その14 戸惑う心
「先に潜入している間諜もいるし、ここは俺一人で大丈夫だ。君は早く王都に戻ったほうがいい」
「ダメよ、仕事はちゃんと最後までやり遂げたいわ」
ジュディスとアンソニーは身分を偽って滞在している安宿の食堂にいた。
「責任感が強いのはいいけど、ここは甘えてもステファン殿下なら許してくれると思うけどな」
「幼馴染だからって、特別扱いされたくないわ」
「頑固者」
ジュディスは食事をする手を止めて、
「違うの……会うのが怖いのよ」
フォークとナイフを置いた。
「怖い? なぜ? ずっとこの時を待っていたじゃないか」
「ええ、でもいざそうなると気後れして……それに彼は私のことを覚えていないのよ」
「君に会えば、なにか思い出すかもしれないぞ」
ユースタスが戻る日を待ち焦がれていた。嬉しいはずなのに、すぐにでも会いたいはずなのに、足踏みしている自分に戸惑っていた。
「ユアンとして暮らしていた時の妻子はどうなるのかしら」
「それは公爵がなんとかするだろう、君が気に病むことはないよ、君こそが正当な婚約者、妻になるべき人なんだから」
「でも……」
「なにも恐れることはない、五年も待ち続けたんだ、報われないはずないよ」
「私は……ユースタスが必ず生きて戻ると信じていた……つもりだった。でも実際、生きているとわかっても実感が全然ないの、本当は心のどこかで既に諦めていたのかもしれないわ」
「なにを今更」
「そうよね、散々付き合わせておいて、今更そんなことを言うなんてね」
アンソニーは王立学園を卒業して以来、ずっとジュディスに寄り添い、調査室の仕事をしながら、ユースタスの行方を捜し続けてくれていた。休暇の度に二人でペラン公爵領へ行き、彼が失踪した当時の目撃情報がないか足を使って調べ尽くした。
アンソニーがそこまでしたのはユースタスと友達だったからと言う理由だけではないことを、ジュディスはとっくに気付いていた。
アンソニーとは王立学園に入学する前からの知人だ。ジュディスとユースタスの婚約が調った時は祝福してくれたが、寂しそうな目をしていた。アンソニーが自分に好意を持っていることをハッキリ表したことはないが、ジュディスはなんとなくわかっていた。でも、ユースタスが好きだったから、アンソニーの気持ちには応えられなかったから気付かないふりを貫いた。
ユースタスが失踪した時、悲しむジュディスの心の隙に付け込むようなことはしなかった。アンソニーは底抜けのお人好しだ、自分のことよりジュディスのことだけを考えてくれている。だから、ユースタスの捜索に協力してくれているのだ。ジュディスはその気持ちに感謝しながら、いつも心苦しかった。
そしてついにユースタスが見つかり、戻ってきた。
もうすぐ会える、五年間の苦労が報われる。しかし、なぜか手放しで喜んでいない自分にジュディスは困惑していた。それは、彼が記憶喪失で戻ったからではない。
「アンソニー、私は……」
「ん?」
「やっぱり一人では怖いから、王都へ戻って会いに行くとき、あなたも一緒に居てもらいたいの」
「そう言うのなら」
ユースタスの捜索は終わったと言うことは、もうアンソニーと一緒に行動する理由が無くなったと言うことだ。そう思うとなぜかジュディスは胸が締め付けられた。
そこへキャップを深く被った労働者風の男がやってきて、アンソニーの隣に座った。
「取引の情報を掴みました」
口元を隠しながら囁く。
それを聞いて、ジュディスとアンソニーは視線を合わせた。




