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ユースタスが消えた夏  作者: 弍口 いく


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その23 短気を悔いても後の祭り

 アニエーゼとアイヴァンが会場に戻ると、アイヴァンの両親ルーベンス伯爵夫妻と、ブライス伯爵とバーバラが談笑していた。その様子を見たアイヴァンは嫌な予感がして鳥肌が立った。


 バーバラがこちらに気付いて、不敵な笑みを浮かべた。


 挑発的な目を向けられてアニエーゼはムッとしたが、アイヴァンが手を強く握ってくれたので心強い。アイヴァンは渡さない。跡継ぎの座は兄に渡しても、彼との婚約はそのままにしてもらえるように、父親に頼むつもりだった。父親が公爵位の他にも爵位を保有していることを知っていたので、頼めばそれをアイヴァンと結婚する自分に譲ってもらえるかも知れないとアニエーゼは考えていた。





 バーバラの頼みで、ルーベンス伯爵に新しい事業を持ち掛けたが、あまり旨味はない。それよりも、オットーはバートレット侯爵令息カミーユとの縁を繋ぎたかった。あの店の売買をきっかけに親交を深められればと思っていたのに、元店主が焼身自殺したとされる事故物件を売りつけることは出来ない、惜しいことをしたと後悔していた。


 しかし、それは苦肉の策だった。


 あの夜、カッとなってベラを絞め殺してしまったが、『証拠がある』と言っていたことを思い出して慌てたがもう遅い。

 そんなモノが本当にあるかはわからないが、万が一と言うこともある。オットーはベラが住居にしていた二階へ駆け上がり、部屋の中を探したが見つけられない。店舗の方も探した。後先考えずに荒らしたので、まるで泥棒が入ったような有様になった。





 五年十カ月前のあの日、オットーとベラは、ペラン領で開かれる織物の市へ買い付けに行く途中だった。良い商品を手に入れるために早朝に、荷物運搬用の馬車を自ら運転して自領を出発した。


 そして早朝にロードワークに出ていたユースタスを誤って馬車で撥ねてしまった。前日の深酒が残っていたこと、ベラがベタベタ纏わりついていたことで前が良く見えなかった故の事故だった。


 倒れたユースタスを見て、死んだと思った二人は、彼を橋から川に投げ捨てた。おりしも前日の雨で川の水嵩が増していたので、ユースタスの遺体は――まだ生きていたのだが――すぐに流れていき、見えなくなった。


 それがユースタス失踪の真相だった。


 オットーは誤って撥ねてしまった男が、ペラン公爵令息だとは気付かなかった。軽装だったので、平民と思い込んでいたのだ。平民の命などなんとも思っていなかったオットーは、何食わぬ顔をして朝市へ行き、商品を買い付けてブライス領へと戻った。


 その後、ペラン公爵令息のユースタスが行方不明になり、大規模な捜索が行われていると聞いて肝を冷やした。自分が撥ねて、川に捨てた男がペラン家の嫡男だったなんて思ってもなかった。


 しかし、目撃者はいない、黙っていれば発覚することはないだろう。そして、ユースタスは発見されなかった。


 彼は下流のブライス領で助けられ、記憶を失くしてずっとそこで暮らしていた。あの時はちゃんと捜索しなかったが、捜索していれば発見していたかも知れないとオットーはまた後悔した。発見していれば秘密裏に跡形もなく始末できたかも知れなかったのに、と。


 この真実を知っているのはベラだけだ。しかし、六年近く前のこと、証拠があるとは思えない。しかしあの女のことだ、その件ではなくとも、なにかの書類をくすねて隠し持っているかも知れない。

 これ以上探しても見つけられるとも思えず、短気なオットーは店ごと燃やして証拠隠滅を図った。


 言い値で売れたかも知れなかった。そして隣国で人気のカミーユブランドと事業提携を持ち掛けたかったのだが、それよりも目の前にある危険を排除することを優先した。


 まあいい、また鉄鉱石を横流しすれば大金が手に入る、と気楽に考えているオットーは、捜査の手が伸びていることをまだ知らなかった。


 ちょうどその時だった。

「旦那様!」

 ブライス家の執事が血相変えてやってきた。

 オットーは耳打ちされると顔面から血の気が引いた。





 慌ただしく会場から出ていくブライス伯爵とバーバラを見て、なにがあったのだろうと小首を傾げながらも、アニエーゼとアイヴァンはホッとした。


「ブライス伯爵とは面識があるの?」

 突然、カミーユに話しかけられて、アニエーゼはハッとして、握っていたアイヴァンの手を放した。

「いえ、伯爵じゃなくてバーバラと同じ学年なので」


 ステファン、ユースタスと会場に戻ったところ、ちょうどブライス伯爵が慌てて出ていくのを見かけたので、それを目で追っていたアニエーゼとアイヴァンに声をかけたのだ。

「そう、ご令嬢は気の毒ね」

「えっ?」


「それより、今夜はあなたが主役でしょ? こんな隅っこにいないで、中央で踊ってきなさいよ。ほら、婚約者殿」

 カミーユはまた女性言葉に戻っていた。

「え、ええ」


「私たちが躍ると目立っちゃうからね」

「そうだな、お前はデカいから」

 すかさずステファンが突っ込む。

「仕方ないでしょ、体格は変えられないんだから」


 アニエーゼとアイヴァンがダンスロアに出たのを見送ってから、

「もう、知らせが届いたようだな」

 ステファンは厳しい面持ちになった。

「いったい、なにをやらかしたの?」

「それはすぐにわかる、王都のタウンハウスも踏み込む手はずになっているからな」


「あなたはこんなところに居てもいいの?」

「今日はこのパーティーに出たかったから、優秀な部下たちに任せてきた」

 ステファンはユースタスに視線を流し、

「本当なら今頃はお前が側近になっていのに、残念だよ」


「またぁ、そんな言い方をする」

「本当のことだ、お前もだぞカミーユ、俺はお前たちを傍に置きたかったんだ」

「俺も父上の跡を継ぐまではそのつもりだったよ、もう取り返しがつかない過去だ」

 ユースタスは寂しそうに笑った。


「それで、お前はこれからどうしたいんだ?」

「どうしたらいいと思う?」

「質問を質問で返すなよ」

「わからないんだ」


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