落ちこぼれ使い魔の私、皇帝の机でバイトすることになりました ~記憶チートで帝国の危機を全部解決します~
皇帝の書斎は、今日も戦場だった。
机の上には、山のような書類。
外交報告。
税の申請。
貴族の陳情。
帝国の皇帝、レオンハルトは、ペンを持ったまま眉間を押さえていた。
「……終わらん」
誰に聞かせるでもない、低い声。
この帝国は広い。
つまり、書類も多い。
だが、それ以上に。
(……人が信用できん)
大臣も。
官僚も。
貴族も。
どこかで嘘をつく。
裏で金が動く。
それを見抜くのは、結局自分しかいない。
だから、皇帝は今日も一人で書類と戦っていた。
そのときだった。
ひらり、と。
机の上に、小さな影が降り立った。
手のひらサイズの少女。
銀色の髪に、青い瞳。
背中には半透明の羽。
小さな魔導ローブを着た精霊だった。
「……」
レオンハルトは視線を向ける。
精霊は、ぺこりと頭を下げた。
「す、すみません……迷い込みました」
声も小さい。
「使い魔か」
「は、はい……ミルカといいます」
レオンハルトは特に追い払う様子もなく、書類に目を戻した。
使い魔。
それは魔術師が使役する小さな精霊だ。
だが、戦闘能力も魔力も低い精霊は、たいてい役に立たない。
雑用にも使えない個体は、「落ちこぼれ使い魔」と呼ばれる。
ミルカも、そういう存在だった。
主人の魔術師に「役に立たない」と言われて、城の外に放り出されたばかりだった。
ミルカは、机の上に座る。
そして、ふと書類を見る。
「……」
数秒。
ミルカは首をかしげた。
「陛下」
「なんだ」
「この税法、矛盾してます」
ペンが止まった。
レオンハルトは、ゆっくり顔を上げる。
「……どこがだ」
ミルカは書類を指差した。
「ここです。この条文だと、同じ商人に二重課税になります」
レオンハルトは黙って読む。
数秒後。
「……本当だ」
この書類は財務省が出したものだ。
しかも、何人もの官僚が確認している。
それを、この小さな精霊は一瞬で見抜いた。
「お前、読めるのか」
「はい」
「全部?」
「はい」
ミルカは少し困った顔で言った。
「見たもの、全部覚えてしまうので」
レオンハルトの目が細くなる。
「……記録精霊か」
記録精霊。
極めて珍しい精霊種。
見た情報をすべて記憶する能力を持つ。
「はい」
「なるほど」
皇帝は、机の上の書類を一枚取った。
「これは?」
ミルカは読む。
「この条約は危ないです」
「理由」
「第三条です。交易税を固定に見せて、実は後から変更できる条文があります」
レオンハルトは黙る。
その通りだった。
これは隣国が送ってきた外交条約。
かなり巧妙な罠だ。
普通の官僚では気づかない。
レオンハルトはミルカを見つめた。
ミルカは緊張している。
「ご、ごめんなさい……余計なこと言いました」
「いや」
皇帝は椅子に深く座り直した。
そして、初めて少し笑った。
(……面白い)
嘘をつかない。
媚びない。
ただ事実を言う。
それが、妙に気に入った。
「お前、仕事しろ」
「え?」
「バイトだ」
ミルカは目をぱちぱちさせる。
「ば、バイトですか?」
「そうだ」
レオンハルトは書類の山を指した。
「全部読め」
ミルカは青ざめた。
「こ、これ全部ですか?」
「できるだろ」
「……できます」
ミルカは羽を震わせる。
そして、書類の上に座った。
ぱらぱらぱら。
紙をめくる。
数分後。
「陛下」
「なんだ」
「この貴族、横領してます」
「……ほう」
「この人は嘘をついてます」
「なるほど」
「この外交官は信用できます」
レオンハルトは腕を組んだ。
(……当たりだ)
数時間後。
机の書類は半分になっていた。
ミルカは疲れて、ぺたんと座る。
「つ、疲れました……」
「よくやった」
レオンハルトは言った。
「今日からお前はここに住め」
ミルカは固まる。
「え?」
「皇帝専属だ」
ミルカは慌てる。
「バイトですよね?」
レオンハルトは少しだけ笑った。
「……今はな」
ミルカは机の上に座ったまま、小さくつぶやく。
「皇帝のバイトって……何なんでしょう」
月日は流れ――
帝国には、ひとつの噂が生まれた。
皇帝の机には、国家を動かす小さな秘書がいる。
そんな噂が。




