その19 子供を置き去りにするなんて
「サファイアにダイヤを散りばめたネックレスがないわ!!」
翌朝、ロザンヌの姿が消えていることに気づいたメイドはすぐペラン公爵に報告した。それを聞いたジーナはピンときて、真っ先に自分の宝石箱を確認したのだ。
「一番のお気に入りでしたのに」
涙目になる。
「あれをバラして売れば、平民なら一生不自由なく生活出来る金額にはなるだろうな」
ジェラルドはため息をついた。
「ロザンヌが盗んだと決めつける証拠でもあるのですか?」
「逃げたのが証拠ではないのか?」
「逃げた……コリンを置いて?」
ユースタスは信じられないと言った表情で茫然とした。
「自分の子供を平気で見捨てたんだな」
そう言いながら、ジェラルドは執事に目配せした。茫然としていたユースタスは気付いていなかったが、見逃さなければそれがどういう意味か理解しただろう。
ユースタスはショックのあまり言葉を失っていた。ロザンヌはコリンを可愛がっていた、愛していたはずなのに、簡単に置いていったことが信じられなかった。確かに自分も命を狙われていると気付いて怯えていた。でも、一人で逃げるなんて! 自分さえ助かればいいのか? そんな女だったのかと失望した。
「そんな女だったんだよ」
ユースタスの心の中を覗いたようにジェラルドが言った。
「お前を騙して五年以上も利用し続けていた女だ、子供だって、お前を縛り付ける道具でしかなかったんだよ」
「あの女が出て行ったのはいいけど、私のネックレスが」
「また買えばいいじゃないか」
「仕方ありませんね」
残念そうに言うジーンは、自分が毒を盛ったのがバレたせいで出て行ったとは思っていない、昨夜の会話を聞かれたことが、逃亡を早めたことを知らなかった。ただ、残されたコリンをどう始末しようか考えていた。
そしてユースタスはどうすればコリンを護れるのかと考えていた。
* * *
「そう、あの女、逃げたの」
カミーユはロザンヌ失踪の話をアニエーゼから聞いた。彼はまだペラン公爵家に滞在したままだった。
「お母様が一番の気に入りだったネックレスが無くなっているそうよ」
「ジーナおば様のアクセサリーなら、どれを売っても当分は生活に困らないでしょうね、ただ、ちゃんと売れればの話だけど」
「どういう意味?」
「どう見ても平民の女が高価な宝石を持っているなんて、盗品だと言っているようなもの、真っ当な店では買い取ってくれないどころか通報されてしまう。盗品と承知で買い取ってくれるよう店に持ち込むのは、売る方にもリスクがあるわ」
下手をすれば、商品だけ奪われて消される。都会の恐ろしさをあの田舎女は知っているのだろうか? まあ、そこで消されれば、ペラン公爵が手を汚す必要がなくなるので好都合かもしれない。
カミーユはロザンヌがこんなに早く出て行ったことが意外だった。あの無神経で図太い女のことだから、贅沢な暮らしを満喫するために居座るんじゃないかと思っていた。もしかしたら、コリンが毒を盛られたことに気付いたのか? 自分もなにかされたのだろうか? もう確認するすべはない。
「あの人、息子を可愛がっていたように見えたのに置いていくなんて」
アニエーゼは口をへの字にした。
「足手まといになると思ったんじゃない、まだ具合も悪そうだし」
「でも、自分の子供でしょ」
「もしかしたら、自分が連れていくよりも、この邸で育てられた方が幸せになれると考えたのかもね、だから、涙を呑んで置いて行った」
「そうかしら」
「本当のところはわからないけどね」
たぶん違うだろう、最初に言った足手纏い説が有力だとカミーユは確信していた。でも、連れて行かなかったのはコリンのためには良かったと思っていた。
「あの子、この邸で面倒を見るのかしら、お母様が許すとは思えないわ」
「そうね、ペラン家の孫としては認められないと思うわ、たぶんどこかへ養子に出されるでしょう、その方があの子にとってもイイと思うわ」
「お兄様はあの子を手放すかしら」
「そうするしかないでしょう、今のユースタスに子供を育てることは出来ないわ」
「そうよね、お兄様は公爵家の後継ぎ、平民の子供がいてはジュディス姉様もお嫁に来るのを躊躇うかも知れないし」
ジュディスはどうするつもりだろう? ユースタスが戻る前なら婚約を白紙に出来ただろうが、今となっては家格が下のフォンテイン侯爵家から断るのは難しい。




