【14】聖女の道標
辺境伯邸へと足を踏み入れる。恐怖と焦燥は繋がれた小さな手が和らげる。
顔を上げればそこにあったのは……憎しみと怨みの世界じゃなかった。
「アルダ、親父はまずお前と2人で話したいことがあると。辺境伯家のことだ。まだお前に話さないといけないことがある」
「……」
「あの時のお前はまだ幼く、心身に傷を負っていた。だから親父は……辺境伯家の真実をお前に話すことができなかったんだ」
真実を教えてほしかったとも思う。しかし知った真実に俺は発狂した。あれを隠した辺境伯の行動は正しかったのか?アレクが牢獄の中に囚われていたことが。
「何もかもを、俺は知らない」
けれど今は冷静になって考えられる。
「だからこそ、知ってこい」
もう兄と呼ぶことはないと思っていた。他人になろうとしていた。けれどこんなにも……頼もしい。
「分かった。行ってくる」
リーリャたちに大丈夫だとサインを送り、ひとりアルトゥールの書斎の扉を開く。
「……」
「久しぶりだな、アルダ」
久々に顔を合わせたアルトゥールは少し年を取ったようだがその力強い目線は変わらない。
ただ脚は動かないからこそ、車椅子だ。まだまだ戦えるはずの辺境伯がこんなことになったのは……俺のせいだ。
「まだ私の脚のことを悔いているのか?」
「……それは」
紛れもなく俺の罪だ。
「お前が気に病むことじゃない」
「だけど……っ!アルトゥールをこんな風にしたのは俺じゃないか!」
「私は……息子に噛み付かれたこともある。刺されたとして、どちらもかすり傷のようなものだ」
「立てなくなったのに。戦えなくなったのに」
「それでもアレクが牢を出て、言葉を……覚えたのだったな。私にはできなかったことだ」
「アレクが牢を……出て?」
アルトゥールがアレクを牢に閉じ込めたにしては妙な言い分だ。
「お前にはまだ辺境伯家のことを話していなかったな。私たちは魔物と戦うために、この先祖の血に魔物の血を混ぜている」
「……」
それが辺境伯家の圧倒的な強さの秘密か?
「それゆえに稀に先祖がえりが生まれてしまうのだ。それがアレクだ。生まれた瞬間から人間の赤子とは異なっていた。口を開けば牙があり、掌を開けば爪を持ち、獣の声で鳴いた」
まるであの時話していた鳴き声のように。
「母親は……それに発狂し実家に逃げ帰ってしまった。それでも私は慣例に逆らいあの子を牢の外で育てた」
「それならどうしてアレクは牢に……」
「自ら入ったのだ。獣の言葉でしか話せず、獣の本能で暴れ時折周囲を傷付け、私にも噛み付いた。それに……耐えられなくなったのだろう」
だからアレクは牢に閉じ籠った。アルトゥールが閉じ込めたんじゃなかったんだ。
「俺は……何てことをっ」
「自分を責めるんじゃない」
「だって俺は、勝手に誤解してお前を刺したんだぞ!」
完全に冷静さを欠いていた。錯乱していたとはいえ……。
「違う。結果的にお前はアレクを外に連れ出してくれた。そして言葉を覚えた。私は……こうして息子たちが会いに来てくれた。息子たちと言葉を交わせることが何よりも嬉しいのだ」
「……」
スィーリとアレクとか……?
「もちろん、アルダも私の息子に代わりない。あの時からずっと。手続きは済んでないが、私は未だにお前の父のつもりだ」
「……っ」
思わず膝から崩れ落ち、嗚咽が込み上げてくる。
「俺は……ずっと」
「いいんだ、アルダ」
「けど……っ」
「アルダ!?」
「アルダまた泣いてル??」
「済まない親父、アルダは……っ」
俺が嗚咽を漏らしたからか、何故みんな総動員で来るんだよ。
「違う……違うんだ。これは……俺が勝手に」
「アルダ」
アルトゥールは車椅子ごしで上手く腕を伸ばせない。俺がその手を取ってもいいのか?
しかしその時、リーリャがとてとてとやって来てアルトゥールの膝元に両手を翳す。
「リーリャ、何を……」
「治すの」
ポウッと光が溢れる。
「無駄だ!それにお前の魔力だって……」
「アルダ、大丈夫だよ。アルダにたくさん美味しいものを食べさせてもらって、料理を教えてもらって、御者のお仕事も教えてもらったの。他にもたくさんたくさん大切なものをもらったから……大丈夫だよ」
「リーリャ……」
そして光が溢れキラキラと神聖な輝きを帯びる。
「そんな……まさか」
アルトゥールがゆっくりと脚を動かし、やがて立ち上がる。
「どんなヒーラーでも治らなかったのに……」
スィーリも驚愕を隠せないようだ。
「ああ……やっと……」
アルトゥールは俺とアレクを抱き寄せる。
「腕が伸ばせたな」
戦士として復帰できると言うわけでもなく、ただただ俺たちを抱き締められたことを喜んでくれる……アルトゥールは最初からそう言う男だったのだ。
俺も知っていたはずなのに。誤解して信じられなくなって、やがて……自分の殻に閉じ籠った。
「アルダ」
抱擁を解き、アルトゥールの変わらぬ優しく力強い目が見下ろしてくる。
「実はマティアス王太子殿下から預かっているものがある」
「マティから……?」
何故アルトゥールづてに……?
「自分からだと決して受け取らないだろうと。アルダが再び会いに来てくれたのなら渡そうと思っていた」
「……それは一体」
何なのだろう。
「代々辺境伯家が傍系や功績をあげた家臣の褒美のために受け継いでいた爵位のひとつだ」
「しゃく……い?でも俺は……」
「私は今もアルダを息子だと思っている。だからこそ息子にこの爵位を与えるのだ。身分があれば聖女も守ってやれる」
「リーリャの、ためなら。でも俺はっ」
「私は長年辺境の民のヒーローとして活躍してきた義賊も誇りに思う。勇者もまた同じヒーローだろう?私はアルダがこの爵位を得て変わらず民のヒーローとなってくれればどんな風に生きてくれても構わない」
「……アルトゥール」
「父と呼んでくれてもいいのだぞ」
「そんなこといきなり……」
でも、嬉しくもあるのだ。
「ありがとう……本当に、ありがとう……」
「こちらこそ、アルダ。会いに来てくれて、息子になってくれてありがとうな」
※※※
アルトゥールとの和解のこと、爵位のこと、これからのこと。アーリヤ姉さんや仲間たちのもとに報告に行かなきゃな。
その道中、リーリャと再び御者台に腰掛けた。
「リーリャ。俺はまだ、19でこころもとないが、養女になるか?」
「……ようじょ」
「そうすりゃあ貴族として守ってやれるだろ?」
「……ううん」
リーリャは首を振る。何となくそうなるのではと分かっていたからそれほどの衝撃はない。けれど少し寂しいな。この子はひとりで自立してぐんぐんと先に行ってしまいそうだ。
――――そうしたら俺は、リーリャなしで生きていけるだろうか。
「私、私は……アルダのお嫁さんになるの!だから……娘になったら結婚できないもん!」
「……っ」
予想外だった。まさかそう来るとは。しかしこの年齢差だ。
「結婚できる年齢になってもまだそう思ってくれるのなら」
「もちろん!」
リーリャは即答してキラキラと笑みを向けてくる。
そんなリーリャを愛おしげに撫でながら、出迎えてくれるアーリヤ姉さんたちに手を振った。




