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金色フェスティバル  作者: 遊森謡子
第一章 金色フェスティバル
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第一話 異世界トリップは変装道具持参で

その日はただ、買い物の帰りにふと思いついて、珍しく図書館に寄っただけ。そのはず、なんですが。


日曜日なので大勢の市民が訪れていたけれど、基本的に図書館という場所は静かだ。音といえば密かな足音、誰かの咳ばらい、甘える子どもに応える母親の抑えた声…それくらい。

大きめのトートバッグを肩にかけ直しながら、私はビデオ・DVDコーナーをうろついていた。うーん、やっぱ図書館には置いてないか…明日、会社の帰りにでも、おとなしくレンタルショップ行くか。

そして、出入り口に向かおうとして大きな本棚をクルリと回り込んだ時、気づいたのだ。

図書館から、急に人影が消えたことに。


「…あれ?」

私はきょろきょろとあたりを見回した。本棚の林が立ち並ぶ空間には、私以外誰もいない。貸出カウンターまで空っぽ。なんで? まだ閉館時間じゃないよね?

ていうか、この図書館こんなに狭かった? これじゃ、図書館というより学校の図書室みたい。似ているけど、全然違う場所に来たみたいだ。


…違う場所に?

にわかに鼓動が速くなる。大きく息を吸い込んだ私の耳に、何やらポン、ポン、という柔らかな破裂音と、ざわざわとした喧騒が聞こえてきた。…外から?

窓に近寄った。遠くにコバルトブルーの海が見える、わぁキレイ。

じゃなくて! 私、いわゆる海なし県に住んでたはずなんですが!?


外に広がるのは、白っぽいレンガ造りの、全く見覚えのない街並み。窓辺や街路にはこれでもかというほど花が溢れている。ポンポンいってるのは花火の音らしく、青空に白煙が上がっていた。街灯にはきれいなカラーテープが張り巡らされ、紙吹雪が風に舞う。まるでお祭り…いやお祭りだ。そのものだ。

街路やその先の広場には出店が並び、道行く人々はみんな笑顔で、何か食べ物をほおばったり大道芸を眺めたり…。

んん!? 道行く人々みんな…ホントにみんながみんな、金髪?

「ここどこ!? 外国!?」


泡を食ってキョロキョロする私の目に、本棚の本の背表紙が飛び込んできた。

普通に知っている文字なのに、読もうとしたら頭がクラッ。もう一度マジマジと背表紙を見て、やっとそのめまいの原因がわかる。

そこにある本は全て英文タイトルなのに、文字がひっくり返っているのだ。ただ向きが逆さまなだけでなく、左右もひっくり返っている。鏡文字というやつだ。

あわてて他の本棚を見ても、すべて同じ。読めることは読めるよ、本を逆さまに持って、鏡で映しながらならね。でもなんでこんな本ばっかり?

「…あぁもうワケわかんない」

とにかく、ここがどこなのかを確かめないと。

私は窓の反対側、部屋の隅にあるごく普通のドアまで歩き、泥棒の気分でコッソリ開けた。


廊下は薄暗く、人気がない。きっと人々はみんな、外のお祭りに行ってるんだろう。何のお祭りだか知らないけどね。

ドアを後ろ手に閉めて、右手に見えた階段の方へ歩きかけ…ピタリ。足を止めた私は、そのまま後ずさりして、バッと壁に貼られた真新しいポスターに向き合った。


大きく引き伸ばされた、私の顔写真が、あった。

写真には英文で文章が添えられている。けどこれも文字がひっくり返ってる。んがぁっ、サッと読めないのがもどかしい! とにかく必死で読む。


『レイフェール春の祭典にて、異世界より領主さまの花嫁が、無事に召喚された模様! 期間中、街のどこかに現れます。最初に発見・保護し、祭典終了までに領主館に連れてきた人に、賞金10000000マニ!!』


私は回れ右をして図書室に戻り、ドアを閉めると、押し殺した声で叫んだ。

「なんっっじゃそりゃぁあぁ…!」


普通は異世界に来たと知ったら、まずはパニクるかドン引くか現実逃避するかだと思うけど、私はその段階をすっ飛ばして、怒髪天を突いた。アタマがヤカンみたいに沸騰してピーッとかいいそう。

小説やマンガじゃあるまいし、異世界って何さ? いや、そこにこだわってたら話が進まないからともかくとして、つまり何か? 私は勝手に異世界に呼び出されたあげく、指名手配の賞金首になり? 私を捕まえた人はボロもうけ(何あの賞金の0の数! マニって単位がわかんなかったけど!)、でもって私は領主と結婚せねばならないと? けっ、王子様じゃなくて領主か…っていやいやいやいや。

あーでもデッドオアアライブじゃなくて良かったぁ、『保護』って書いてあるし♪

なんて感謝なんかするか! これお祭りイベントの一つっぽくね? ひ、人のことダシにしてナニやらかしてくれちゃってんの…っ!

ダメだ、考えれば考えるほどムカついてくる。

冗談ポイだ、こうなったらせめて、祭典期間中は絶対に捕まってやるもんか!


そう決意した私は、一気に冷静になって策を検討し始めた。

幸い今、この部屋とその付近に人はいないみたいだけど、いつまでもここに隠れているわけにはいかない。だって祭りとやらが何日続くのかわからないんだもん、食事だのトイレだの生理現象はどーするの。

でも、不用意に外に出るわけにもいかない。あのポスターには私の顔写真がバーンと載っている。きっと街のあちこちに貼られているに違いない。どうやって手に入れたのか、ややピンボケな写真ではあったけど(しかも半目だった…女として勘弁して)、本物の私と並べてみたら本人だとわかってしまう程度には明瞭だったし、ご丁寧に外見上の特徴まで書き添えられていたのだ。『黒髪・黒目・肌は薄いクリーム色』とかなんとか。


「まさか、これが役に立つなんてね…」

私はトートバッグの中身を床に広げた。

トリップ直前、図書館に寄る前に買いに行っていたもの――それは、会社の創立三十年記念パーティで使うグッズだった。

うちの会社、節目の年の創立記念パーティで、入社三年以内の新人に出し物をやらせるという悪しき風習があるんだよね。惜しい、あと一年早く入社してれば、高みの見物ができたのに。

まあでも何かやらなきゃならないってことで、うちの支社の新人チームはガングロ女子高生に化けてパラパラを踊ることに…って微妙に古! でもみんな投げやりに考えてるから、ロクな案が出ないのさ。

とにかく、適当なダンスをDVDか何かで覚えねばならないので、図書館に探しに行ったわけ。でも置いてなかったから、後日レンタルショップに行こうと思ってたんだけど。


私はそんなことを思い返しつつ、

「男子がガングロやるから面白いのにな~」

ぶつくさとぼやきながらブラウスの袖とチノパンの裾をまくり上げ、買ってきたグッズの中から舞台用のファンデーションを取り上げた。コンパクトミラーでチェックしながら、首や顔、手足…露出している部分全てに塗りたくる。日焼けしなくても、お手軽に小麦肌。いっそヤマンバメイクしてやろうかと思ったけど、そこまでは突き抜けられなかった二十五歳独身彼氏なし。

続いて、ショートボブの髪をジェルでなでつけてまとめると、長い金色のウィッグをかぶる。ピンクとかグリーンとか選ばなくて良かった。

目の色はどうしようもないけど――さすがにカラコンまでは買ってなかった――まあ私の瞳は色素がやや薄目で、光の加減によっては茶色に見えないこともないからいいか。念のため、ウィッグの長めの前髪を、目に少しかかるように前に下ろしておく。


支度を終え、もう一度窓に近づき、金色の川のような人の流れを見下ろした。

木を隠すには森の中、人を隠すには人の中。あの中に混じってしまえ。

「女は度胸!」

私は頬を両手でパンと叩いて気合いを入れると、もう一度その部屋を出た。

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