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ユースタスが消えた夏  作者: 弍口 いく


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12/27

その12 また、知らん顔するのですか?

「子供の様子はどうだ?」

 執務室を訪ねたカミーユにジェラルドは尋ねた。


「先生の見立ては、ただの食べ過ぎです。でも、そうではないでしょう、長年公爵家に仕える先生は忖度したのでしょうね」

「…………」


「どうなさるおつもりなのですか? このまま見過ごすのですか?」

「私にはジーナを止めることは出来ない」

「最愛のユースタスが失踪してから、おば様の精神状態が不安定になっていったことはステファン殿下から聞いています」


 ジーナはユースタスだけを溺愛していた。幼い頃からアニエーゼとユースタスの扱いはかなりの偏りがあった。母親の愛情を独り占めしているようで負い目があったユースタスはアニエーゼをいつも気遣い可愛がっていた。


 父親のジェラルドも仕事が忙しくてあまり家にいなかったので、子供たちのことは妻に任せきりだったが、アニエーゼが母親から大切に扱われていないことには気付いていた。しかし構っている暇はなかった。


 ユースタスが消えた時、アニエーゼはまだ十歳だった。悲しみのあまり壊れていく母親を、ただ見ていることしかできない。自分も悲しい、寂しいが家の中に頼る人はいなかった。


 ただ、ユースタスの友人たち、隣国へ行く前のカミーユ、婚約者のジュディス、騎士科の友人たちテッドやアンソニー、王太子ステファンまでもが彼女を気にかけてくれたので、アニエーゼは母親のように壊れずに踏みとどまった。


 しかし、ジーナは年々絶望し、表面上は正気を保っていたが、中身はズタズタだった。


 五年十カ月ぶりに戻った愛する息子、しかし、余計なモノがくっついている。邪魔者がいては元の生活に、元のユースタスに戻れないと思っていた。

 だから……。


「また、知らん顔するのですか?」

「ジーナの気持ちは痛いほどわかる、あの女はユースタスを騙していたのだからな」

「でも、命の恩人でもあるのですよ、それにコリンにはなんの罪もありません。母親に罪がると言うのなら、しかるべき捌きを受けさせればいいではありませんか」


「しかし、あの子がユースタスの血を継いでいる事実をジーナには受け入れられないだろう」


 それはカミーユにも理解できる。ペラン公爵家は高貴な家柄でジーナも誇り高き貴族だ。だからと言ってジーナの行動は容認できることではない、このままだと大勢が傷付くことになるだろう。



   *   *   *



 ロザンヌとコリンの親子はまだ客間のままだった。家族として受け入れられていない証拠だ。

 医師の処置を受けて落ち着いたコリンだったが、まだ顔色は青いままだ。


「具合はどうだ?」

 ユースタスも心配して様子を見に来た。

「ただの食べ過ぎなら心配はないでしょう、先生が言ったように、食べ慣れないモノを急にたくさん食べたから、小さな体がビックリしたんでしょ」

 幼児が体調を崩すのはよくあること、ロザンヌは案外呑気だった。


 眠っているコリンの頭を撫でながら、

「急に環境が変わった疲れからのストレスも大きいと言ってたから、慣れれば大丈夫よ」


「慣れるかな」

「えっ?」

「村へ、帰らないか?」

「なにを言ってるの? アンタはここの御曹司なのよ、そんなこと許されるわけないじゃない」


「でも、記憶がない俺が戻ったことで、この家のみんなを混乱させているだろ、このままここに居ても良いのかどうか……」

「なにを今更、アンタはまたあの惨めな暮らしに戻りたいの? ここに居れば働かなくても贅沢な暮らしが出来るのよ」


「本気で受け入れてもらえると思っているのか? 歓迎されていないのはわかるだろ。それにお前が俺を騙していたことに気付かれているぞ」

「そうだとしても、その前にあたしはアンタの命を救ったのよ、あたしがいなければ、アンタは助からなかった、ここに戻れたのはあたしのお陰なのを忘れないでほしいわ」


 確かに、騙されていたとわかってショックだったが、ロザンヌが献身的に看病してくれたこと、彼女のお陰で生きていることも事実なのだ。しかし、そんな恩着せがましい言い方をする女だったか? ここへ来て、貴族の生活を垣間見て、彼女の中でなにかが変わったことにユースタスは気付いていた。


「心配しないで、妥協することにしたわ。公爵夫人なるのは無理だからあきらめる、でも、お貴族様に愛人は付き物でしょ、愛人でいいわよ。ちゃんと生活の保障をしてもらえればそれで我慢してあげるわ」


 彼女は全然わかっていない、我慢するとしたらロザンヌではない、ペラン公爵家の人々なのだ。自分の立場を全く理解してない。

 貴族にとって平民の命がどれほど軽いのか、自分たちとは別の生き物だと思っていることを理解していない。


 そして、ロザンヌやコリンに向ける視線の中に、憎悪が潜んでいることに気付いていない。


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