その16 人は変わるものだ
ステファンの多忙を理由に短い再会を終えて二人は応接室から出た。
「どう言うつもりよ、ユースタスを迷わすようなことばかり言うなんて」
とたん、カミーユはステファンに食って掛かった。
「俺は別に」
「シエナになにか言われたのね」
シエナとジュディスは親友だ。相談しているか、勘のいいシエナがジュディスの気持ちに気付いたか、どちらかだろうとカミーユは推察した。
「酷いわ、ユースタスが戻ったことを喜んで会いに来たんじゃなかったの?」
「喜んでるさ、生きていてくれて本当に良かった。でも五年十カ月だぞ、もう昔の彼じゃない」
「そんなことないわよ、今は戸惑っているだけよ、きっと元のユースタスに戻るわ」
「お前が言うか?」
ステファンはカミーユの姿を上から下までジロッと視線を走らせた。
「わ、私のコレは仕事で」
「まあ、そう言うことにしておいてやろう、だが人は変わる、ジュディスの心に変化があっても誰も責められないだろ」
カミーユの心はずっと変わらない、ユースタスに妻子がいようとも、生きて戻ってくれただけで良かった。でも、ジュディスは違うのか?とカミーユは納得できなかった。
「ジュディスが辛い思いをしている時、傍にいて支えたのはアンソニーだ。アンソニーはどこまでもお人好しだから、純粋にジュディスを心配して、下心なく支え続けたんだ」
「それは疑ってないわよ」
「正直、ユースタスが生きているとは思っていなかった。お前だってそうだろ、だから学園を卒業してすぐに旅に出るとか言って消えたんだろ。ユースタスがいない世界を一番に受け入れたのはお前じゃないか。だからジュディスとアンソニーにも、そろそろ自分たちの未来を考えたらどうだと言うつもりだったんだ、そんな時に……」
「ユースタスは生きて戻った」
「ああ、でも戻ったユースタスに記憶はなく妻子もいた。その事を知ったジュディスがどれほどショックを受けたかは想像に難くない。だから会うのを躊躇っているのだろう。ジュディスはユースタスを愛していたんだ、だからこそ納得できないんだと思う、記憶がなかったとしても他の女と子供をもうけたことが」
そこが自分とジュディスの決定的な違いだとカミーユは思った。カミーユは最初からユースタスと結ばれることはないと諦めて、その思いを胸に仕舞い込んでいた。しかし婚約者のジュディスは違う、ユースタスと結ばれるはずだったのだ。彼と幸せな家庭を築くはずだったのだ。
「俺はユースタスがどんな形でも戻ってくれたことは嬉しく思っているぞ、それは本当だ。でも、以前と同じようにはいかない、それは彼自身もわかっているだろう、もし、記憶が戻ったとしても、あいつが言ったように五年十カ月の歳月は取り戻せないんだ」
「そう…かも知れないわね」
「でも記憶がなくても根っこのところは変わらないんだな、ちゃんと状況判断ができてる」
そう言ってからステファンはふと遠い目をした。
「ユースタス、本当に記憶がないのかな」
ステファンはボソッと呟いた。
* * *
ステファンとカミーユが去ってしばらくすると、ユースタスがまだ茫然と座っている応接室にジーナが入ってきた。
「今日はいいお天気ですから、ガゼボにお茶を用意させましたのよ」
にこやかに入室したが来客はいない。
「あら、殿下は?」
「もう帰られました」
「そう、お忙しい方だから仕方ないわね、またゆっくりお会いできる機会もあるでしょう」
ジーナはユースタスの隣に座り、慰めるように肩に手をかけた。
「シエナ妃殿下にも会ってほしいから出向いてほしいと言われました」
「まあっ、妃殿下が、そうね、妃殿下とジュディスは仲が良かったから、ジュディスが戻ったら二人でご挨拶に伺うといいわ」
「それは……」
「ジュディスが早く戻るといいわね、侯爵令嬢なのに王宮調査室なんて危険が伴う仕事をしているなんて信じられないわ、まあそれも、あなたを捜す為だったから、もう続ける必要はないわね。あの子がお嫁に来てくれる日が楽しみだわ」
母上には悪いがそんな日は来ない、とユースタスは心の中に呟いた。なぜなら、彼女が愛してくれたユースタスはもうどこにもいないのだから。
「でも、ジュディスを迎えるためにはあの親子をなんとかしなきゃならないわね」
フッと表情を曇らせたジーナの呟きをユースタスは聞き逃さなかった。
「なんとかって?」
「いえ、こちらの話よ」




