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ユースタスが消えた夏  作者: 弍口 いく


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4/4

その4 俺はいったい誰なんだ?

 その夜の夕食はユースタスが戻った祝いも兼ねて、彼の好物が並び、いつもより豪華だった。


「凄ーい、貴族様って毎日こんなものを食べているの? よく太らないわね」

 次々に運ばれてくる料理にいちいち感嘆の声を上げながら口に入れるロザンヌ、もちろん作法もなにもない、コリンも皿から零しながら、ガツガツと貪り食っていた。


 そんな二人をジーナは視界に入れていない。アイヴァンは珍獣でも見るような目で見ている。アニエーゼは呆気に取られてナイフとフォークを持つ手が止まっていた。


 ジェラルドとカミーユは冷静にユースタスを観察していた。

 遠慮しているのか食は進まない様子だが体が覚えているようで、ユースタスの所作は完璧だった。その姿は五年十カ月前の彼と変わらないことにカミーユは少し安堵した。


 空気は重く、話をするものは誰もいなかったので、ロザンヌとコリンが出す食器の音だけが響いていた。



   *   *   *



 食事が終わると、ロザンヌとコリンは客室に案内された。コリンはもうグッスリ眠っている。

 ユースタスは元の自室で休めるように用意されていると聞かされていたが、ひとまずロザンヌと一緒に客室に入った。彼女に確認したいことがあったからだ。


「ここの人たち変だわ、あたしとコリンを名前で呼ばないし、奥様、お坊ちゃまとも違う、なんか余所余所しいしさ、あたしがアンタの妻だとわかってないのかしら? アンタのお父さんはどう説明してるの? あたしはこの家の嫁よね」


 ロザンヌはベッドに腰掛けながらぼやいた。ユースタスは窓から夜の庭を憮然と見下ろしながら、

「違う、お前はユアンの妻であって、ユースタスの妻ではない、ペラン家の嫁ではないんだ」

「なによ、それ! 意味わかんない」


 ユースタスは振り向きもせずに冷ややかに言った。

「なぜ、嘘をついたんだ」

「えっ?」

「俺が意識を取り戻して、事故以前の記憶がないとわかった時、お前は俺の妻だと言った、本当はそんなはずなかったのに」

 ジェラルドにはわからないと曖昧に誤魔化したが、本当はハッキリと覚えていた。


 重傷を負った体で川から引き上げられて、一カ月近く生死の境を彷徨ったことは事実だろう。でも、事故に遭った経緯の説明はなかった。そして、自分がなにも覚えていないと言うと、すぐに、『アンタはユアン、私は妻よ』と言った。


「それは……」

「公爵は俺を、ユースタスを全力で捜していたと言っていた。ブライス領も捜索範囲に入っていたし、もし身元不明者として役所に届け出ていれば、すぐに身元は判明したはずだと」


「ごめんなさい! まさかアンタが貴族だなんて知らなかったから、どこかからの流れ者で、なんかのトラブルで痛めつけられて捨てられたと思っていたのよ、だから届けないほうがいいと思ったの」


 嘘だ、とユースタスは心の中で突っ込んだ。ここへ来た時の彼女を見ていると、ジェラルドが言ったように、ロザンヌはユースタスが貴族であることを知っていたように思える。もう、彼女を信じられなくなっていた。


「一か月もアンタの看病をしたのよ、瀕死のアンタを寝ずに看病したのよ。その間に情が移って、気が付くと好きになっていたのよ。離れたくなかった、アンタを失いたくなかったのよ。それに、ブライス領都までは馬車で半日かかるのよ、アンタを看病している間は行ってなかったし、捜索されているなんて知らなかったのよ」


 涙を浮かべるロザンヌの必死の言い訳もユースタスの心には響かなかった。


「記憶がないことに付け込んで、俺を騙していたんだな」

 五年十カ月、ずっと感じていた違和感の正体が、今、わかったのだ。

 当時も腑に落ちなかった。しかし、記憶がない自分は騙されていることもわからなかったし、否定することも出来なかった。献身的に看病してくれたのは事実だ、彼女の言うことを信じるしかなかったのだ。


「そんな怖い顔しないで、許して、愛しているのよ、アンタだって愛してくれてるでしょ、だからコリンが生まれたのよ」

 本当に愛していたのだろうか? 今となってはそれすら現実ではなかったような気がする。ただ、流されるままに体を重ねただけのような……。


 彼女に対する愛情が急速に冷めていくのを感じながら、ユースタスはドアに向かった。いいや、元々愛情などあったのか? すべてが偽りの上に重ねられた虚構だったのだ。


「待って! どこへ行くの」

「俺の部屋が以前のまま残っているらしいから、今夜はそこで休む」

「ユアン!」

 縋りつくロザンヌの手をユースタスは振り払った。


 ユースタスの冷たい目を見て、ロザンヌは信じられないという顔をしてから、キッと眉を寄せた。

「まさか、あたしたちを捨てるつもりじゃないでしょうね、命の恩人を」

 それはもう脅迫にしか聞こえなかった。


「今は混乱してるから一人になりたいだけだ」

 ユースタスは振り向きもせずに部屋を後にした。





 自室に戻ったユースタスは、五年十カ月ぶりに自分のベッドに横たわった。

 しかし、何も思い出せない。懐かしささえ湧いてこない。

「俺はいったい……誰なんだ?」


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