その2 ユースタスは王都に戻らなかった
あの時、自分が一緒にいればユースタスの失踪はなかっただろうか?
カミーユはずっと後悔していた。なぜ、先に帰ったのだろうと。
ユースタスに誘われて、カミーユもペラン公爵領に来ていた。
ユースタスは父親譲りの赤毛にハシバミ色の瞳の美少年。誕生日がまだなので十七歳、学生最後の夏を幼馴染の親友と、剣術の稽古をしながら過ごしていた。
「休暇が終わるまでここで過ごしたいけど、ステフとシエナの婚約式に出席しなきゃならないから、一足先に戻るよ」
「そうか、いよいよだな」
「長かった婚約者候補時代を勝ち抜いて、ようやく正式な婚約だからな」
「勝ち抜いたって、ステフは最初からシエナにベタ惚れだったじゃないか、出来レースだよ」
「それを言うな」
王家のステファン、公爵家のユースタス、侯爵家のカミーユと伯爵家のテッド、四人は同い年の幼馴染だった。そしてカミーユの妹シエナも幼い頃からステファンとは親しく、お互いに想い合っているのは誰が見ても明らかだった。
「お前が長い式典と晩餐で退屈している間、俺は鍛錬に励むさ、今年こそはお前に勝って見せる」
秋には毎年恒例の剣術大会がある。カミーユは百年に一度の天才と言われた剣士で、一年の時にいきなり優勝して注目を集めた。次の年も優勝、ユースタスは決勝で敗れて二位だった。ユースタスが弱いわけではない、カミーユが天才だっただけだ。
三年連続優勝すれば、現ペラン公爵家当主ジェラルド以来の快挙だ。ペラン公爵家は代々近衛騎士団の総司令官を務める家柄、嫡男のユースタスもおのずと剣術の腕を期待されていたが、同期にカミーユのような天才がいたのは不運としか言いようがない。
しかし、ジェラルドも幼い頃から知っているカミーユの天才ぶりを認めていたので、ユースタスが勝てなくても責めることはなかった。でも、ユースタスは今年こそはと意気込んでいた。もちろん、親友だからとカミーユが手心を加えることはない。
「今年は絶対に勝つ、ペラン家の名に懸けて」
「受けて立つよ」
これがユースタスとの最後の会話になるとは、その時のカミーユは思ってもいなかった。
夏季休暇が終わってもユースタスは王都に戻らなかった。
剣術大会は彼がいないまま行われ、カミーユが三連勝を飾った。
* * *
五年ぶりに王都へ戻ったカミーユは、懐かしの王立学園を訪れた。
騎士科の修練場では生徒たちが剣術大会に向けて練習に励んでいる。
そこでアニエーゼの姿を見つけた。
彼女はユースタスの五歳年下の妹で、兄と同じく赤毛にハシバミ色の瞳の美少女だ。今年入学した一年生、淑女科ではなく騎士科に所属しているのは、ペラン家の次期当主に選ばれたからだ。選ばれたと言っても、現在、直系の血筋は彼女しかいなかったのでなるべくしてなったのだ。
「あの子を見ていると辛くなるよ」
いち早くカミーユを見つけたテッドが彼の横に立った。テッドは今、騎士科で教官の職に就いている。
「ペラン家の人間だけあって、身体能力は優れているし、剣の技術も父親仕込みだから確かだ。でも、性格がな」
「そうだわね、アニエーゼは控えめで優しい少女だった、武人向きじゃない」
「だからかなり無理してるんだよ」
テッドは吐息を漏らしながら腕組みをした。
「おじ様はなんと?」
「アニエーゼが望むようにと、止めても聞かない頑固なところがあるからな」
「そういうところは兄妹似ているのね」
「そのうち潰れてしまうんじゃないかと心配なんだ」
教官が見慣れぬ美女と親しげに話しをしているのが気になるようで、生徒たちはチラチラとそちらを見ている。
「おーい、集中しろよ! 怪我するぞ」
テッドが注意を飛ばした時、アニエーゼが剣を叩き落された。
「アニエーゼ!」
カミーユは思わず駆け寄った。
「大丈夫?」
「平気ですこのくら……カミーユ様?」
アニエーゼは目を丸くして女装のカミーユを見上げた。
「へへっ、やっぱりすぐわかった?」
「シエナ妃殿下から戻られると聞いていましたから、それにカミーユブランドの話も……、本当に女装されているんですね」
「女装って、どういうことです?」
相手をしていたアイヴァンが、アニエーゼの手を握っているカミーユに怪訝な顔をした。
「カミーユ様は仕事柄このような姿をされているけど、歴とした殿方よ」
それを聞いたアイヴァンは強引に二人の間に割り、アニエーゼを背に隠した。
「アイヴァンったら」
「簡単に男に触れさせるなよ」
「カミーユ様は子供のころからの知り合いよ、身内みたいなものだから」
「あら、あなたなの? アニエーゼの婚約者って」
「そうです」
勝ち気そうな目を向けたアイヴァンは、黒髪にエメラルドの瞳の端正な顔立ちの
美丈夫。ビリングス伯爵家の三男で、剣の腕を認められてペラン家の婿養子に入る予定のアニエーゼの婚約者だ。
「アニエーゼは大切にされているのね」
「過保護で困ります」
「医務室へ行くぞ」
「このくらい大丈夫よ」
「赤くなってるじゃないか、すぐに冷やさないと」
「平気よ、それより、せっかくカミーユ様が来てくださってるのよ、稽古を見てもらいたいわ」
「えっ?」
「カミーユはこう見えても、学生時代は百年に一度の天才剣士と言われていて、剣術大会三連覇を果たしたんだぞ」
テッドが補足した。
「三連覇ってことは、一年の時も優勝したんですか?」
「昔のことだけどね」
アイヴァンは信じられないと言いたげな目を向けた。どう見ても女性だ、確かに露出度の低いドレスで体型を誤魔化しているようだが、そのドレスの下に筋肉を隠しているようには見えなかった。
「今年の有望株はこのアイヴァンなんだ、君ほどじゃないけどなかなかの腕だよ、ペラン公爵も認めているからな」
「へー、そうなんだ、じゃあ一度、手合わせしたいわね」
「そりゃいい」
「ペラン公爵令嬢!」
その時、大声をあげながら、別の教諭が血相変えて駆け込んで来た。
「公爵家から火急の知らせです。すぐにタウンハウスへ戻りなさい、お兄様が、ユースタス様が見つかったと」
「なんだって!!」
「なんですって!!」
カミーユとテッドが揃って声を上げた。




