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ユースタスが消えた夏  作者: 弍口 いく


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その5 大勢が人生を狂わされたのよ

「よく眠れなかったみたいね」

 中庭のベンチに腰掛けて俯いているユースタスを見かけたカミーユが声をかけた。


 よく晴れた朝、早朝にもかかわらず日差しは厳しい。ユースタスが消えた夏に近づいている、とカミーユは複雑な心境になった。苦しかった日々は終わり、やっと彼は戻ったのに……ここにいる彼は別人だ。


「ああ、ここへ来ればなにか思い出せると思ったのに全然で……余計なことばかり考えてしまって」

「余計なこと?」

 カミーユは横に座りながらユースタスの顔を覗き込んだ。


「あなたは本当に男なのか?」

 目が合って、カミーユの美しさにドキッとする。

「まあ、あなただなんて他人行儀な、昔はお前呼ばわりだったわよ」

「友達だったんだな」


「ええ、幼馴染で無二の親友、だけどこんな姿じゃ余計に思い出せないわね、昔は普通に男の姿だったから、そうだ! 王立学園に行ってみない? 騎士科の修練場で手合わせすれば刺激になるかも知れないわ」

「騎士科?」

「そうよ、あなたとよく修練したのよ」

「俺が騎士……」

 ユースタスは自分の両手を見つめた。五年間十カ月の記憶の中では、鍬しか握ったことがない農民の手だ。


「まあ、私には敵わなかったけど、なかなかの腕前だったのよ」

「俺が剣を」

「記憶はなくても体が覚えている、昨日のディナーを見ていてわかったわ、完璧な所作だったもの。剣術だって同じ、剣を握れば体が先に思い出すわ、アニエーゼも騎士科なのよ、一緒に練習すれば話をするきっかけにもなるでしょ、まだ、ちゃんと話せてないでしょ」


「ああ、以前は仲が良かったのか?」

「ええ、とても可愛がっていたわ」

「そうか、じゃあ、ガッカリさせたかもな、こんなふうになって」


 再び俯いたユースタスをカミーユは思わず抱き寄せた。

「こんなってなによ、あなたはユースタスに違いないわ」


「なにしてんのよ!!」

 怒鳴り声と同時に、カミーユは髪を引っ張られた。

「痛っ!」


「人の亭主に手ぇ出すんじゃないわよ!」

 ユースタスから引き離される。

「酷ーい! せっかく綺麗に結ってもらったのに」

「酷いのはどっちよ、朝っぱらから人の亭主にベタベタして!」


「あら、昔からこんなもんだったわよ」

「貴族令嬢って、もっと慎み深いもんじゃないの?」

「令嬢じゃないもの、私、男だし」

「はあ?」


「仕事柄女装しているけど、私は男よ、ユースタスとは幼馴染の親友だし、いつもベタベタしていたわよ」

「仕事? 役者さんかなにか?」

「服飾デザイナーよ、貴婦人のドレスを作っているの、だから自分でも貴婦人の気持ちになろうと女装しているのよ」

「まあ、ドレスを? じゃあ、あたしのドレスも作ってよ」


 唐突な申し出にカミーユはキョトンとした。

「ドレスを作ってどうするつもり?」

「決まってるでしょ、あたしはユアンの妻、公爵夫人になるのよ、これからは夜会とか、お茶会とかあるんでしょ、ドレスが必要じゃない」


「あなたが招待されることはないわ、ペラン公爵家が招待されるのは格式高い催しよ、村の祭りとは違う、ルールやマナーを知らないあなたが出席できる場所じゃないのよ」


「平民だからって、バカにしているのね!」

 ロザンヌはカミーユに食って掛かるが、ユースタスは冷ややかに止めた。

「カミーユの言う通りだ、お前が社交界に出られるわけないだろ、それに、俺たちはこのままここに居られると決まったわけじゃない」


「そんな、アンタはこの家の跡取りなんでしょ、あたしは妻なんだから公爵夫人になるんじゃないの!?」

「平民のお前が公爵夫人になれると本気で思っているのか? 無知にも程がある。貴族は血を重んじる、平民が公爵夫人になれるわけないだろ」

 平民ユアンとして生活していた割には、ちゃんと常識は弁えているのだとカミーユは感心した。しかしロザンヌは違うようだ。


「まさか、だからってあたしを追い出すつもりじゃないでしょうね! 嫌よ! コリンもいるのに、あたしは絶対別れないから」

「それはあなたが決めることじゃないのよ」

「この国では一方的な離婚は認められていないはずよ、そのくらいは知ってるもの。たとえ平民でもちゃんとした理由がなければ」


「理由ならあるわよ、五年十カ月前、あなたがすぐに届け出ていれば、ユースタスの身元はわかったはずよ。公爵令息が行方不明になった、捜索願いも出されていたし、ペラン公爵は人を雇ってまで捜し続けていたんですもの、意図的に隠さなければ見つからないはずないわ、その意味はわかる? あなたは誘拐の罪に問われる立場なのよ」


「そんな言い方、酷過ぎるわ! あたしは彼の命の恩人なのよ!」

「身に着けているモノや、記憶を失っていても言葉遣いや所作で貴族だとわかったはずよ。恩を売った上で既成事実を作ってしまえば、貴族の夫人になれるんじゃないかという下心があったんじゃないの? 昨日のあなたの行動を見ているとそうとしか思えないわ」


「そんなつもりはなかったわ、あたしはただ彼を愛してしまっただけよ」

「あなたが愛したユアンという人間は存在しないのよ、コリンも存在しない人物の息子、ペラン家の孫ではないのよ」


「で、でも、ペラン公爵家の血を引いているのよ」

「ユースタスが男爵令息くらいなら、あなたの思惑通りに運んだかもしれないけど、ペラン家はこの国の三大公爵家の一つ、王家の血も引いている家系なのよ」


「王家の血って……じゃあ、コリンも」

「その言葉、大きな声で言わないほうがいいわよ、あの子の命に係わるかも知れないわ。平民の血が混じった子供をジーナおば様が認めるわけないし、高位貴族の誇りを甘く見ないほうがいいわよ。ここにいるつもりなら、せいぜい気を付けないさい」

「気を付けるって、なにを……」


「あなたは周囲の人たちにどれだけ恨まれているか自覚すべきよ、ユースタスが行方不明になって、どれだけの人が心を痛めたか、傷ついたか、苦しんだか、あなたはなにもわかっていない。彼の家族や婚約者、私たち友人が、この五年十カ月どんな思いでユースタスの帰りを待っていたのか想像したことある? 大勢が人生を狂わされたのよ」


 矢継ぎ早に責められ、返す言葉を失って唇を噛んだロザンヌを見て、ユースタスが口を挟んだ。

「そのくらいにして置いてくれないか、ロザンヌは状況を理解していないんだ」

「だから教えてあげたのよ、ジェラルドおじ様の怒りが爆発する前にね、ドレスを作るなんて馬鹿なことを言うものだから、つい」


 カミーユは優雅な動作で立ち上がり、含んだ笑みを浮かべながらお辞儀をした。

「私は失礼しますわ、しっかり話し合って下さいな、偽りのご夫婦で」


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