その24 知らなかったでは済まされない
「聞いた? バーバラが退学したって」
ジャンヌが嬉しそうにアニエーゼに言った。
「ええ」
「ブライス伯爵が逮捕されたんですもの当然よね。これでアイヴァンにちょっかいかけられなくなるし、清々するわ」
「そんなこと言うもんじゃないわ、バーバラに罪はないんだもの」
「そうかしら? 父親が悪事を働いて不正で得た利益で贅沢していたのに、知らなかったでは済まされないわよ」
それを言うなら自分たちはどうなのだろう? とアニエーゼは思った。自分も貴族の家に生まれて何不自由ない生活を当たり前に送っている。その親を選んで生まれてきたわけじゃない。バーバラのように運悪く犯罪者の娘に生まれていた可能性もあったのだ。
そしてコリンの顔が浮かんだ。あの子もこんな複雑な環境に望んで生まれたわけじゃない。母親に捨てられ、この先どうなるかわからないが、あの子にはなんの罪もないのだ。
「うちの両親はあの夜、仕事の話を持ち掛けられていたらしい。うっかり乗っていたら巻き込まれるところだった」
アイヴァンはその話を両親から聞かされていた。
ブライス伯爵はルーベンス伯爵に事業提携を持ち掛けていたらしい。そして両家の繋がりを強固にするために、アイヴァンを婿養子にと言う話まで出ていたのは、バーバラが父親に頼んだことだろうと推察できる。もちろんアイヴァンはまだアニエーゼと婚約中だし、それが解消されてからの話だったが。
あの夜の雰囲気だと、ユースタスが継嗣に戻るだろう。嫡男が戻ったのだから当然のことだが、ルーベンス伯爵家にはなんの相談もないことが気に入らない。我が息子アイヴァンをどうしてくれるつもりなのかハッキリさせてほしかった。
そんな時に持ち掛けられたブライス伯爵からの申し出に、ルーベンス伯爵はうっかり乗ってしまうところだった。
「危ないところだった、数日遅かったら契約していたかも知れないと肝を冷やしていたよ」
「良かったじゃないの」
「ああ」
ブライス伯爵が接触してきたのは自分が目当てだろうとアイヴァンは思っていたので、迷惑をかけなくて良かったと心底ホッとした。
「そんなことより、結局、あなたたちはこれからどうなるの? 昨日のパーティー、アニエーゼの誕生日というより、お兄様の復帰祝いみたいになってたし、ちょっとね」
「やっぱり、誰が見てもそうよね」
アニエーゼは大きなため息をついた。
「でも、関係ないよ、ユースタス義兄様がペラン家の跡を継ぐことになっても、俺とアニエーゼの婚約は変わらないから」
「あら、そうなの」
キッパリ言ったアイヴァンにジャンヌは生暖かい目を向けた。
アイヴァンは少し照れながら、
「俺は剣の腕をペラン公爵に認められてアニエーゼの婚約者になった。政略みたいなもんだったから、アニエーゼがどう思っているのかわからなくて、なかなか素直に気持ちが伝えられなかったけど、ちゃんと言えたし」
「まあっ! やっと言葉にしたのね、わかり切っていたことだけど、よかったわね、アニエーゼ」
ジャンヌはアニエーゼの背中をポンポン叩いた。
「えっ? わかり切っていたって?」
アイヴァンは照れているアニエーゼを見る。
「なに言ってるのよ今更、あなたがアニエーゼにベタ惚れなのはみんな知ってたわよ、めっちゃ態度に出てたし」
周囲にいたクラスメートたちも大きく頷く。
アニエーゼは白々しく明後日の方を向いてるが、
「私も知ってたわよ、でも、ちゃんと言葉にしてくれたことはなかったわよね」
「そ、それは……」
「まあ、その点はバーバラに感謝よね、彼女の存在があったからこそ、確かめ合えたってことだしね」
ジャンヌが言った。
「そうかもね、でも、彼女、大丈夫かしら」
昨日のステファンやカミーユの様子を見ていると、かなりの大事件のようだ。家族にも多大な影響があるだろう、嫌な奴だったがアニエーゼはバーバラの今後が心配になった。
* * *
「ご苦労だったな、これでブライスの罪は白日の下に晒される。鉄鉱石の横流しだけではなくて、違法賭博、詐欺に脱税、家宅捜索で奴の余罪も明らかになった。それに口封じに愛人を殺して火をつけたことも」
数日後、王都に戻ったジュディスとアンソニーは王太子の執務室に来ていた。
「君たちの手柄だよ。ブライスの件は検察に移るし、しばらく休暇を取るといい」
「はい、ありがとうございます」
「それから、ユースタスの件だが」
ステファンの言葉にジュディスはビクッとした。
「ロベリアは公爵夫人の宝石を盗んで逃げたから、護送されたミリーの証言は不要になった。だから彼女には謝礼を出して村へ返した」
「えっ、もう? ロベリアの捜索は?」
「ペラン公爵家から正式な盗難届は出ていないから、ただの平民の家出人だ」
「でも、その女にはユースタスの誘拐容疑が」
白々しく視線を逸らしたステファンの様子から、二人はロゼリアの顛末を悟った。逃げずに裁判にかけられていれば、少なくとも命は助かったはずだが、もう遅いようだ。
「あの後、ユースタスが発見された川の上流、ペラン領まで遡って聞き込みをしましたが、なにも掴めませんでした。ユースタスがなぜ川に落ちたのか、目撃者でも見つかればと思ったんですが」
アンソニーが付け加えた。
「六年近く前の話だ、仕方ない」
「結局、なに一つ明らかにならなかったのですね」
「そうじゃない、ユースタスが戻らなかった、いや戻れなかった理由はわかったし、不可抗力だったとわかったじゃないか」
「そうですね、でも私が知りたかったのは、なぜこんなことになったかです。なぜユースタスは五年十カ月を奪われなければならなかったのか、原因は不明のままです」
ジュディスはやり切れない表情で拳を握った。
オットー・ブライスの馬車に撥ねられた上、彼の手によって川に投げ捨てられたことを聞いているステファンは胸がチクリとしたが、ユースタスが記憶喪失を決め込んでいる以上、明かすわけにはいかなかった。犯人のブライスは別件で極刑は免れないだろうし、この先ジュディスが真相を知ることはないだろう。
「悪い女に騙されて利用されたんだ」
「悔しいです、彼の五年十カ月と未来を奪った女に裁きを受けさせたかった」
「裁きは受けているだろう」
ペラン公爵夫人の宝石を盗んで逃げたのだ、公爵自身が指示を出しているだろう。そうなれば彼女はもう跡形もなく消えているはずだ。
「殿下はユースタスに会われたのですよね、どうでした? 彼の様子は」
「ああ、記憶がないと言っても根本的な性格は変わっていない、奴はユースタスだよ」
「そう……ですか」
「恐れることはない、会えばわかる」




