【5】朝陽の昇る山
――――二度と開くことはないと思った。けれど少女は瞼を開けてくれた。
「……ん……ある、だ?」
腕の中で小さな瞼が開く。
「目が覚めたか」
「……ん、ここは」
少女の目覚めと共に朝陽が降り注ぐ。遠征隊のテントは既に片付けられ、アレクがぶっ飛ばした残党は縄でキツく拘束されている。
「山の麓」
「……わたし……あ」
「覚えているのか」
アンテロにされたことも。
「……ごめんな……さい」
山はとうに鎮火しているが周囲の慌ただしさに何があったのか悟ったようだ。
「お前が謝ることじゃない」
リーリャの優しさを利用したアンテロが悪い。酷い目に遭って来たろうに、この子は俺たちのために麓に赴いたのだ。
「よく頑張ったな」
「……おこら、ないの?」
「どうして。お前は生きていてくれた。それだけでいい」
「……」
「だから……死ぬなよ。俺が……守るから」
「……うん」
リーリャの目からポロポロと涙が溢れる。リーリャには今まで守ってくれる存在すらなかったのか。いや……そうだろうな。俺だって。加護があると言うだけで、どうしてこうも。
「さて……帰るか」
「山に?」
「そう。もうすぐ朝飯の支度をしないと」
リーリャを抱き上げて歩きだそうとしたところで俺の名を呼ばれる。
「アルダ!」
レンニが呼びに来る。
「リーリャちゃんは俺が見るよ。アルダはアーリヤ姉さんのところへ」
「……アーリヤ姉さん?」
アーリヤ姉さんも山を鎮火し麓に降りてきていた。
「どうした?」
早速向かえばそこには銀髪に紅い瞳の青年と共に騎士たちが揃っていた。
「……誰だっけ」
「お前はぶしつけだな、アルダ。アーシア辺境伯令息スィーリだ。思い出したか?」
紅い瞳がその証。
「ふん……今頃来たのか役立たず」
「……それはバッチリ覚えていると思っていいよな?」
スィーリが不満げに口を開くが、貴族のプライドを傷つけられたと怒ってくることはない。
「一緒に育った幼馴染みのようなものじゃないか。それなのに誰だの役立たずだの」
「誰が幼馴染みのようなものだ。俺が辺境伯に何をしたのか忘れたのか」
お前の父親の話だぞ。
「お前はまだそのことを……」
「忘れちゃいないさ……辺境伯家のやつらも、辺境伯騎士団の連中も。みんな俺を怨んでいるのだろう?殺したいほどに!」
「アルダ、落ち着け!」
「うるさい!」
スィーリが掴んだ手首を思いっきり振りほどく。
「もう我慢ならない!スィーリさまに何だこの山賊が!我らが辺境伯さまはお前のせいで……お前のせいで!」
騎士のひとりが俺にがっつこうと前に出てくるのをスィーリが咄嗟に止める。
「やめろ!」
「ですが……この男のせいで辺境伯さまは戦場から遠ざかり、スィーリさまが若くして戦場に……っ」
「アルダはその前から戦場に立っている」
「……え」
「お前は知らないのだな。その頃のアルダを」
見たところガッついてきた騎士は若いようだ。しかしそれなら昔から辺境伯家にいる騎士どもはお情けで俺に怒りをぶつけないとでも言うのか?
「彼を下がらせてくれ」
「承知しました」
他の騎士たちが若い騎士を下がらせる。若い騎士は不満そうだが、それ以上に屈強な騎士たちが出てくればどうにも抵抗できない。
「すまなかったな。アルダ」
「事実だろ」
俺が辺境伯にしたことは。
「お前は戻ってくる気はないのか」
「戻る場所なんてない」
あそこは……俺のいるべき場所じゃない。いるべきじゃなかった。信じようとして、信じて、結局は辺境伯も同じだった。
「お前ももう帰れ。俺は戻らない」
「まだそうはいかない。聖女リーリャについて話がしたい。勇者アルダ」
「……はあ?今さらかよ。こんなに痩せて、子どもひとりで」
アンテロたちの元へと身を差し出した。
「お前らはいつだって……俺はアレクのこともまだ赦してはいない」
たとえお前たちが俺を憎もうが、赦そうが、関係ない。
だから俺もお前たちに赦されなくてもいい。
「それは……私たちにもどうにも出来なかった」
「リーリャのこともそう言って言い訳をするのか!」
「……英雄さまが相手だ。こちらも下手には出られない。お前たちは好き勝手やったようだが……英雄さまの死体はなかったそうだな」
「逃げた……のか、逃がしたのか」
キッとスィーリを睨む。
「私たちじゃない」
「……」
「この山道の意味を知らせなかったのは敢えてだ」
「俺たちをだしに使ったのかよ」
「違うな。唯一使える手がそれだ」
コイツも分かっているのだ。だがしかし英雄であるアンテロが連れてきた聖女の異常さに気付くくらいの理性はある。いや……いつだってそうだった。俺の時も……けれど俺はまだお前たちを信じられない。
「英雄の遠征隊が一夜にして壊滅した。辺境伯家はそれを問題にすることはない。山賊との関係もこれまで通りだ」
勇猛果敢な辺境騎士団が俺たちを掃討することはない。
「英雄さまは我々がお前たちを放置しているのが気に入らなかったようだが」
「だから聖女のことを理由にうちを襲撃したと」
辺境に俺たちがいることの意味を知る能もないか。
「山は火消しされたが……麓の街や村はそうじゃない」
貴族が全てを網羅できるわけじゃない。そこには当然のように穴が生まれる。そしてその穴を担う俺たちを掃討すれば辺境の民衆が暴動を起こすのは必至だ。
「俺たちにそっちの火消しもしろと?」
「貴族が出れば逆に刺激する。だからこそ我々は手を出さない。しかし遠征隊壊滅については王都で一悶着あるはずだ」
アンテロが生き残っていたら何を言い出すか分からない。
「どうにかできるのはお前だけだろう、勇者アルダ」
「……」
最後の切り札。しかし使わねばなるまい。
「仕方がない。王都に行く。馬は用意しろよ」
「もちろん。聖女にも休息が必要だろう。明日、そちらに寄越す」
「分かった」
「おうと……いくの?」
「ああ。リーリャ。でもお前はどこにもやらない」
「……」
「そのために行くんだ」
「うん……っ。でも……」
少女は俯きがちに瞼を伏せ、一瞬……ドクンと心臓が震える。しかしその瞬間リーリャは顔を上げ、オレンジ色の瞳でまっすぐに見上げてくる。
「アルダも……どこにも行っちゃダメだよ」
「……」
まるで、俺の心の弱さなど見透かしているように。
「努力、する」
どうしてか断言することができなかった。確固たる意思の前に脅えてしまう自分がいる。
「うん、私もアルダと一緒に頑張る!」
「……」
リーリャの笑顔は朝陽に照らされて、どこか神々しくもある。
俺は昔……そんな神々しい光をどこかで見た気がする。遠い遠い昔、聖剣と出会った頃だったろうか。
「よし。じゃぁ決まりだな」
「……お前が決めるな、スィーリ」
「だが、お前はそう言う目をしている」
「……」
「さて……話が纏まったところで」
「まだ何かあんのかよ」
「弟の顔でも見ておこうと思ったんだが」
「あの子なら寝ちゃったけど」
アーリヤ姉さんがくいっと示した場所には夜通し働いたせいか練乳たちの隣でぐーすか寝ているアレクの姿があった。




