その8 五年ぶりの双子の再会
カミーユは王宮へ来ていた。
王太子夫妻に招かれる美女はいったい何者なのだろうと、侍女や騎士たちに好奇の目を向けられながら案内された。
「カミーユ!」
部屋に入った途端、シエナにいきなり抱きつかれて号泣された。それを見て、三歳になったばかりのグレアム王子は目を真ん丸にして驚いている。金髪にアイスブルーの瞳で天使のように可愛い子供だ。
「お母さま、どうしたの? なぜ泣いてるの?」
母親の足元に縋りつきながら、母を泣かせている!とカミーユを睨み上げた。
「嬉しいからよ、ほら、あなたの伯父上よ」
「おじうえ?」
「三歳の子供は混乱するでしょ、お姉様よ、カミーユ姉様」
カミーユはグレアムを抱き上げた。
「カミーユ姉さま?」
軽々と高い高いされて、グレアムはキャッキャと喜んだ。
王太子妃のシエナは元バートレット侯爵令嬢、カミーユの双子の妹でカミーユと同じ銀髪にアイスブルーの瞳のたいそうな美女だ。王立学園卒業と同時に、幼馴染でもあった婚約者のステファンと結婚した。二人の間に第一王子グレアムが誕生し、現在第二子を妊娠中。
「それにしても凄いわ、たった五年で売れっ子デザイナーになるなんて、お店も五軒持っているんでしょ、剣を振ってばかりいたあなたに、こんな才能があったなんて思ってもいなかったわ」
カミーユは一瞬で懐いた甥っ子を膝に乗せながらソファーに腰掛けた。
「嘘、知ってたくせに。子供の頃、あなたのドレスをこっそり着てたこと知ってたでしょ」
「まあ、そうなんだけどね、綺麗なものに興味があるんだろうとは思ってたけど、まさか……」
改めて変わってしまった兄の姿を見る。学生時代は百年に一人の天才剣士と持て囃されたカミーユだったが、その中身が女性であることに妹は気付いていた。しかしバートレット侯爵家の嫡男、いずれは家を継ぐ身としては、カミングアウトは許されない。兄の気持ちを察しつつ沈黙を守った。
五年十カ月前のユースタスの失踪を、カミーユが一番落ち込んでいたことも知っていた。カミーユがこの国を出ることを相談されて、応援したのはシエナとステファンだった。あのままではカミーユの心が壊れてしまうと思ったからだ。
カミーユが隣国オルドランへ行ってからは、一度も会っていなかった。
「会いたかったのよ、でも、王太子妃なんて自由の利かない身分になっちゃったから、行けなかったのよ」
とステファンを横目で睨む。
「ステフは会ってたのよね」
「俺は外交で、仕事だよ」
「そう責めてあげないで、こうやって会えたんだからいいじゃない」
「でも、まさか口下手なカミーユが商売で成功するとは思わなかったわ」
「もう、口下手じゃないわよ、この喋り方のほうがしっくりくるからかしらね。それに運よく、協力してくれる人がいたのよ。最初の店は彼女が資金を出してくれたのよ。エリーゼ、元ビリアーズ公爵令嬢、今はペルソナ男爵、ペルソナ商会のオーナーよ」
「まあ! 彼女は修道院へ行ったんじゃなかったの?」
驚いたシエナに横でステファンがしらっと言った。
「俺は知ってたけどな」
「なんで教えてくれてなかったのよ」
「君にとっては聞きたくない名前だろ」
「もう昔のことよ」
ペルソナ商会のエリーゼは、元はこの国デュランダル王国の公爵令嬢で、今は亡き当時の王太子コーネリアスの婚約者だった。コーネリアスが不祥事を起こし廃太子になり、第二王子のステファンが王太子に繰り上がった。その時既にステファンと婚約していたシエナと、優秀なエリーゼを挿げ替える話が出て、シエナは嫌な思いをしたのだ。
結局、エリーゼのビリアーズ公爵家の悪事が発覚して公爵は断罪され、エリーゼは関与していなかったものの、修道院へ行くことになった。
「そういえば当時カミーユは短い間だったけど親しくしていたわよね」
今はもう昔の話である。
「ええ、でもオルドランで再会したのは偶然よ、彼女は一年程で修道院を出てオルドラン王国に渡り、商会を立ち上げたのよ。公爵令嬢時代からのコネもあって、私と再会した時は既に商会は軌道に乗っていたわ。今では商会の規模も大きくなって莫大な財産を築いているし、子爵位を賜る話も出ているそうよ。彼女は私の才能を見出してくれて、店を持たせてくれたのよ」
「もともと頭のいい女だったからな」
「あらゆる知識も豊富で、商才もあったのよ」
「そんなことより、ユースタスと会ったんだろ」
ステファンは早々に話題を変えた。これ以上エリーゼの話をするとシエナが落ち込みそうだったからだ。もしエリーゼが王太子妃になっていれば、この国に利益をもたらしていただろう。しかしステファンはシエナを選んだことを後悔していない。
「俺も早く会いたいんだけど、今は忙しくて王宮から出られないんだ、かと言って、お前みたいに呼びつけることも出来ない状態なんだろ」
ここへ呼んだのは、ユースタスのことを聞きたかったからだ。ステファンもカミーユと同じく、ユースタスとは幼少の頃から親友だ。いずれは側近として仕えてもらう予定で頼りにしていたのに、行方不明になって叶わなかった。
「ええ、失踪する以前の記憶は全くないの、生家に戻っても記憶は戻らない、私のことも覚えていないわ」
「医者の見立ては?」
「なにかがきっかけで戻ることもあれば、一生戻らないこともあるらしいわ」
「戻らなきゃ、公爵家を継ぐのは無理なのかしら」
「そうね……記憶以上に厄介なことがあるから」
「ああ、妻子のことだな」
「本当にユースタスの妻子なの?」
「子供はユースタスにそっくりだから間違いないでしょうね」
「じゃあ、ジュディスはどうなるのよ」
ユースタスの婚約者ジュディスはシエナの親友だ。
「ジュディスとはまだ話をしていないけど、辛いでしょうね、五年以上待ち続けた挙句、他の女と結婚していたなんて、受け入れられるものじゃないわ」
ユースタスがいなくなったジュディスの悲しみ、辛い日々をシエナはよく知っている。
「公爵家としては、結婚したのはユアンとして暮らしていた平民の男で、ユースタスじゃない。公爵令息ユースタスはまだ結婚していないことになっているし、妻子も公爵家で受け入れるつもりはないようだわ」
「ジュディスとアンソニーは、ちょうどブライス伯爵領にいるから、ついでにユースタスたちが暮らしていた村へも立ち寄るように指示した」
ステファンが付け加えた。
「失踪した時、ユースタスはまだ誕生日を迎えていなかったから十七歳だった。妻と名乗る女は年上で、記憶喪失を利用して彼を騙していた節もあるから、それが明らかになれば、誘拐罪で逮捕されるだろう」
「逮捕される前に、その女は息子共々消されるわね」
シエナは容赦なく言った。
「公爵夫妻なら躊躇しない、生粋の貴族だから平民の命など彼らにとっては軽いものだ、妻子さえいなければ、事は簡単だし」
ステファンも同意した。
王族とは血なまぐさい世界でもある。カミーユは無邪気で可愛かった妹が、こんな会話を平気でするようになったことに胸がチクッとした。
「でも、ユースタスが返り咲いたら、アニエーゼの立場はどうなるのかしら? 彼女が公爵家の跡を継ぐために努力しているのは見てきてるわけだし」
シエナとステファンは友人の妹のことも常に気にかけていた。
「そうよね、慣れない剣を持って……。アニエーゼのことも全く覚えていなくて、彼女、お兄様が大好きだったから、そうとうショックを受けていたわ」




