勘違い令嬢と、百倍の愛
「美しいレディ、僕と交際していただけないだろうか」
王立学園の中庭で、一人の青年が熱のこもった声で告げた。
彼は海を越えた先にある国からの留学生、アルヴィン・ラティアス様。
その告白を受けていたのは、私―――ではなく、従姉である伯爵令嬢、ロザリアである。
私、男爵令嬢であるルアンナ・シーズリーは、彼女の後ろで荷物持ち兼見守り役として立っていた。
中庭でのランチを終えて教室に戻ろうとしていたところ、突然目の前にやってきたアルヴィン様が「僕はエクフラン王国からの留学生で、アルヴィン・ラティアスと言います。貴女に一目惚れしました」と言いながらロザリアの前に跪いてきたのだ。
「ふぅん」
ロザリアは値踏みするようにアルヴィン様をじろじろと観察し、小さく微笑んだ。
アルヴィン様の容姿自体はロザリアの好みだったようだ。
「それで、アルヴィン様のご実家の爵位を伺ってもよろしくて?」
「失礼しました。ラティアス家は子爵を賜っております」
「子爵ね…」
ロザリアのテンションが下がった。
彼女が結婚相手に求めているのは見た目も当然だが、「爵位」と「財産」はより重要だった。
ロザリアは、「結婚後はいまよりもっといい暮らしがしたい、イケメンで金持ちな高位貴族に嫁ぐの!」と常日頃から口癖のように言っていた。
「…領地はどのようなところ?」
「僕の父は領地無しの子爵なのです」
「……貧乏は嫌」
「御心配には及びません!父は商会を経営しておりまして、僕も経営に関わっています」
「年商は?」
(え、初対面の相手にそんなこと聞いちゃうの!?)
日頃からわがままで常識が無いとは思っていたけど、ロザリアのあまりの露骨さにちょっと引いた。
しかし、アルヴィン様は気にした風も無く答える。
「昨年は一千万程でしょうか」
「一千万…!? 」
ロザリアの顔に侮蔑が浮かぶ。
彼女の頭の中で、アルヴィン様は「ただの貧乏商人貴族」として完全に切り捨てられたのがわかった。
けれど、ただ振るだけでは気が済まないのがロザリアである。
彼女はいつも私を困らせるときの意地の悪い笑みを浮かべて、突っ立って成り行きをぼんやり眺めていた私の背中を強く押し出した。
「ねえ貴方、わたくしの見た目が好みなのよね? 一目惚れっていってたものね? なら、この子はどうかしら? わたくしの従妹よ。顔も何となく似ているし、髪も瞳もわたくしと同じ銀髪にルビー色の瞳でしょ?」
急に前に押し出された私は驚いたが、間近で見るとアルヴィン様の顔は私の好みドストライクだった。
サラサラのこげ茶色の髪に、吸い込まれそうな切れ長の紫の瞳。
すっと通った鼻筋。きりりとした形のいい眉。少し日に焼けた肌もポイント高い。
(え?めちゃくちゃかっこいいじゃない!好き!)
すっかり一目惚れした私は、うっとりとアルヴィン様を見つめる。
アルヴィン様もまた、私の顔をじっと見つめるとすぐに優しい笑みを浮かべた。
「美しいレディ、あなたのお名前は?」
「ルアンナ・シーズリーですわ」
「ルアンナ嬢…名前まで美しい…」
アルヴィン様はそっと私に手を差し出した。
普通なら、ついさっき別の女性に愛を囁いていた男の切り替えの早さに引いてしまうところかもしれない。けれど、私はそんなことは気にせず、差し出された手に自分の手を重ねる。
こうして私達は交際を始めたのだった。
数か月後、学園のサロンで行われている交流パーティーが開かれた。
卒業後に社交界に出るための訓練として、年に数回行われるのだ。
「…な、何よ、それ!」
会場に入ってすぐ、ひっくり返ったような声が聞こえた。声の主はロザリアだ。
彼女は、アルヴィン様にエスコートされて現れた私を見て、目を限界まで見開いて硬直している。
無理もない。今日の私が身に着けているのは、男爵家では逆立ちしても用意できないほど、明らかに最高級のシルクを使ったドレス。そして、光を浴びて眩くきらめく、見事な大粒の宝石が施された装飾品だった。
「ルアンナ! そのドレスはどういうこと!?」
ロザリアがギリィと奥歯を鳴らしながら突っ込んでくる。
(悔しそうね。昨日「貧乏貴族から送られたドレスを着てくるんでしょ?どんなものか楽しみだわ~」とか言ってたから、わざわざ見に来て嘲笑おうとしてたんだろうけど、当てが外れたわね)
私は淑女の笑みを浮かべて答えた。
「うふふ。これは婚約者であるアルヴィン様からプレゼントしていただいたの」
「僕の国から取り寄せたものなんだけど…急だったから、既製品に手を加えただけのものになってしまってごめんね、ルアンナ。次回はちゃんと、君のためだけに一からオーダーメイドで作らせるからね」
アルヴィン様が愛おしそうに私の手を包み込む。
既製品に手を加えただけでこのドレスのクオリティ。
おまけに在り合わせでごめんね、と言いながら希少なパープルサファイアのネックレスとイヤリングまで用意してくれた。アルヴィン様の瞳の色のそれは、キラキラと輝き、その大きさでなかなかの存在感を放っている。
ロザリアの顔がみるみる青ざめていく。
「そ、そんな…! おかしいわ! 年商一千万程度の商会の経営しかしてないって、貴方言ったじゃない!」
ロザリアがヒステリックにアルヴィン様を指さす。私は笑いそうになるのをこらえて、首を傾げた。
「ロザリア。一千万ルーレルよ? もしかして、我が国の通貨である一千万ウェンと勘違いしていない?」
「え、ルーレル…?」
呆然とするロザリアに、私はそっと声を潜めて囁いた。
「ええ。アルヴィン様の母国であるエクフラン王国の通貨よ。1ルーレル=100ウェン。授業で他国の経済をほんの少しでも勉強していれば、誰でも知っている常識だけれど…ロザリアはいつもレポートを私に丸投げしていたものね」
通貨の価値は百倍。
「ひゃ、百倍?ってことは、 年商、十億ウェン…!?」
ロザリアの頭の中で計算が成り立った瞬間、彼女は顔面を蒼白にしてガタガタと震え出した。
(そう、この国の通貨に換算すれば百倍の価値。年商十億ウェンの大富豪を貧乏人扱いして切り捨てるなんて、ロザリアらしい)
「ね、ねえ、アルヴィン様?わたくし、やっぱり貴方と婚約してもよろしくてよ?わたくしがダメだったからルアンナで妥協したのでしょ?」
ロザリアは媚びるような目でアルヴィン様にすり寄ってきた。
(すごい…。金持ちだってわかったとたん態度が変わった)
私が呆れ半分、感心半分で見守る中、アルヴィン様はロザリアの伸ばしてきた手を避けるように一歩下がった。
そして、私の腰を抱き寄せて言った。
「僕の愛する人はルアンナただ一人です。たった一人、僕の運命の女神ですから」
「な、な、な…!う、嘘よ!わたくしに一目惚れしたけど振られたから、似た雰囲気のルアンナで我慢したんでしょ!ル、ルアンナよりわたくしの方が美しいもの!」
「ルアンナの方が美しいですよ?」
「なんですって!!この、浮気者!」
「浮気はしません。僕の国では浮気は女神への裏切り。重罪です」
私はアルヴィン様に抱き寄せられながら、小さくため息をつく。
ロザリアは、というか普通の女性なら、アルヴィン様の切り替えの早さを不誠実だと思うだろう。
けれど、他国の文化や歴史を熱心に勉強していた私は知っていた。アルヴィン様の母国、エクフラン王国の男性は非常に情熱的で惚れっぽいが、一度愛し合う中になって婚約をすればその人だけを生涯かけて一途に溺愛するという特有の気質を持っていることを。
エクフラン王国は愛の女神メガリア様を崇拝する国。
そのため王族でさえも側妃や妾は禁止されており、正妻一人だけを生涯愛するという。
ちなみに、女神メガリア様は銀髪にルビー色の瞳なのだそうで、ロザリアに一目惚れしたのはその色彩だったからだ。ロザリア自身に惚れたわけでは無かった。
運よく同じ色彩を持っていたおかげでアルヴィン様の目に留まった私は、見た目だけではなく中身も愛してもらえるように交際期間中はアルヴィン様に尽くしまくった。
いつも笑顔を絶やさず、愛を伝え、手作りのお菓子を差し入れ、この国のデートスポットを案内した。
男性から女性へ愛を伝えるのが普通だというエクフラン王国で育ったアルヴィン様にとって、私の方からアプローチしまくるのは新鮮だったらしく、とても喜んでくれて、私を見つめる眼差しが、親愛から甘くとろけるようなものへと変わっていくのに時間はかからなかった。
そして、交際期間を経て、つい一週間ほど前にアルヴィン様から申し込んでもらって正式に婚約が結ばれた。
最初にロザリアに向けられたあの情熱、いや、それ以上の愛は、今や完全に私のもの。
アルヴィン様は生涯、私だけを甘やかし、愛し抜いてくれるはずだ。
もしロザリアが、私にレポートを押し付けず真面目に学んでいれば。
通貨の価値に気づき、他国の思想や宗教を知っていれば、この若き大富豪の婚約者という最高の座を射止められたかもしれなかったのに。
すべては、ロザリア自身の傲慢さと勉強不足が招いた自業自得。
「そろそろ行きましょ、アルヴィン様」
「ああ。愛しのルアンナ」
悔しそうに顔を歪めて喚き散らすロザリアを置き去りにし、私は私だけを生涯溺愛してくれると誓ってくれた愛しい婚約者の腕に手を添えて、華やかなパーティーの中へと歩き出した。




