【8】旅の飯と草の茵
※※※要注意※※※
・リスカ痕の描写アリ
・本話でリスカはしません
・この世界の勇者なので死にません
※※※
山も森も、進めば進むほど獣だけではなく魔物も出る。本来彼らの住み処に分け入っているのは俺たちの方だ。だから時折彼らとかち合うことも普通にあるのだ。
「アレク!粉砕はするなよ!今日の晩飯だぁっ!」
「分かっタ!今日、夜、お肉ウウウゥ!!」
弱肉強食。晩飯の食料を求める俺たちと今宵の飯を求める魔物。勝利したのはもちろん俺たちだ。
「山賊ナメんじゃねえよ!」
「いぇーい!」
「勇者面はないのか」
「ラーシュさん、聖剣抜いてないので」
レンニ、そう言う問題では……。だがこれは勇者の使命じゃないから。聖剣、お前は……相変わらず黙りだから。
「捌くの?」
「ああ、リーリャ。見たくなければレンニたちのところに……」
「大丈夫だよ。食べるためには覚えないと食べられないの」
この子はどこをとっても逞しいな。そう必死に生きてきたのか。
「分かった」
ナイフを取り出しラーシュと共に捌いていく。
「コツは……ナイフの使い方?」
「それもあるが……獣や魔物の身体の作り、肉のつきかた、骨格。そう言うのを素早く見抜くんだ」
場数が増えれば増えるほど、初めての魔物や獣でもどう捌くかが分かるものだ。
「覚えてるの?」
「幾つかはな。基礎があるから、コイツも捌ける」
ほら、あっという間に肉になった。
「これから火入れ」
「魔物肉は臭みがあるからねえ。ハーブで上手く消していくんだ」
ここは森の中。魔物肉を焼いていくにしても自分たちで囲炉裏を組立て火を入れていく。
「さて、待っている間、暇だろう?」
袋から取り出したものにリーリャがハッと顔を輝かせる。
「さっき……昼飯の時に作ってたおやつだよ」
「食べていいの?」
「もちろん。俺たちは野営の準備をするから、リーリャは食べてな」
「私だけいいの?手伝う?」
「力仕事だからな」
「むう……」
子どもだから手伝えないのが不満なのか?
「リーリャももう少し大きくなったら、砦の姉さんたちに習うといい。男顔負けだからさ」
「……うん!」
途端に元気になったな。
「でもそのためには栄養をつけないとな。木の実なんかも入ってるからたくさん食べて大きくなりな」
「分かった!たくさん食べて、私もアルダとやるの!」
俺とやりたかったってことか……?ちょっと意外だったな。ただ単に子ども扱いされたくないとか、女の子だからと言うことを気にしてるとか……そんな理由だと思っていた。
おやつを一足先に口に含んだリーリャが幸せそうに微笑む。いつの間にか表情が豊かになっている。子どもってものは……不思議だな。俺は大人になつ ても表情すら不器用なままだというのに。
気を取り直してラーシュたちとテントの設営に移る。リーリャたちは屋根のある馬車で寝てもらうとして夜番のラーシュたちはテントで仮眠だ。
俺は……どちらにせよ寝袋だが。
「さて、後は夜用の薪も貯めておこう」
「ああ、ラーシュ」
時折肉の火加減を見たり、スープの下ごしらえをしたり。だいたいの準備が片付けばアレクもおやつに興味が移りリーリャにあーんしてもらってる。
その日の肉料理はなかなかの仕上がりだった。リーリャ用に小さめにカットして野菜ソースをかけてやる。
「どうだ?」
「ん……おいしーい!」
「そりゃあよかった」
ハーブで臭みをとったのもそうだが、野菜ソースも食べやすくしてくれたようだ。
「アレクも野菜ソースを……」
「俺、肉だけ!」
「栄養取らないと、いつの間にかリーリャに身長抜かされても知らんぞ」
「なぬっ」
ハッとしたアレクが皿を差し出してきたので苦笑しながらソースをかけてやる。そう言うところは素直なんだから。
そうして再び食事に戻ろうとした時、不意に手首の肌が手袋と袖の間から覗いたのを見て慌てて隠す。
「アルダ、傷がある?治す?」
リーリャが手を差し出してくる。
「……やめろっ!」
一瞬のことで思わず弾いてしまった。
「ご、ごめんなさい」
「……いや」
俺は何をやってんだ。こんな小さな女の子に。
「悪い。大人げなかった」
「……その」
「この傷はいいんだ。治さなくていい」
「リーリャちゃん、いいんだ」
レンニが救いの手を差し伸べてくれる。
「あれは聖女の力でもヒーラーの力でも治せない」
「そう……なの?」
「そう。そう言う傷痕もある」
「じゃあどうすればいいの?」
「アルダを……見捨てないでやってくれ」
そんなの……惨めになる。俺の方が大人なのに、勇者なのに。これも勇者から逃げ続けた罰なのか?
「アルダは……」
「リーリャ?」
「私と、ずっと一緒にいてくれるよ」
「それは……」
アーリヤ姉さんに告げられた言葉のこともある。それだけじゃない……。
「だから私もアルダといるの」
俺の手に重ねられた小さな手はどうしてか何よりも力強い。
「大丈夫だよ、アルダ。私はアルダといる」
「ああ……ありがとう。リーリャ」
だからかな……俺も、側にいてやりたいと思うのは……。
――――静かな夜が更けていく。
パチパチと焚き火の音だけが際立つ中、リーリャはアレクと馬車で寝ている。
「今夜は思ったよりも冷えるね。薪が足りなくなったら困るからちょっと取ってくるよ」
「ああ、サンキュ。ラーシュ」
確かに思いの外冷えるな。
馬車の中は秋冬用の魔法が効いていて温かいだろうが、外は外套や寝袋を用いてもどうにも肌寒い。
ラーシュが帰ってくるまで、俺はレンニと夜番だ。
「アルダ、旅と聞くと不規則なイメージだが決してそうじゃない。旅程ってものは普段のスケジュールよりも気を遣う」
「確かにな」
「こうして決まった夜番をこなすのもそうだ」
「ああ」
「飯の時間は少しだけずれこむこともあるが、かわいい子どもたちが2人もいるんだからできるだけ合わせてあげようと言う心理も働く」
「リーリャはともかくアレクは……まあ、そんなようなものか」
アイツが腹すかせてたら俺も悲しいし、リーリャにはちゃんと食べさせてやりたいんだ。
「そうだ。ここでのリズムも、根底にあるものは変わらない」
「ああ、そうだ」
「今は落ち着いているな」
「落ち着いている」
「幻覚や幻聴は」
「コイツはさっぱり見せてこない」
旅に出てからと言うものの、相棒はさっぱりだ。今は『止める』必要がないと言うことか。
「不安に感じていることはあるか?」
「……そりゃぁ、あるさ。これから向かう土地。食べ物、リーリャとアレクが迷子にならないか。考えることが多すぎる」
「ならひとつひとつ、整理をしていこう。語らう時間ならたくさんある」
「そうだったな」
草を踏みしめる音と共にラーシュが追加の薪を持ってくれば、俺たちは代わりに仮眠を取る。
誰かが髪をすいている。ラーシュの指か。
「仲良く眠ってるな。もう暫くは……聖剣も幻覚を見せずに済みそうだ」
聖剣……幻覚?
また……俺は幻聴を聞いているのだろうか。しかしながらいつものように頭の中はぐるぐると回らない。
夜の静けさのように凪いでいる。




