【6】勇者と聖女の旅立ち
――――雨が上がり、アーリヤ姉さんが地を固め。砦はすっかり元通りとなっている。
リビングの隅で縮こまっていた身体をむくりと起こせば、すぐ側にはぐーすか眠るアレクと一緒に舞い込んできた掃き溜めに鶴。
その穏やかな呼吸音が、発作のように襲い掛かる恐怖心を和らげる。
「……あるだ……おきたの?」
「ああ。朝飯の準備だ。お前はまだ寝ていろ。今日は出発の日だ」
「私も……やる!」
「え?」
「ご飯の準備、できるよ!孤児院でやってたもん!」
山賊の砦に来て間もないと言うのに、この子は早くも慣れようとしている。今日ここを出発したらまた環境が変わり、不安にさせてしまうだろうか。
「だから、教えて!」
「……分かった」
何だか微笑ましくもある。
「そう言えば……アレクは?」
「飯炊きしてればその匂いで起きてくる」
「食いしん坊さん?」
「ふふっ、そうとも言える」
リーリャを連れて外に出れば、既に飯炊きの準備が始まっていた。
リーリャも手伝いたいと伝えれば姉さんたちが簡単な作業を任せてくれる。
「さて……俺も」
スープを仕上げていれば、案の定アレクが起きてきて腹の虫をぐうっと鳴らした。
「飯時だな」
旅の出立直前だから俺は軽めに済ます。
「薬はちゃんと飲めよ」
「分かってる」
レンニがまた苦い薬を手渡してくれる。俺ように在庫はいくつかあるはずだから、荷に入れていこう。
今回は聖剣も持って行くのだから。
そうしてスィーリが用意した馬が来たと砦の入り口で出迎えれば意外な人物が立っていた。
「いや、お前が一緒に行くの?」
「その山賊同然の姿で行こうとしている時点で保護者が必要だろう?」
そう告げるのは灰色の髪にくすんだブルーの瞳を持つラーシュと言う男だ。しかし……。
「誰が保護者だ!」
とっくに成人してるっての。
「ええ、辺境伯家での仲じゃないか」
「お前と会ったのは、辺境伯家を出た日だけだ」
本来の任務を考えれば、都合のいいタイミングでしか辺境騎士団服も着ないだろうに。現に今は旅装だ。
「でもずっと見てきたからね」
「俺は知らない」
「君が幸せそうにしているのなら、俺はそれで構わない」
「……でも全部まやかしだった。だからお前は……」
俺とアレクを辺境伯家から連れ出したのか。
「それはアルダの目で確かめることだ」
「……」
「ただあの時はそれが最前だと思った。それだけだよ」
「お前は……」
一体何なんだろう。ずっと、俺が15の時から変わらない。またいつもの幻覚だと思ったがアーリヤ姉さんとも会話をしている。なら……しっかりと存在すると言うことだ。
「まあいい。でもまさかの馬車かよ」
「当たり前じゃないか。王都まで何日かかると思ってんの?その間聖女ちゃんをずっと馬に乗せてたら尻がぽろっと外れて落ちちゃうよ」
「お……お尻っ」
俺の後ろをついてきていたリーリャがついついお尻を押さえる。
「バカっ、変なこと教えんな!」
ペシャリとラーシュの頭をひっぱたく。
「はっはっは。こりゃ失敬。でも結構な大所帯だし」
「は?俺とお前とリーリャと……アレクも来るか?」
「俺、行く!」
背後に貼り付いてるのは分かってたし、いいか。
「俺も行くに決まってんだろうが!」
「え、レンニ!?薬なら持たせてくれれば……」
「それだけじゃないっての!医者ナメんな!」
……ヒーラーの部分は師弟継承が認められているからともかく、医者の部分は闇医者である。
「でも砦の医者はどうすんだ」
アーリヤ姉さんは攻撃系魔法、ヒーラーもいるが医者は……。
「父さんがいるから」
養父ではあるが、レンニを立派な闇医者に育てた山賊の一味だ。
「それに、旅で医者の見識を広げるのもいいってさ」
「闇医者だがな」
「……そっちの方が多いだろ。この国の医者の9割が師弟継承……つまりは闇医者だ」
まあ国家資格を持つ医者なんて貴族のお抱えとか王室御用達ばかりだ。その資格を取れる一部の金持ちや貴族以外は全員……と言うことになる。
「だから俺も行く」
「角は?目立つぞ」
人間領で魔族角は珍しい。
「お前を放ってはおけないだろ」
「バカだな。……それは俺のセリフだ」
「ならおあいこだ」
そう言ってレンニが馬車の荷台に食料や薬を詰めていく。
「さて、そう言うわけだからいいよね?」
「……降参だ」
俺はかくしてラーシュに白旗を上げることとなった。




