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ユースタスが消えた夏  作者: 弍口 いく


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最終話 ユースタスは永遠に消える

 その日、バートレット侯爵家の大広間は大勢の招待客で賑わっていた。舞踏会ではない、デュランダル王国初のファッションショーが開催されていた。


 カミーユは勇気を出して実家のバートレット家へ、女装姿で戻った。

 実に五年ぶりの再会に、両親は変わってしまった息子の姿に驚きはしたものの、すんなり受け入れて、カミーユがデザイナーとして成功したことを喜んでくれた。それはシエナの根回しがあったからなのだが。

 そしてショーの会場に大広間を提供してくれた。


 美しいドレスを身に纏ったモデルが登場するたびに歓声が上がる。普段は大きな声を出さない令嬢、夫人たちも、この日ばかりは淑女の仮面を脱ぎ捨てて、感嘆の声をあげていた。


 本拠地であるオルドラン王国から運んだドレスはどれも好評を得て、ショーは大成功に終わった。母国デュランダル王国でもデザイナーカミーユの名声は轟くだろう。かつて百年に一人の天才剣士と呼ばれたカミーユの二つ名は、売れっ子デザイナーに上書きされた。


 きらびやかなドレスを着たカミーユは満面の笑みで観客に挨拶した。明日からは注文が殺到して忙しくなること間違いなしだ。





 二か月前、王宮の庭園で幼馴染が集まってのお茶会は、気まずい空気のままお開きとなった。


 数日後、ユースタスとジュディスの婚約は両家の話し合いにより正式に解消となった。話し合いの場でユースタスとジュディスは目も合わさず言葉もなく、一貫して他人行儀だった。かつて仲の良かった婚約者同士には到底見えなかったことから、両家の親たちも同意せざるを得なかった。


 ただ、ジーナは最後まで反対した。

「酷いわ! ユースタスが戻って、なにもかも元通りになると信じていたのに! ユースタスが公爵家を継いでジュディスが公爵夫人になるはずだったのよ、なぜこんなことに!」


「なぜあなたはユースタスばかりに執着するのです? アニエーゼもあなたの子供じゃないですか、なぜ彼女の存在を無視しようとなさるのです? 記憶を失いあなたを母ともわからない俺なんかより、この家のために努力しているアニエーゼを評価してあげるべきです」

 ユースタスはジーナを説得しようとしたが、彼女は最後まで納得せずに取り乱した。


「公爵家の跡を継ぐのはあなたよ!」

「いいえ、あなたが愛したユースタスはもうどこにもいません。見てくださいこの手を、農民の手ですよ。俺はこの手を誇りに思っています。一生懸命働いてきた証ですからね。この手で俺はコリンを育てていきます」


 ユースタスの決意を聞いて泣き崩れるジーナをジェラルドは無理やり領地へ送ることにした。

 ここにいればコリンに危害を加えるだろう。そればかりか、アニエーゼを排除しようとする危険さえある。それほどジーナは正気を失っていたのだ。そんな悲劇を避けるための処置だった。


 ユースタスはそんな母を見て胸が痛んだ。母親がどれほど自分を愛していてくれているか身に染みた。今回の事件で一番の被害者は、最愛の息子を失った母だったのかも知れないと思うほど……。

 今度こそ、母は立ち直れないかも知れないと思うと胸が締め付けられた。


 ペラン公爵は正式にアニエーゼを後継者にすると宣言した。最後まで反対した母が領地へ送られることになり、アニエーゼも辛いだろうが、彼女にはアイヴァンがいる、彼が支えてくれればアニエーゼもペラン公爵家も大丈夫だとユースタスは信じていた。





 一方ジュディスは、ユースタスを捜す目的を失ったにもかかわらず、まだ王宮調査室を退職しなかった。

 そして、ジュディスとアンソニーは新たな任務で王都を離れた。二人はまだ同僚のままだ。ジュディスの心の傷が癒えるまでは二人の関係が進展することはないだろうが、それでもアンソニーは根気強く彼女を支えるだろう。



   *   *   *



 オットー・ブライスは薄暗い牢屋の中で、その時の到来に怯えていた。逃げる間もなく逮捕され、あっという間に裁判にかけられ、異例の速さで死刑が確定した。

 オットーは納得できなかった。自分が殺したのは平民の女一人、死刑になるほどの大罪ではない、これは陰謀だ、自分は嵌められたのだと訴えたが、その声は誰も聞き入れなかった。


 そもそも罪状は愛人ベラの放火殺人だけではない、貴重な鉄鉱石を無断で他国に流していたことは国家反逆罪に当たる、禁制物の密輸に、違法賭博、人身売買など、罪状は数えきれない。直接殺していなくてもどれほどに人間を貶め苦しめたのかには考えが及んでいない。最後まで気付かない、反省しない、彼にとっての後悔はうまく立ち回れずに捕まってしまったこと。


 ブライス伯爵家は爵位剥奪の上、領地、財産は全て国に没収された。残された家族は、夫人の実家に子爵家に身を寄せているが、身分は平民で使用人扱いだ。裕福な伯爵令嬢として、何不自由なく生活していたバーバラは、肩身の狭い生活を余儀なくされている。それでも市井に放り出さない母の実家の温情に感謝すべきだ。


 もう何も手に入れることは出来ない、バーバラは自分をこんな惨めな状況に陥れた父を憎んだ。そして、早く処刑されればいいと思っていた。


 そして、その日が来た。

 ブライスは死刑場まで引き立てられた。ブライスの斬首は公開処刑ではないので見物人はいない。そこには死刑執行人が剣を手に待っていた。


 執行人の前に跪かされたブライスの耳元で、死刑執行人が口元を隠していたスカーフを下げて顔を晒しながら囁いた。

「お前が俺の人生を滅茶苦茶にした。そして多くの人を傷つけ悲しませた。本当はもっと苦しんで死を迎えてほしかったけど、一太刀で済ませてやるよ」

「ひっ!」

 ブライスはその顔を見て誰だか認識する。


 あの日、自分が川に投げ込んだ青年、ユースタス・ペラン公爵令息だ。彼は記憶喪失と聞いていたが、

「記憶が……戻ったのか」

「そうさ、でも俺の事件でお前を裁くことは出来ない。しかしお前は死刑になるのだから、だからせめてこの手で葬ってやる」


 ユースタスはステファンに無理を言って、秘密裏に死刑執行人と入れ替わった。最初は自分をこんな目に遭わせた奴の最期を見届けるだけのつもりだったが、それだけでは済ませられない憎悪が黒い塊となって彼の心を支配した。怨嗟の念は一生消えることはないだろう、でも、恨み言の一つも吐いて、この手でケリを着ければ少しは軽くなるかも知れない。


 ユースタスからオットー・ブライスの処刑を執行したいと頼まれた時、ステファンはショックを受けた。罪人とは言え、その手で人の命を絶ちたいなどと望む男ではなかったはずだ。彼をそんなふうに変えてしまったブライスに、ステファンも激しい怒りを覚えた。そして彼の望みを叶えることにした。


 ユースタスはスカーフを上げて元通り口元を隠しながら立ち上がった。

 剣を握るのはこれで最後だ、最後の一太刀。


 剣を振り上げる。

 振り下ろせば、もう二度と剣を握らないと決めた。


 ユースタスはその首めがけ、渾身の力を込めて振り下ろした。



   *   *   *



「行くのね」

 数日後、ユースタスは乗合馬車の停留所にいた。

 そこには場違いな美しいドレス姿のカミーユが見送りに来ていた。


 季節はもう夏になっていた。

 カミーユは厳しい日差しから肌を守る日傘をしっかり被っている。六年前はそうじゃなかった。降りしきる太陽の光の下で、ユースタスと剣の鍛錬に励んでいた。


 そんなことを思い出しながらカミーユは空を仰いで目を細めた。

「あの日もこんなふうに暑かったわね」

「そうだったな、あの日は俺が王都に帰るお前を見送ったんだな」

「ええ、……もしあの日、あなたと離れなければ」

「もし、なんて言葉は嫌いだ」

「そうだわね」


 戻れない日を悔やんでもどうにもならない。


 ユースタスはペラン公爵家から出て、ペルソナ商会の貿易船に乗ることにした。かつて公爵令息として教育を受けていたユースタスが何ヵ国語もマスターしていることを知っている商会のオーナー、エリーゼがスカウトしたのだ。


 そして今日、港へ向けて発つ。

 長い旅になる予定だ、出航したら三年は戻らない。もちろんコリンも連れていく。


「昨日、ちゃんと送別会をしてくれただろ、だから見送りは良かったのに」

「だってぇ」

 涙ぐむカミーユを見て、困った顔のユースタス。

「せっかく再会できたのに、二カ月足らずでもうお別れなんて、寂しすぎるわ」


「五年前、お前は自分探しの旅に出たんだろ? そして本当の自分を見つけて戻った。俺もそうするだけだよ。自分が何者なのか探してみる。そしてお前みたいに故郷に錦を飾るよ」

「まあっ、楽しみにしているわ」


 そう言いながらも、カミーユの胸に言い知れぬ寂しさが広がった。


「じゃあ、また」

 ユースタスが乗った馬車が発車する。


 また……は無いことをカミーユは知っていた。

 旅立つのは平民ユアンとコリンの親子。そして、いつか戻って来るのもユースタスじゃない。自分が天才剣士カミーユではなく、デザイナーカミーユとして戻ったように、彼はきっと別人になって戻るだろう。


 その夏、ペラン公爵子息のユースタスは永遠に消えた。


   おしまい


 最後まで読んでいただきありがとうございました。

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