賢者の魔法
人類と魔王の戦いは終わった。
解き放たれた賢者の魔法で、世界を侵攻せんとしていた魔王は倒された。
賢者は出立国の王女と結婚し、その後は幸せに暮らしたという。
けれど、人類は貪欲だった。
予想されていたことだ。
魔王が死に、魔物は消え果て、残ったのは多くの資源と、霊長類の座だった。
人類は技術を繁栄させた。
手始めに、家畜業を行った。
――家畜は、人の支配に従った。
次に、工業を発展させた。
――地下は、人類圏に組み込まれた。
仕上げに、魔法学を究めた。
――人類同士の、戦いが始まった。
『魔法が使いたい』『性能を試したい』『人に使いたい』『威力はどうか?』『試してみないとわからない』『我らはすごい』『ならば――』
――そうだ! 隣国を、滅ぼそう!
――滅びた。開戦の翌日だった。
隣国は焦土と化した。
そこに人類の活動域はなく、ぐつぐつと煮えたぎる溶岩や、散乱した家屋の瓦礫が散らばっているだけだ。
たった一発の魔法で。
隣国の人類は消え去った。
「新たな魔王の誕生だ! 人類は再び、手を取り合って立ち向かわなければならない! 獣人族の誇りを示せ!」
王城のバルコニーで、そう演説した獣の皇太子は――次の日には城の瓦礫の中で、その髑髏を拾われた。
「我らエルフは、彼の王国への忠節を誓う。我が国の民には、傷ついてほしくはない」
そう言って首を垂れた端麗で耳の長い王は――森の中でクマに襲われ、その国の民は奴隷として扱われた。
その魔法とは何か。
国家秘密たるその魔法を研究し、解き明かさねばならない――そう断じた研究者は、その日のうちに姿を消した。
隣国を、そのまた隣国を、さらにそのまた隣国を滅ぼし、人類圏は拡大した。
王国民以外は、人として扱われなかった。死体は焼かれた。王国の領土の大半は、炎に包まれた。
人類は、何処で間違えたのだろう。
否、人類は間違えてはいなかった。
戦うことで競争に勝ち、己の価値を高めて他族を支配下に置いた。
それが人類の歴史。人類の在り方。
もし何処かで間違えたのだとすれば、賢者が魔王に勝った時だった。
賢者は、この世界の人類ではなかった。
異世界の賢者は、この世界の歴史を狂わせた。
賢者は当然、賢かった。
多くの技術を、魔法を後世に伝えた。
『多層式建築』『鉄鋼業』『二毛作』『農薬』『原子と分子』『力の保存』『鉱石の活用法』『爆発』……『爆弾』。
多くの、概念を伝えた。
人類は、言葉の真意を汲み取り、賢者の力も借りつつ自力で技術を発展させた。
それを見た賢者は、大層驚いた。
賢者が魔王を倒した魔法を、賢者が召集・創設した研究組織カガクシャの一人が、技術だけで再現してみせたのだ。
大地を砕く、その威力。
総てを灰燼に帰す、その火力。
最早我が国に敵はいない――そう確信するほどだった。
だが賢者の顔は険しかった。
「まずい」と一言呟いた賢者は、これは永遠に使ってはいけないと断じた。
だが好奇心は抑えられない。だけど賢者の戒律を破ってはならない――
『魔法が使いたい』『性能を試したい』『人に使いたい』『威力はどうか?』『試してみないとわからない』『我らはすごい』『ならば――』
――そうだ、賢者を殺そう!
みんな、みんなそう言っていた。多数決を取ったら、人類の勝ちだ。
数が人類の武器。絆の力は、何よりも強いと、この賢者も言っていたではないか。
ならば、何を躊躇することがあろう。
この男は、邪魔なのだ。
「……なぜ、だ……?」
後ろから背中を刺した。
振り向いたから胸を刺した。
絶命するまで。限界まで。
肉を削ぎ落とした。
年老いた男の絶叫は、壁に染みた。
賢者は死んだ。
さて、魔法を使ってみよう。
手始めに、何をしようか。
――そうだ、隣国を滅ぼそう!
新たな賢者は、旧い賢者の魔法を受け継いだ。




