【4】破壊者
――――ごうごうと、火が燃える。リーリャさえ手に入れられれば山賊ごと始末をし手柄を揚げるつもりだったのか。リーリャは俺たちのためにお前たちの元に戻ったのに。その優しさですら鞭でなぶり、壊すのだ。
「……」
リーリャは目を開けない。もう……開かないのか。
「は……ハハ……ハハハハハッ」
自分の役目から逃げた結果がこれか。こんな罰を与えるのなら、俺が役目から逃げた時に勇者の証など剥奪すればよかった。
「……殺せば良かっただろ」
俺は加護がなければすぐにでも飢え死にする状態だったのだから。
「殺せよ……なア?」
それならば次の勇者が生まれる。今度こそ世界にふさわしい、都合のいい勇者が。そうしたらリーリャは勇者に守られたかもしれないのに。
するりと聖剣を手繰り寄せる。
「もう……繰り返したらダメだ」
こんなクソみたいな世界を。散々斬りつけた手首では死ねなかった。首筋でも死ねなかった。加護が強すぎるのだ。本当に……呪いだ。
「でも俺が死ねば、世界は救われんだろ?」
お前らが望んだ通りに……!
『ダメだよ』
もう答えるはずのない声が俺を止める。聖剣を握る手に重ねられたのは、ただのまやかしだ。
「狡いぞ……その姿と、声で」
『それでも……アルダに死んで欲しくないから』
俺を『兄』とは呼ばないのは、それが俺の一番大切なものの姿と声を借りるだけの代物だから。ノエルの偽物だから。
何度も何度も。何度も何度も何度も……。
本物のノエルは帰ってこない……だから……死のうとしても死にきれない。
「いつになったら俺は……」
「アルダ!」
その時、幻影がふっと消え失せ聞き覚えのある声が響いてくる。
「アルダ、よせ!」
飛び込んできたレンニの腕を振り払う。
「止めるな!俺は……俺はもう嫌だ!こんな世界は……っ」
「落ち着くんだ、アルダ!」
再び振りほどこうとした手がほどけない。レンニの手の上からもうひとつの手が重なる。
「アルダ、ダメ……!」
「あ……れく?」
「アルダ、ダメ」
手首を掴む手は力強い。
「リーリャ、せっかく見付ケタ」
「もう……リーリャは。……はは……っ、全部無駄だったんだ。足掻いても、逃げても……こんなクソ食らえな世界!」
「……アルダ」
「俺のせいだ」
「違ウ」
「俺はまた……殺した」
母さんも、ノエルも、リーリャも……俺は何一つ守れやしない。
「……待っテ」
「いや、待たない!」
俺は拘束されてない方のテで再び聖剣を引き寄せる。
「どうして早くこうしなかったんだ」
この世界に未練があったのか。けどもう全て無駄だと分かった。
「心臓を貫けば、俺も、聖剣も、やっと……死ねる」
「ダメ、俺、ついてる。だから……」
アレクが俺の腕ごと聖剣を押し退け、ぎゅっと抱き締めてくる。雨の……匂いがする。
「泣かなイ」
泣いてないのに。
俺の方が年上なのに、まるであやされているように。
いつしか剣を握る手から柄が滑り落ちる。
「アルダ」
「……俺はどうすればいい」
「動いてル。呼吸してル」
アレクが俺の手ごと、リーリャの腹に手を持っていく。僅かに、動いている。
「生きてる……?」
その呼吸音にすっと意識が戻ってくるのが分かる。
「リーリャ、疲れ、出タ?」
アレクがリーリャの頭をぽふぽふと撫でている。
「そうだ。所々傷はあるが……加護の効果があるとはいえひどく衰弱していたからな」
レンニが素早く様子を診てくれる。
「……気を、失ってるだけ」
「そうだ。死んでない。だからお前も死ぬな!リーリャちゃんが目を開けた時お前がいなかったら誰がこの子を守るんだよ!」
「……っ」
「ん。俺も」
アレクがこくんと頷く。
そうだ……俺は何をしている。リーリャをひとりにして、アレクまで。再びひとりにするところだった。
聖剣を鞘に治め、レンニに外をと促される。そういやレンニもこちらに来てるってことは。魔法が呼んだ雨が麓までザアザアと降りしきる。周囲には仲間たちも来ている。
恵みの雨と共に、鎮まる夜の山。騎士たちの陣営は崩壊している。リーリャをアレクとレンニに預け後片付けに移るみなに加わる。
「アルダ、リーリャちゃんは?」
「大丈夫……リーリャは無事だ」
仲間にそう返せば、すぐさま周囲にも伝わり歓声が上がる。
「よし、早いとこ片付けんぞ!」
『おーっ!』
この賑やかな喧騒に紛れ、作業に没頭していれば……リーリャが目を覚ますまでの不安や焦燥は紛れるだろうか。
しかしそんな中……あの時ぶっ飛ばしたはずのアンテロの死体だけは見付からなかった。




