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ユースタスが消えた夏  作者: 弍口 いく


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その7 ユースタスが暮らしていた村

「この村か」

 王宮調査室のジュディスは同僚のアンソニーとある村に到着した。


 フォンテイン侯爵令嬢のジュディスはハニーブロンドに群青の瞳のキリッとした美女だ。二十三歳になるがまだ独身、貴族令嬢としては完全な行き遅れだが、それは失踪したままの婚約者ユースタスが帰ると信じて待っているからだった。

 失踪者の手掛かりを掴む術を身に着けけるために調査室で働くことにして、五年間ずっとユースタスの行方を捜し続けていた。


 ビリングス伯爵家のアンソニーは、オリーブの髪にヘーゼルの瞳の明るく人懐っこい感じの青年、王立学園時代のジュディスの同期で、ユースタスの友人でもあった。ジュディスの決意を聞いて、協力するため、共に調査室勤務を希望した。


 そして今、やっとユースタスの行方がわかった。


 ブライス領都へ到着した時、ユースタスが見つかったという知らせを受けたが、彼はすでに王都へ護送されて、行き違いになってしまった。


「事情が事情だ、直ぐに王都へ戻ろう」

 アンソニーはそう言った。もちろんジュディスも一刻も早くユースタスに会いたかったが、

「待って、続きがあるの」


 そもそもブライス伯爵領へ来たのは王太子ステファンからの密命だった。しかし、その任務と並行して、ユースタスの調査するように手紙に書かれていた。





 そして二人は、ユースタスが五年十カ月間生活していた村に来た。

 そこはブライス領都から馬で半日かかる貧しい農村だった。

 ペラン公爵領とは川を隔てて隣接した集落にあたる。


 隠密行動なので平民の旅人風を装ってはいたが、よそ者の来訪が珍しいのか村人たちが集まってきた。みんな警戒しているようで、男たちは鍬を手にしたままだった。


「旅の人か? こんな寂れた村になんの用だ?」

 村長らしき老人が言った。

 二人は馬から降りて、

「ドズル鉱山へ行く途中でね」

「ドズル鉱山へ行きなさるのか? あそこはやめといたほうがいい、過酷な現場だと聞く、この村も貧しいが、それでも鉱山で働こうとは思わんね」


「そうなんですか、まあ、行ってから考えるとして、この村に立ち寄ったのは知人がいるらしいからなんだ、ここにユアンと言う青年が住んでいるはずなんだが」


「ああ、ユアンならいたけど、今はいない、領都の祭りでバカやって、逮捕されたよ、妻と息子も連れていかれた」

 アンソニーは知っているのにわざと驚いたふうを装った。

「そうなのか! 実は彼の親に様子を見てきてくれと頼まれてね、家出したきり行方知れずだったんだけど、最近、この村にいることがわかったから」


 村人がよそ者を警戒するのは常、調査で色々なところへ行っているアンソニーたちは心得ていたので知り合いを装った。装ったと言うのは語弊がある、実際知り合いなのだが、ユアンとして生活していたユースタスは、アンソニーもジュディスのことも覚えていない。


 集まっている村人たちは怪訝そうに顔を見合わせた。

「ユアンが家出人?」

「彼は五、六年前にここへ来たんだろ? 親はずっと捜していたんだ」


 懐から小袋を取り出す。

「もちろん事情を知っている者には礼金を出す」

 すると、

「ユアンが来た時のことなら知ってるわよ、ロザンヌとは幼馴染よ」

 二十代半ばの女性ミリーが手を挙げた。


「ロザンヌとは?」

「ユアンの奥さんよ」

「ユアンは結婚したのか」

 アンソニーが応じた。この先の話はジュディスには酷だろう、冷静に話が聞けるとは思えず、ジュディスの様子を窺った。感情を出すまいと無表情を装っているが、血の気は引いていた。


「家出人だったなんてね、ロザンヌが怪我をしたユアンを川で見つけたの、上流から流れてきたみたいだと言っていたわ、酷い怪我でね、あたしも家に運ぶのを手伝ったけど、助からないと思っていたわ、村には医者もいないし」


 川の上流はペラン公爵領だが、結構な距離はある。そんなところか流れ着いたのか? 事故か? ユースタスは川に落ちたのか? アンソニーは考えを巡らせた。


「ロザンヌは当時、旦那を事故で亡くしたばかりだったから、ダブったんでしょうね、一生懸命看病したかいがあって一週間後に意識を取り戻したのよ、それから動けるようになるまで一カ月かかったけどね」


「ちょっと待て、儂が聞いた話と違うぞ」

 村長が口を挟んだ。

「ユアンが川から流れ着いたなんて聞いておらん、彼は遠縁に当たる男だと、若くして亭主を亡くしたロザンヌが困っているだろうと、畑の手伝いをしに来たと聞いたぞ」

「あたしもそう聞いたよ」

 中年の女性も言った。


「それは、ロザンヌがそう言うことにしただけよ、記憶を失くしていたユアンにもそう説明したのよ。あたしは黙っててくれと頼まれたから、知っているのはあたしだけだと思う」

「記憶を失くしていた? なぜ嘘をついたんだ?」


「旦那の代わりが欲しかったからじゃない? 畑を女一人で維持していくのは大変だし都合が良かったのよ」

「酷い! 両親は必死で捜していたのに」

 ジュディスは思わず叫んだ。


 その声はジュディスが思った以上に大きく、周囲の人を驚かせた。

「ジュディス」

 アンソニーは彼女の手を握って落ち着かせた。


「二人が暮らしていた家に案内してくれ」





 ミリーに案内されて、ジュディスとアンソニーは、ユースタスが暮らしていた家へ行った。

 このあたりの農民にとっては平均的な家だったのだろうが、侯爵令嬢と伯爵令息から見れば馬小屋のような粗末な小屋だった。

 ジュディスの目に涙が浮かんだ。


「こんなところに五年も……農作業もさせられていたなんて」

 アンソニーは震えるジュディスの肩にそっと手を添えた。

「まさか記憶喪失になっていたなんて、もっと早く見つけてあげるべきだった」


「本当なら今頃は立派な近衛騎士になって、御父上の補佐をしていたはずなのに、彼は五年もの時間を奪われた」

「そうだな、君だって公爵夫人になっていたはずなのに」


 二人の会話を聞いたミリー女は訝し気に尋ねた。

「ちょっと待って、家出人って、貴族様だったのですか? 彼は何者なんです」

 ミリーはこの二人がただの旅人ではなく、貴族だと気付いて言葉遣いを変えた。


「その前に一つ聞きたいのだが、ロザンヌの年齢は?」

「あたしと同じですから、二十五です」

「では五年前は二十歳、成人しているな」

「ユースタスは誕生日がまだだったから十七の未成年、立派な誘拐罪だわ」

「誘拐って!」


「彼は家出したんじゃない、行方不明なった公爵家の嫡男だ」

「公爵家!!」

 ミリーは青ざめた。


「この村の隣のペラン公爵家と言えばわかるか?」

「ええ、ブライス伯爵よりずっと格上で、王家に次ぐド偉い家柄だと聞いたことがあるわ、まさかそこのお坊ちゃまだったの!?」


「そうだ、だから当時は大規模な捜索が行われていた。ブライス伯爵領にも捜索隊が来たはずだ、お前たちがちゃんと届け出ていれば、すぐに身元は判明しただろう、隠したお前も同罪だ」


「ちょっと待ってくださいよ! あたしは関係ありませんよ、頼まれて黙っていただけだし」

「それが罪になるんだ、相手は公爵令息だぞ」

 アンソニーは容赦なく彼女の手をねじり上げた。


「でも、正直に証言するなら、罪は軽くなるかも知れないな」

「します、何でもしますから」

「とにかく、領都まで来てもらおう」


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