プロローグ:終わりの朝、はじまりの光
ご訪問ありがとうございます。
前世で孤独だった女性が、温かい家族と最強の魔物たちに囲まれて幸せになる物語です。
ゆっくり更新していきますので、お付き合いいただければ幸いです
視界の端で、心電図の緑色の波形が力なく揺れている。
消毒液の冷たい匂いと、規則的な電子音だけが支配する無機質な病室。
佐藤葵、二十八歳。
私の人生は、どうやらこの狭いベッドの上で幕を閉じるらしい。
(ああ……やっと、眠れるんだ……)
二十八年の歳月を振り返ろうとしても、思い浮かぶのは灰色の景色ばかりだった。
幼い頃は、両親の不仲に怯える毎日だった。
二人の顔色を伺い、怒鳴り声が聞こえないように耳を塞ぎ、
「物分かりの良い子」の仮面を被って自分を消した。
大人になれば自由になれると信じていたけれど、待っていたのは別の檻だった。
就職した先はいわゆるブラック企業。
終わらない残業、積み上がる書類、理不尽に怒鳴り散らす上司。
他人のミスを押し付けられても、手柄を横取りされても、
私はただ、ひび割れた心に無理やり笑顔を貼り付けて「大丈夫です」と繰り返すしかなかった。
深夜、誰もいないオフィスで冷え切ったコンビニ弁当を口に運ぶとき。
疲れ果てて帰宅したワンルームマンションで、暗闇に向かって「ただいま」と呟くとき。
私の心は、少しずつ、けれど確実に削り取られていったのだ。
最後に欲しかったのは、豪華な宝石でも、誰かに誇れるような名誉でもなかった。
ただ、仕事を終えて家に帰れば「おかえり」と迎えてくれる誰かがいて。
湯気の立つ温かなスープを囲んで、今日あった些細な出来事を笑い合える。
そんな、ありふれた、けれど私には決して手の届かなかった「平穏な日常」だった。
視界がゆっくりと、墨を流したように暗転していく。
鳴り続けていた電子音が、遠い遠い波音のように聞こえた。
肺から力が抜け、指先の感覚が消えていく。
私は最後の力を振り絞って、心の中で静かに、切実に願った。
(神様……もし次があるのなら。次は、誰にも邪魔されない、温かい場所がいいな……)
祈りは、暗闇の中に溶けて消えた。
私の二十八年間は、たった一行の死亡診断書にまとめられるほど空虚なものだったけれど。
最後に意識の端を掠めたのは、不思議なほど優しくて、お日様の匂いがする柔らかな光だった。




