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ユースタスが消えた夏  作者: 弍口 いく


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その15 人の心は変わるもの

「なぜ出ちゃいけないのよ!」

 客室から出ようとするロザンヌを公爵家の護衛騎士が止めていた。


「来客中はあなたと子供を好き勝手に邸の中をうろつかせないように言われています、お戻りください。手荒な真似はしたくありません」

 護衛騎士はロザンヌを部屋の中に押し込めた。


 ドアを閉めようとしたが、ロザンヌは食い下がる。

「ユアンに会わせてよ!」


「ユアンなんて人はいません!」

 凛とした声に、一瞬、廊下は静まり返った。


「ユアン、じゃなくてユースタスだったわね。彼に会わせてよ、なぜあたしたちを閉じ込めるの?」

「今日は特別なお客様がいらしているの、お前たちの姿を見られたら困るのです」

「なぜ? あたしはユースタスの妻なのよ、あたしだって挨拶する権利はあるでしょ」


「妻? 権利ですって? お前などお目汚しになるだけだわ」

 汚いゴミでも見るような目を向けられて、ロザンヌはゾッとした。


「それ以上騒ぐようなら、地下牢へ入れますよ」

「牢って……」

 この人ならやり兼ねないと思ったロザンヌは引き下がるしかなかった。



   *   *   *



 その頃、ペラン公爵家に来訪し、ユースタスと再会していたのは王太子ステファンだった。カミーユも同席していた。


 応接室は微妙な緊張が張り詰めている。

「この国の王太子殿下なのですか?」

 ユースタスはおずおずと尋ねた。


「そうかしこまるな、俺たちは幼馴染でもあり親友だ」

「そう…なのですか」

 戸惑うユースタスにかまわず、ステファンは彼の横に席を移してハグをしながら背中をバンバン叩いた。

「無事な姿を見て安心したぞ」


「ステフもずっと心配していたのよ」

「ああ、シエナ、王太子妃でカミーユの双子の妹のシエナもお前に会いたがってたんだ。今は身重なので外出は控えているから連れて来れなかった」

「過保護すぎるとシエナは言っていたわよ」


「なにかあったら大変だろ、ユースタスが出向いてくれると喜ぶよ」

「俺が王宮へ?」

「ああ、昔はよく遊びに来ていたぞ、王宮の庭園は俺たちの遊び場だったからな」

「シエナはお転婆で、私たちと一緒に駆け回っていたのよ、それが今では一時の母、もうすぐ二人目が生まれるなんてね」


「俺たちは共に王立学園で学んだ仲間でもある。ジュディスにも早く会わせたいのだが、あいにく仕事で遠方に出張中だからな」

「すぐに戻って来させればいいのに」

「そうするように知らせたのだが、責任感が強い子だから任務を途中で放り出せないと断られた」

 ステファンはため息を漏らした。


 カミーユの頭にふと疑問が浮かんだ。本当に仕事のせいなのか? 待ちわびていたはずだ、すべて投げ出して戻って来そうなものなに……と。


「ジュディス嬢は、俺の婚約者だったご令嬢ですよね」

「だった、じゃなくて今も婚約者だ。彼女は侯爵令嬢の立場で本来なら働く必要などないのに、お前を捜すために王宮調査室に入って、お前の行方を捜索し続けていたんだ」


「ずっと…ですか?」

「ああ、お前の無事を信じて、アンソニーと共にずっと捜していた」

「アンソニー……」

「奴も学園時代の友人だ、アンソニーはずっとジュディスに寄り添って支えていたんだ」


 そう言ったステファンの言葉にカミーユは違和感を覚えた。わざわざ〝アンソニーと共に……寄り添って支えた〟と強調したように聞こえたからだ。カミーユはこの五年会っていないので、二人の関係がどうなっているかは知らないが。

「任務が片付けば、二人ともすぐに戻る」


「彼女は……そんなに長い間待っていてくれたと言うことは、俺たちは当時、想い合っていたんですよね。でも、俺にはもう妻子がいるし」

「記憶喪失のことは承知している、妻子のことも、でもそれは不可抗力でお前がジュディスを裏切ったことにはならない」


「そうでしょうか」

「報告は受けている、お前が暮らしていた村へ二人は行ったんだ。ロザンヌの友人のミリーという女性から詳しい事情は聞いている」

「ミリーが?」


「今、こちらへ護送中だ、お前が騙されていたことを証言してくれる」

「じゃあ、ロザンヌがしたことはすべてバレているのですね、彼女はどうなるんです? コリンは」

「それはペラン公爵が決めるだろう」


 カミーユはまた違和感を覚えて眉をひそめた。先日の話ではユースタスは当時のことをなにも覚えていないと濁していたのに、今はロザンヌがしたことはバレていると言った。彼は最初から知っていたのだろうか? それとも後で聞いたのだろうか?


 それに加え、ユースタスが自分を騙した相手を心配することにカミーユは憤った。怒りを露わにし、騙されて人生を歪められてしまったと嘆くのが当然なのに……。まさか、

「あなたは、ロザンヌを愛しているの?」


「彼女のことは……、今は正直わからない、でも、コリンは間違いなく俺の子供です」

 〝今は〟と言うことは、村で生活していた時は愛していたのだとカミーユは受け取り嫌悪感が湧き上がる。


「そうは言っても、ペラン公爵夫妻は認めないだろうな」

 ステファンが言った。

「認めないと言うことは、俺がこのままペラン家に戻れば、妻子とは引き離されて、ジュディス嬢と結婚することになるのですか? こんな俺と」


「どうだろう、ジュディスの気持ちもあるし、彼女とは直接話をしていなからな」

「なに言ってるのよ、彼女はずっと待っていたのでしょ」

「五年も経てばいろいろと状況は変わる、人の心も変わるものだ」


 まただ、ステファンはなにが言いたいの! ユースタスとの再会を喜びに来たんじゃないの? 意図的に彼を戸惑わせる発言をしているように感じて、カミーユはステファンを睨みつけた。カミーユの視線に気づいたステファンはバツ悪そうに眉を下げた。二人の目配せに気付いてか気付かずか、ユースタスは俯きながら拳を握り締めた。


「そうです、俺はもうあなたたちが知っていたユースタスとは違う」


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