【2】小さな聖女
――――どんなに飢えても死ぬことはない。勇者の使命は世界を救うことだから。
母さんはどんどん痩せ細っていった。俺はどれだけ飢えても死なないからと母さんに少しでも食べてくれと泣いて懇願した。だけど母さんはもう、僅かな食事も呑み込めないほどに衰弱していた。
「はは……っ。バカな話だ」
リーリャを抱っこしながら山賊の暮らす砦に帰還する。
「ここは?」
「俺たちの砦だよ。暮らしている場所」
アーシア辺境伯領の山岳地帯には山賊の砦があるってね。こっちじゃ有名な話だ。だからみな多少高い金を払っても安全な街道を行くもんだ。
「アルダ、その子はどうしたんだい?」
砦の外に姿を見せたのは赤紫の髪に赤い瞳の美女アーリヤ姉さん……俺たちの親分だ。
「拾った」
「アンタ……子どもは拾い物じゃないだろ」
「ここではそんなものだろ」
「そういやアンタもそんなようなもんか。でも、拾ったからにはアンタがきっちり面倒見な」
「え……俺?アーリヤ姉さんたちの方が……」
「男も女も関係ない。子どもを拾ったんならちゃんと育てな」
「……分かった」
親などいたことがない。母さんは既に空のお星さま。父親は……『いない』。いたことなんてない。でも俺もここで育てられたようなものだから。
――――親代わりは、ここの連中とも言える。
「食べやすいもんとかない?」
砦の姉さんたちに問い掛ければ、抱っこをしている少女の姿に合点がいったらしい。
「待って。果物ならある」
「慣れたら野菜のペースとも作るから言いな」
「……ああ」
姉さんたちから果物を受け取れば、リーリャを切り株に下ろし俺も隣に腰かけて皮を剥く。
「つらけりゃ寝てろ。今は仕事も終わって自由時間だ」
「……ううん、おきてる」
「腹、減ってんだろ」
「もう、慣れたよ」
この子はどんたけ食ってないのか。
「アルダ、それにしてもこの子、痩せすぎじゃない?」
「飢えても死なない呪いなら、あんだろ?」
「……なるほどねえ。アーリヤ姉さんにはちゃんと話すんだよ」
「分あってる」
姉さんから小鉢を受け取り果物をすりつぶす。
「あるだ、呪いって、なに?」
「お前も受けたんだろう?呪いを。聖女として、加護を」
「……っ」
リーリャは聖女と言う言葉に反応したように思える。
「馬車の……アイツらは知っていたのか」
「……うん」
「聖女だから、運ばれていたのか」
「……、……うん」
「自分がどこへ行くのか知っていたのか?」
「……おうと、えいゆうさまのがいせんだから……わたしはいっしょに……いけない」
勇者が不在だから、本来聖女の隣にあるべきものが英雄になったのか。
「けど、どうしてお前だけ別ルートなんだ?」
英雄さまの何処かへの遠征帰りってことか。
「へいみんだから……きたないの」
「……」
貴族の中にはそう言う考え方のやつがいる。しかしその英雄ってのは爵位をもらいつつも元々は平民ではなかったか。
「そんなの、アイツらの目が曇ってるだけだ」
痩せた、薄汚れた少女。だがそれも、必死に生きた証なら誰にも文句なんて言う権利はない。
「あら、あーんしな」
果物のすりおろしをスプーンであーんしてやる。
「リーリャのためのものだ」
「私は……死なないよ」
こんな時になって、あの時の母さんもこんな気持ちだったのかと思えば、泣きたい気持ちになる。だが泣くわけにはいかない。俺は世界になんて負けない。
「バカだな。聖女ひとり食わせていけないなんて、そんなのは……勇者の名折れだ」
リーリャは驚愕することはない。しかしリーリャもまた俺と同じことを感じていたのだろう。ゆっくりとその言葉を噛み締めるように見つめてくる。
「俺のことは怨んだっていい」
「……どうしてアルダをうらむの?」
「全ては勇者の不在が招いたことだ」
「でもアルダは、いまここにいるから」
「……」
「あえたから」
こんな優しい少女がこんなになるまで。俺は本当に、この世界が嫌いだ。
「なら食え」
「……」
「お前が食べないと、俺も飯が食えない」
「アルダは、たべないと!」
俺も自分と同じなのに、食べるべきと言ってくれるのか。
「じゃあおあいこだ」
「……ん」
するとリーリャはゆっくりとすりおろしを口にする。久々の食事だと言うのに、むせ返ることもない。飢えで死なず状態異常で消耗しても死なず、どれだけ手首を裂こうとも首を裂こうとも……全ては世界の使命を果たすための呪いがそれを許さない。
――――俺たちはそんな忌々しい呪いのせいで自らの意思で死ぬこともままならない。




