その9 カミーユ、新店舗を探す
カミーユが母国に戻った一番の目的は、こちらで新店舗を開店することだ。カミーユブランドはオルドラン王国では人気でその地位を不動のモノにした。だから母国へ戻る決意をしたのだ。
女装した姿で戻るのはかなりの勇気が必要だった。デュランダル王国にいた時は百年に一人の天才と言われた剣士だったから、そのイメージを壊してしまうのだ。
望んでそうなったのではない、親友の、いいや愛するユースタスの傍にいたがために始めた剣術に、思いもよらぬ才能があっただけ。それも五年十カ月前、ユースタスが消えたことで、カミーユは剣を持つ意味を失った。
これ以上、本当の自分を隠しておけなくて、カミーユは隣国へ行った。オルドラン王国は通過点で、本当はもっと遠くへ、自分のことを誰も知らない場所まで行くつもりだったのだが、偶然エリーゼと再会し、しばらく留まっているうちに居ついてしまった。
エリーゼのペルソナ商会を手伝っているうちに、ドレスのデザインに興味を持ち、彼女がオーナーを務める店で働きながらドレスのデザインを手がけた。剣を振るっているより数倍楽しかった。そしてデザイナーとしての才能を開花させ、カミーユは自分の店を持たせてもらえるようなにった。
カミーユのデザインするドレスはオルドラン王国の社交界で評判になり、店も五軒に増えた。そしてエリーゼの勧めで、母国デュランダル王国で開店するために店舗を探していた。
妹のシエナとは頻繁に手紙のやり取りをしていたが、実家のバートレット侯爵家には詳しい事情を知らせていない。女装したカミーユを見れば、実家の家族もビックリ仰天するだろうから帰り辛かったが、まあ、バートレット侯爵家は年の離れた弟が継ぐだろうから問題はないが。
「メインストリートに面していますから、きっと目を引きますよ」
カミーユは不動産業者から、売りに出されていたブティックに案内された。
まだ閉店したばかりで商品は残っていたが、近く引き払う予定らしい。
「そうね、広さもちょうどいいし、ここなら条件に合うわね」
大きなブティックではなかったが、一号店としてはこのくらいが丁度いい、早速どのようにリフォームしようかと考えを巡らせた。
「あ、オーナーが来ました」
小太りの腹を突き出しながらブライス伯爵が入ってきた。年は四十くらい、身に着けているもの高価なモノばかりで、見るからに金持ちだと自慢しているような男だった。
「こちらオットー・ブライス伯爵です」
彼を見て、カミーユはこの店が潰れたわけを察した。いくら高価なモノで着飾っていても趣味が悪く下品に見える、高位貴族の客は付かないだろう。そしてこの男、伯爵と言ったが、品位と教養のなさが滲み出ている。
「お前がオルドラン王国で評判のデザイナーか、噂に違わぬ美しさだ」
卑しい笑みを浮かべながら、カミーユの手を取ろうとしたが、カミーユはそれを許さなかった。
「初対面でお前呼ばわりとは、礼儀を知らぬ男ね」
カミーユがわざとドスの効いた男の声を発したので、オットーは困惑の表情を浮かべた。
「それに私はこの国ではまだバートレット侯爵家に籍があるのよ、あなたより身分は上のはずよ」
「なにを戯けたこと、バートレット侯爵家と言えば王太子妃殿下のご実家で、ご子息はまだ十二歳のはずだ。お前は侯爵が外で作った庶子なのか」
「違うわよ、もう一人いるでしょ」
「はあ? もう一人は王太子妃殿下の双子の兄上で、かつては百年に一人と言われた天才剣士、学園卒業と同時に他国へ渡られたと聞いていたが」
「そうよ、そのカミーユ・バートレットよ、今は仕事上の便宜でこのような姿をしているのよ」
オットーは一瞬、ポカンと口を開けたが、直ぐに、
「知らなかったとはいえ、大変失礼いたしました」
見事な土下座を披露した。
「わかればいいのよ、ただ、もし平民だったとしても、商売をする以上は相手には敬意を払うべきよ」
「はい、肝に銘じます」
「もういいわ、顔を上げなさい」
オットーは脂汗を搔いた土色の顔を上げた。
「それにしても、見違えました」
「でしょ、うまく化けているでしょ、でも五年ぶりにこの姿で戻っても、親しい友人にはすぐに見抜かれたわよ」
汗を拭き拭き、
「五年ぶりでございますか、……そう言えば、偶然でしょうか、ペラン公爵家のご子息も記憶を失くしてらっしゃるものの、五、六年ぶりに戻られたとか」
「なぜそれを?」
カミーユは怪訝そうに眉を寄せた。
「実はですね、失踪されていた間、我がブライス領内の農村で暮らしておられたと聞かされて驚きました。そのことで娘がペラン公爵令嬢にずいぶん責められて落ち込んでいるのです。ご令息が失踪されたと当時、ブライス家は捜索に手を抜いたのではないか言われたそうです」
それはない、とカミーユは首を横に振った。アニエーゼはそんなことを言う子でないと知っている。この胡散臭い父親の娘が嘘をついているのは明らかだ。しかしオットーはカミーユの様子を、責任のないことで責められた娘に同情してくれていると都合のいいように解釈した。そして、自分に責任はないと強調したかった。
「当時は私も出来る限りの協力はしました。ただ、故意に隠されていたのなら発見できなかったのも無理ないかと」
「それを私に言ってどうなるの? ペラン公爵に言うべきでしょ」
「そうなのです、謝罪に伺おうと思ってはいるのですが、恐ろしくて」
「まあ、怒っているでしょうね。でも、領民の犯罪すべてを領主が責任を取っていたら命がいくつあっても足りないわ、あなたを罪に問うことはないでしょう」
「それを聞いて安心しました、明日にでも先触れを出してお伺いします」
「それがいいわ」
「ところで、この店はどうでしょう、お気に召していただけましたか?」
先ほどとはガラッと態度を変えて、オットー・ブライスは揉み手をしながらカミーユの顔色を窺った。
「そうね、気に入ったわ、でも、他にも見たい物件があるから、追って連絡するわ」
「良いお返事をお待ちしております」




