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ユースタスが消えた夏  作者: 弍口 いく


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20/27

その20 初めて言ってくれたのね

「本日は我が娘アニエーゼの十六歳を祝うパーティーにご参加いただき感謝申し上げます」

 ペラン公爵ジェラルドの挨拶でパーティーは始まった。


 ロザンヌが姿を消してから一週間、ペラン公爵家は静かになり、表面上は平和だった。コリンの容態も徐々に回復していたが、まだ走り回れるほど元気にはなっていない。


 招待客はアニエーゼに祝いの言葉を述べる。

 しかし、満面の笑みを浮かべるペラン公爵夫人のジーナは、すぐユースタスの話題にすり替える。

 もちろんユースタスが無事に戻ったことは社交界でも話題になっており、みんなが知っていたし、パーティーに参加しているのも不自然ではない。しかし、今夜の主役はアニエーゼのはずだ。彼女を差し置いてユースタスを前面に押し出そうとするジーナの振る舞いに眉をひそめた。


 ユースタス自身も居心地が悪かった。


 本来は十六歳を迎えたことを機に、ペラン公爵家はアニエーゼに継がせると、正式に発表する予定だった。しかしユースタスが戻ったことで状況が変わり、その発表は見送られた。かと言って、ユースタスを継嗣の座に戻すとも宣言できない。


 ジェラルドは迷っていた。

 そんなジェラルドをジーナはずっと責めていた。戻ったユースタスがペラン公爵家を継ぐのが当然だ、早く正式に発表するべきだと……。この場を利用するべきだと考えていたが、ジェラルドは決断できなかった。


 しかし、ジーナに振る舞いは元通りユースタスを跡継ぎに戻すと示している。

 ジェラルドは大きなため息をいた。



   *   *   *



 上機嫌な母を横目に、アニエーゼは一人でテラスに出た。


 母の気持ちはわかるが、複雑だった。やはり母にとって大切なのは嫡男のユースタスだけ、自分の立場は尊重してもらえないことが良くわかった。

 もちろん戻ったユースタスが公爵家を継ぐことに異論はない、でも今日は、

「私の誕生日なのに……」

 思わず零れる。


「すっかり主役の座を奪われてしまいましたのね」

 アニエーゼが出ていくのを見つけたバーバラが追ってきた。


「あら、来てたの」

「うちにも招待状は届いていましたよ」

「社交界での付き合いがあるお父様宛じゃないの?」

 バーバラはムッとしたが、直ぐに意地悪な笑みを浮かべた。


「お兄様が戻られた今、あなたはもう用無しって扱いですわね、お母様も冷たい方ね」

「あなたには関係ないことでしょ」

「直接はなくても間接的には影響があるのですよ」

「あなたにどんな影響があると言うの?」


「例えば、アイヴァン様のことだって」

「またアイヴァン?」


「アイヴァン様のお立場をお考えになった? あなたが公爵家を継がれるから、あの方が婿入りする予定なのでしょ? それが無くなったらあの方の立場はどうなるのかしら? 伯爵家の三男、どこかの婿養子に入らなければ、受け継ぐ爵位もない、アイヴァン様の将来を考えれば、あの方が新しい婿入り先を見つけるために、早く婚約を解消してさしあげたほうがいいのではありませんか?」


「アイヴァンは婿入りなんかしなくても、騎士として身を立てられるわよ」

「せいぜい騎士爵でしょ、彼ならもっと家格の高い養子先があるわ」

「例えばブライス伯爵家?」

「ま、まあ、そうですわね、うちは裕福だし、婿入りしてくださるなら彼の将来は安泰よ」


「君の家なら俺じゃなくても立候補者はたくさんいるだろ」

 いつの間にかアイヴァンが来ていた。

「アイヴァン様」


 アニエーゼの横に立ち、

「俺は近衛騎士になって総司令官であるペラン公爵の片腕になることを目指しているんだ。ユースタス様が後を継ぐなら彼の。だからどこかの家に婿入りするつもりはないよ」


「そんな自ら険しい道を選ばれなくても、我がブライス家に来ていただければ思うままの贅沢な暮らしができますのよ」

「そんなことは望んではいない」


「一時の感情に流されず、よくお考えになったほうがよろしいのではなくて? まあ、今はそう言うことにしておきましょう」

 バーバラはなぜか余裕の笑みを浮かべながら、お辞儀をして会場に戻っていった。


 バーバラには自信があった。アニエーゼよりも自分の方が美しい、そして、ブライス伯爵家は莫大な資産を有している。同じ伯爵家でもアイヴァンのルーベンス伯爵家よりも格上だ。


 アニエーゼが公爵家を継がずにアイヴァンの婿入りが無くなれば、ルーベンス伯爵家はアイヴァンとアニエーゼを結婚させるよりも、ブライス家に婿入りさせた方が、ルーベンス家にとって有益だと考えるだろう。親の決定には逆らえない。アイヴァンは自分のモノのなると確信していた。





「彼女の言う通り、俺は継ぐ爵位のない三男だ、自分の力で功を上げないと平民になってしまう」

 バーバラの姿が見えなくなったのを確認してから、アイヴァンは話の続きを始めた。


「公爵令嬢の君なら、跡継ぎじゃなくでもペラン公爵家と縁を繋ぎたい家は多いはずだ。きっと釣書が山のように届くだろうし、いくらでも条件のいい嫁ぎ先があるだろう。だから俺との婚約は解消してもいいんだよ、君が望むなら身を引く」


 アイヴァンは真っ直ぐアニエーゼを見下ろして、平然を装ったが、

「あなたはそうして欲しいの」

 瞳を潤ませるアニエーゼを見て、すぐに苦悩の表情を浮かべた。


 アニエーゼと婚約してから三年、彼女を手放すのは辛かった。しかし、彼女は聡明で努力家だ、高位貴族の夫人が務まる令嬢、自分のように地位のない男と一緒になるより、社交界の華になれる然るべき地位に着くべきだ。アニエーゼのためには自分は離れたほうがいい。でも……。


「そんなはずないだろ、俺は君と一緒にいたいよ、でも、君の幸せを考えたら」

 本心は偽れずについ口にしてしまった。

「私の幸せはあなたの隣にしかないわ」

 アニエーゼは被せるように言った。


「アニエーゼ……?」

 婚約者としての義務は果たしてきた。マメにプレゼントをした、パーティーでのエスコート、学園でもできるだけ行動を共にした。でも、彼女に気持ちを伝えたり、確かめ合ったことはなかった。

 自分はペラン公爵に剣の才能を買われて選ばれた婚約者、そこにアニエーゼの意思は存在していないと思っていたから、確かめるのが怖かった。


 ヘタレな自分といることが幸せだとアニエーゼは言ってくれた? 夢じゃないのか? と思ったアイヴァンは確かめるように彼女をギュッと抱きしめた。アニエーゼの柔らかな体から体温を感じる。

「俺でいいのか?」


「あなたがイイのよ、私を放さないで」

「ああ、あ、愛してる」

 アイヴァンはこの時を逃せば言えない、とばかりに、つっかえながらも言葉にした。


「ふふっ」

 アニエーゼはアイヴァンの腕の中で肩を揺らしながら顔を上げた。

「初めて言ってくれたのね、私も愛してるわ」


 アイヴァンは微笑むアニエーゼの唇に、そっとキスを落とした。


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