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ユースタスが消えた夏  作者: 弍口 いく


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その21 その姿で抱き付くのはやめてくれ

 会場内では主役のアニエーゼがいないにもかかわらず、パーティーは進行していた。中心は公爵夫人ジーナと帰ってきた嫡男ユースタスだ。


 次々と挨拶に来る客たちに、ユースタスは臆することなく貴族の笑みを浮かべる。堂々とした対応にジーナは大満足だった。


「記憶はなくても体に染みついているのね、やはり高貴な血はなにがあっても揺るがないわ」

「でも、今日はアニエーゼのパーティーなのでしょ、俺がしゃしゃり出ては彼女が気を悪くするんじゃありませんか?」

 ユースタスはいつの間にかアニエーゼの姿がないことに気付いていた。


「そんなことは気にしなくていいのよ、あなたはペラン公爵家にとって一番大切な人なんだから」

 一番大切? じゃあ、アニエーゼの立場は? とユースタスは複雑な心境だった。


 いつも母親にベッタリされて、アニエーゼとゆっくり話す機会はなかった。彼女がどう考えているのかわからないが、周囲の人から聞いた話によると、アニエーゼはこの五年、ユースタスの代わりに跡継ぎとして相応しい人間になろうと努力を重ねてきた。それを台無しにしていいとは思っていなかった。


 その時、会場内がひと際どよめいた。

 王太子ステファンが女装したカミーユをエスコートして入場したからだ。


 遅れて来た大物に、ジーナはすぐユースタスを伴って二人の元へ歩み寄り、

「デュランダル王国の若き太陽、ステファン王太子殿下にご挨拶を」

 満面の笑みで挨拶をする。


「これはまた、盛大なパーティーだな」

 ステファンの皮肉にジーナは気付いていない。

 来客を迎えるべきパーティーの主役アニエーゼの姿はなく、中心はどう見てもユースタスだ。


 テッド、レベッカのグールド夫妻や、王立学園時代の同期生多数、アニエーゼの誕生日パーティーなのに、ユースタスの来客が多いのはジーナの仕業だった。


 ステファンがペラン公爵夫妻と挨拶している間に、カミーユの元には王立学園時代の同窓生が集う。彼が女装しているのも、その理由も既に知れ渡っていたので、物珍しさからユースタス同様に注目されていた。


「カミーユがデザイナーだなんて、ビックリ大変身だよな」

「せっかくの剣の腕は役に立たないじゃないか」

「いやいや、儲けているんだからいいじゃないか、今や大富豪なんだろ?」

「あの元ビリアーズ公爵令嬢と組んでるんだろ? 彼女とはいつ結婚するんだ? 学生時代から噂はあったよな」


 などとみんな勝手なことを言う。記憶喪失のユースタスにはどう接していいか戸惑っていて、絡みやすいカミーユに集中していた。


「ところで、新店舗を探しているんだって? 俺、お勧めの物件があるんだけど」

「ありがとう、第一候補だった場所が火事になったから、どうしようかと思っていたのよ」


「ああ聞いた、店が潰れて悲観した元店主が焼身自殺を図って出火したんだろ」

「えっ? そうだったの、逃げ遅れたんじゃなかったのね」

「うわー、それ事故物件じゃないか、当分買い手はつかないな」

「噂をすれば」


 少し離れたところに、知り合いと普通に談笑しているオットー・ブライス伯爵の姿が見えた。


「その元店主はブライス伯爵の愛人だったんだろ、よく平気で顔を出せるな」

「いろいろと胡散臭い噂がある人だから買わなくて正解だよ、関わらないほうがいい」

「そうなんだ」


 その時、カミーユはふと近くにいたユースタスの様子がおかしいのに気付いた。

 血の気を失った顔、凍り付いた視線の先はブライス伯爵だった。

「ユースタス?」

 声をかけるとビクッとして手にしていたグラスを落とす。


 パリーン!

 床で砕けたグラスが音を響かせる。

 一瞬、注目されたが、カミーユがすぐに給仕を呼んだ。

「久しぶりのパーティーで飲みすぎたのね」

「あ、ああ」

「少し夜風に当たって酔いを醒ましましょ、皆さまは引き続きお楽しみください」


 にこやかにお辞儀をして、カミーユはユースタスを連れ出した。





 二人はテラスから中庭に出た。

 会場の明かりが届いて、庭の花壇を照らしている。


「大丈夫?」

 カミーユはまだ青ざめたままのユースタスを覗き込んだ。彼は心ここにあらずと言った表情だったが、

「あ、ああ」

 慌てて貼り付けた笑みを向けた。


 カミーユは訝し気に彼を見つめた。居たたまれず視線を逸らすユースタスの視線を逃さない。

「ブライス伯爵、彼に見覚えがあるの?」

「誰だい、その人」

「さっき見てたでしょ」

「別に……」


「あなた……いつからなの?」

 カミーユはずっと感じていた違和感をぶつけてみた。

「いつ記憶が戻ったの?」


 そう思える節はいくつもあった。いくら体が覚えていると言っても、完璧すぎる所作と来客への対応、それは公爵令息ユースタスに違いないと、このパーティーで確信した。


 ステファンと会った時もそうだ、オドオドした態度はわざとらしかった。


「戻ってるんでしょ」

 追及するカミーユの目から逃れられないと悟ったユースタスは観念した。


「……参ったな、カミーユは騙せないか」

 ユースタスは苦笑しながら頭を掻いた。


「学園でお前と立ち合った時だよ。不思議だな、邸に戻っても家族に会っても、なにも感じなかったのに、お前と剣を交え瞬間、あの金属音が耳に響いた瞬間、頭の中に怒涛のように記憶が雪崩込んだ。お前と過ごした日々が鮮明に浮かんだんだ」


「そうか……」

 カミーユは目頭が熱くなり、思わずユースタスの肩に顔をうずめた。

「思い出してくれたのか」

「その姿で抱き付くのはやめてくれ、変な気分になる」

「いいよ、なってくれて」

「バカヤロー」

 ユースタスはカミーユを引き剝がした。


「なんで、なんで記憶が戻ったと言わないんだ、おじ様もおば様もどんなに喜ぶか、アニエーゼだって、他のみんなだってそうだぞ」

 カミーユはユースタスに対して女言葉をやめた。


「俺は記憶喪失のままの方が都合がいいがいいんだ」

「なんの都合だよ」


「お前の大変身にも驚いたけど、アニエーゼもだ。真珠のようだった肌は日に焼けて小麦色、柔らかかった手は剣蛸でゴツゴツしてて、服の上からでも上腕二頭筋の発達がわかる貴族令嬢の腕じゃないし……。あの子が俺の代わりになろうとしてどれほど鍛錬を積んできたのかがわかる」


「そうだな、君が失踪した直後は毎日泣いていた小さな女の子が」

「父上は迷っておられる、ここで俺が記憶を取り戻したと言えば、即、俺が継嗣に戻るだろう、アニエーゼの努力は無駄になってしまうんだ」


「それでもアニエーゼは喜ぶと思うぞ」

「俺は嫌だ、五年以上アニエーゼになにもかも押し付けていたんだ、申し訳なくて」

「それは君のせいじゃないだろ」


「それにジュディスのこともある。ステフは強調してたろ、ジュディスとアンソニーのことを」

「やっぱり気付いたか……。でも、ジュディスは君の婚約者のままだ」

「じゃあなぜステフはわざわざあんなことを言ったんだ?」

「それは……」

「お前はずっとこの国にいたわけじゃないし、知らないんだろ?」


「そうだけど、ジュディスが心変わりするなんて考えられないよ、婚約を白紙にする話もずっと断ってきたんだし」

「俺だってそうだ、でも、ステフはそう感じているんだ」

 確かにステファンは人並外れた洞察力がある。


「ジュディス自身が気付いていないのかも知れない、と言うか、そんなことはあってはならないと、本心に蓋をしているのかも知れないし」

「真面目な彼女ならありうるけど……」


「俺は、ジュディスに幸せになってもらいたい、その役目が俺じゃなくても」

「ユースタス」

 カミーユはまたユースタスに抱きついた。

「だからぁ、その姿で抱き着くのはやめてくれぇ」


「ほんと、恋人同士の逢引きに見えるな」

 その声に振り向くと、いつの間にかステファンがいた。


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