【11】空の旅路
――――王城に来たのはいつぶりか。もちろん形だけの貴族令息だった時になど来たことはない。勇者として遠征に行かされた時も来たことなどない。
初めてここを訪れたのはマティに連れられ、実の父親と継母の顔をまじまじと見た時だ。マティの隣に立つ俺を2人は信じられないような顔をして見ていた。
いや……2人いたことで、どちらがどちらか分からなかったのだ。同じ格好をすれば区別もつかないほどに俺を奴隷としか思っていなかった。
「父上がお待ちだ」
「旅装のままだが」
「構わない。前回のような催しもない」
「アルダ、催しって何?」
リーリャが小さな手で俺との手を告げながら問うてくる。
「ん?俺がマティの仮装をさせられたってだけだ」
「仮装?」
リーリャがこてんと首をかしげる。
「なかなかいい案だろう?ぼくは多忙だからね。たまには息抜きしたくなる」
「残念だが却下だ。俺ぁお貴族さまの真似事なんざぁできねぇよ」
口調なんてお陰さまで山賊仕込みだ。
「いや、王太子さまの真似事だ。構わない」
「構うだろぉが。お前ぇの臣下どもの顔見たらいたたまれねぇわ」
俺に断って欲しいと言う熱線を送ってくる。心配するな、そもそも相手にしてねえから。
「さて、ここから先は謁見の間だ」
空気ががらりと変わる。
「リーリャ、行こう」
不安そうなリーリャの手を引く。俺にとってもこれがいい。
「マナーとか、分からないよ?」
「リーリャはいいこだから平気だ」
「その通り」
マティが微笑む。
「アルダがふたりいるみたい」
一瞬吹き出しそうになったがすぐに気を引き締める。
玉座の間には本来の王家のプラチナブロンドに俺たちと同じサファイアブルーの瞳の陛下が腰掛けていた。この瞳は公爵家が王家からもらってきたもの。
ずっと嫌いだった。父親と同じ色、正妻の嫡男が受け継げなかった色、王家の色。けれどマティが自分とお揃いだと言ってくれたから……。
「勇者アルダ、聖女リーリャ。よくぞここまで来てくれた」
国王陛下の声にマティの真似をしてみな跪く。リーリャは俺の真似をして、アレクはラーシュにポーズを整えてもらっていた。
「そして勇者の件のみなるず、幼い聖女にまで苦痛な思いをさせたこと、国王として謝罪しよう」
国王とで万能ではない。辺境を預かる辺境伯とて同じなのだ。だから山賊がいる。
「英雄アンテロの罪についても調査を進めている。ほとんどは……王太子の影のものたちによって証拠は固められているがな。死罪は免れん」
アイツはそれだけのことをしたのだ。
「このような不甲斐ない結果になってしまったが、勇者アルダよ」
「……はい」
「まだこの国を見捨てないでくれるか」
「……私は、王太子殿下の剣ですから」
たとえ世界が、国が俺を見捨てても、あの時の恩を忘れることはない。
「ああ……頼んだぞ。勇者アルダ」
「はい」
「聖女リーリャを頼んだぞ」
「お任せください」
それは正式にリーリャの願いは叶うと言うこと。俺の自由を許したように。
国王陛下の前を辞し、再び辺境へと馬車を向ける。
「それではアルダ。また王都に顔を出した時は是非とも考えておいてくれ」
「まだやる気なのか?マティ」
背後で臣下どもが青い顔してんぞ。
「ああ。むしろ辺境に視察に行った時はどうだ?」
「それはスィーリあたりと打合せしてくれ。俺はしがない山賊風情だ」
「まだそんなことを……辺境伯は」
「……きっと怨んでる」
「本人の口から聞いたのか?」
「……いや」
「ならそろそろ、向き合う時なんじゃないか?今のお前なら、できるはずだ」
どうやって……向き合えと。俺は……。
「ま、辺境伯領まではまだ長いんだ。ゆっくり気持ちの整理をするといい」
「……」
気持ちの整理って言ったって。俺はどうすればいい?あのひとと何を話せばいい?分からない。空を見上げても、何も答えは帰ってこない。
マティたちの送迎を受けながら再び空に見守られながら旅路を渡る。
山へと、……故郷へと。
「ねえ、アルダ」
「どうした?リーリャ」
「私も御者台に乗っちゃだめ?」
「危ないぞ」
「何言ってんの。昔乗せてやったじゃないか」
え……?ラーシュったら、昔って……。
「俺は中に乗るよ。御者ばかりで疲れたし~~」
そう言いつつもラーシュは疲れているようには見えないんだが。普通は交代なわけで、俺が馬車の中がダメなだけなのだ。
「よし、暫くは俺の膝の上に座んな」
「うん!」
道中の景色を見せてやるのもいいかもな。
リーリャに御者捌きを見せてやりながら馬車が出発する。
「……あのね、アルダ」
「うん?」
「アルダは辺境伯家で辛いことがあったの?」
まるで全てお見通しのように少女の無垢な瞳が見上げてくる。
「俺は……そうだな」
『辛いこと』だと言ってくれたのはリーリャが初めてだ。普通は『幸せなこと』だと言うだろう。貴族の形だけの庶子が勇者として辺境伯家に迎えられる。元の実家がどうであれ、とっくに没落しているしあの当時のボロボロだった俺を見れば、みな幸せなことだったのに『何故』と問う。
「……リーリャには、話してもいいかもな」
まだ小さな少女。しかしそれに臆すほどこの子は弱くなく、それなりの修羅場を越えてきたのだ。
「俺はな……辺境伯に助けられたんだ」




