では、カンパレという野菜の品評会が行われている。カンパレは鮮やかな紅色の皮のカボチャみたいなもので、その色艶や形、大きさを競うのだ。まさにお化けカボチャというのにふさわしい大きさのカンパレが、特設ステージにずらりと並んでいる。
「チヅ!」
呼びかけられて、ジャンジュ(日本で言う「お焼き」みたいなこちらのソウルフードね)の生地をこねていた私は、顔を上げた。
短く刈り込んだ緑灰色の髪、明るい茶色の瞳のジェイドが、うちの屋台をのぞき込んでいる。あ、屋台って言うのはもちろん、私が働いている『ロザラインの店』というダイニングバーが、お祭り用に広場で出店している屋台のことね。
「あら領主様、品評会はいいの?」
手を止めないまま言うと、レイフェールの新任領主ジェイドはにこりと微笑んだ。
「挨拶回りは終わったし、あとは投票結果を待つだけだから。チヅ、そろそろ休憩時間だろ?」
「そうね、そろそろ」
「一緒に、街を回ろう」
ジェイドの瞳が、期待を込めて私を見ている。私はうなずいた。
「もうすぐマテオが交代に来るから、そしたら行こっか」
言ったそばから、同僚のマテオがこちらに向かって歩いてくるのが見えた。
マテオと交代し、エプロンをはずして屋台を出ると、ジェイドは屋台のすぐ横で待っていた。連れだって歩き出す。
広場から南に向かうメインストリートには、たくさんの店が出ていた。山積みになった野菜や果物、瓶詰めのジャムに果実酒、足下の籠にはまるまる太った鳥。スパイスをザルですくうザラザラという音、串に刺さった肉から滴る脂がじゅうじゅうと焼ける音。焼き物や染め物、木彫りの品なんかの店は、紅葉した葉や木の実で装飾されている。
そして、そんな街の景色が夕暮れの赤に染まっているのだ。うーん、秋だなぁ!
「今年も大豊作で、みんな喜んでるよ」
ジェイドが言うので、私は胸を張って見せた。
「そりゃそうよ、春の祭典で私が来たんだから」
豊作を祈願する春の祭典で、私こと羽多野ちづは日本からレイフェールに召喚された。昔々、異世界人がやってきて以来、この地は豊作に恵まれるようになったんだって。私も神様に勝手にこっちにつれて来られたんだから、少しは感謝してもらわないとねっ。
「うん……そう、そうだね」
真面目なジェイドは、私を見つめて真剣な目でうなずく。
「豊作は、チヅのおかげだ、きっと。……でも、チヅが来て一番喜んでるのは、俺だと思うけど」
どきっとして、私はちょっと視線を逸らしてしまった。
こちらの世界の神様によって私が召喚されたのは、領主が結婚適齢期だったってことも関係があるらしい。初めてこちらにやってきた異世界人も、レイフェールの初代領主と結ばれたそうだ。つまり私も、最初から「領主の花嫁」として呼ばれたんだ、ってこと。
昔からの召喚儀式とはいえ、別の世界から人間を拉致してくることに、ジェイドは前から違和感を覚えていたそうだ。そこで、私が結婚を強要されずに済むように最初は匿ってくれようとしたし、その後も私の意志を尊重してくれる。
おかげで今のところ、私はただの(?)異世界人として独身のまま、この街のダイニングバーで働いている。
日本に帰る方法は、正直、わからない。こちらに召喚された人は過去にもいるそうだけど、帰れた人もいれば帰れなかった人もいるし、行き来した人がいる、なんて話もあるそうで……でも、何がきっかけなのかがわからないんだよね。神の御業じゃ、しょうがないけど。
「チヅが、レイフェールに慣れてきてるのを見ると嬉しいけど、複雑な気分だよ」
ジェイドは歩きながら話し始める。
「そりゃ、慣れざるを得ないよなって……」
「そうねぇ」
私は賑やかな通りを眺めながら答える。
「こっちに来た時は、とにかくめっちゃ怒っちゃったな。でも神様相手じゃどうしようもないし、ジェイドや街の人が歓迎ムードで、みんな優しくて……そしたらもう、怒れないよねぇ。……日本に帰りたい気持ちはあるけど、もしも今帰ることになったら、私は泣くと思うな。それだけ、こっちで色々な人と、濃いおつきあいをさせてもらってるから」
そう、勝手に呼ばれはしたけど、レイフェールがいいところすぎて困るのだ。街も人も。
「不思議だよね。こっちの言葉だって私、来る前に勉強済みだった」
私はつぶやく。
こちらの言葉は地球の英語とほぼ同じで、私は日本にいた頃に、ホームステイまでして英語を学んでたんだ。おかげで、来たその日から意志の疎通にはあまり不自由しなかった。
まるで、もう一つの故郷にようやく来れたかのような──最初からこちらにも私の居場所が用意されていたかのような、そんな心地良い感覚。
「いきなり世界を渡ったのに、ここにいることがおかしいと思わないくらい、馴染んでるんだよ」
「そう思ってくれて、領主としてはすごく嬉しい。でも」
ジェイドはため息をついた。
「チヅに知り合いが増えるたび、ハラハラするよ。チヅは一応俺の婚約者なんだぞ、みんな覚えといてよ!? って」
つい笑ってしまった私を、ジェイドがムスッとして見るので、
「ごめんごめん、つい……でも、そういう心配はいらないよ」
と言い切ってみた。「本当かな」と横目でこっちをみるジェイド。
私が言うのもなんだけど、ジェイドは私への気持ちを誰の前でも隠さないから、街の人々は若き領主様の恋を見守るモードに入ってる。だからこそ、さあチヅはどうするんだ!? みたいな感じで興味を持った人々が私に近づいてくるわけだ。ロザラインおばさんは、私目当てのお客が増えるから喜んでるけど。
そう、つまり──あとは私の、気持ち次第。
でも、もし今、いきなり日本に帰る方法が見つかったら……
私はどちらを選び取るんだろう。
「あれ」
ジェイドがふと声を上げた。どうしたんだろう、と彼の視線を追うと、道の突き当たりがなにやら騒がしい。
レイフェールの街は円形で、低いながらもぐるりと壁で囲まれている。中央広場から四方に大通りが延びていて、北の突き当たりには丘を背にして領主の館。それ以外の三方の突き当たりには、簡単な検問所がある。
私たちが今ずっと歩いてきた、南に向かう道も、突き当たりは検問所だった。そこから、おしゃれな箱馬車が入ってくるところだったのだ。
検問所のすぐ内側には、馬車ごと預かってくれる宿屋があって、そこの人が駆け寄っていって御者と話をしている。つまり、この馬車でやってきたのは街の外からのお客さんってこと。
「ジェイドの出番かもよ」
私は言った。
馬車の豪華さ加減や、後ろに縛り付けられた荷物の多さから言って、それなりの地位の人が乗っていると見た。それなら、領主に挨拶に来るかもしれないもんね。
「特に客人の予定は聞いてないんだけどなぁ」
ジェイドは軽く首を傾げたけど、表情が引き締まって「領主の顔」になる。なかなか凛々しい。
「チヅごめん、また後で」
「うん。私は、広場に戻ってるね」
私はジェイドに手を振った。この場に残って、街の外からのお客さんにあまり物珍しげな目で見られるのもね。
緑系の色の髪を持つこちらの人々の間では、黒髪は珍しい。瞳だけなら、私はちょっと茶色っぽいから、こっちにもよくある色で目立たないんだけど。
ジェイドも手を挙げてから、馬車の方に向き直って足を踏み出した。
ちょうど、馬車から男性が降りてきたところだった。深緑色の髪をきりっと一本に結んだ、割と小柄な三十代くらいの男性。
彼は地面に降り立つと向き直って、馬車からもう一人が降りてくるのに手を貸した。
馬車から降りてきたのは、ほっそりした老婦人だった。七十そこそこくらいだろうか、緑の髪より白い髪の方が多そう。
何となく、見たことのあるような面立ち……
あ、いけない、何だか目が離せなくてじろじろ見ちゃった。もう行こう。
立ち去ろうとしたとき、何かを探すように視線を巡らせた老婦人と、視線が合った。
老婦人が目を見開く。
「まあ、本当に……!」
異世界から来たという私の噂を知っていたのか、そんな風に言った老婦人は、手を貸していた若者の横をすり抜けてこちらに踏み出した。
そして、私にこう、呼びかけた。
『どこからきたの!?』
日本というところからです、と答えかけて、私は息をのんだ。
今の……日本語だった!?
私はあわてて、レイフェール英語から日本語に切り替えて答える。
『日本ですっ。羽多野ちづと言います!』
『ああ、懐かしい、日本語!』
老婦人は涙ぐむ。
『私はレナエル・ミレー。日本にいたことがあるのよ!』