【1】山賊勇者
――――勇者だから世界のために働けだと?
お前たちは俺たちの世界を救ってもくれなかったと言うのに、勝手すぎる。だからこそ俺は……お前たちの世界を救わない。
「ヒャッハアァァァッ!!今日の獲物も上等だぜ!お前らぁっ!アイツらの身ぐるみ剥ぐまでむしりとれええぇっ!」
『ウオオオオオオォォッ!!!』
アーシア山道を進む貴族と騎士の一団めがけ、怒涛の発破をかける。
「ヒイイィッ!山賊だぁっ!」
「だから安全な交易路をと……」
「ダメだ金がかかる!ただでさえ辺鄙な場所だ!」
騎士どもにでっぷりした貴族の男が恐れおののく。ケチ臭い貴族が。ほんと……反吐が出る。
「か……金なら出す!褒美をやろう!だから私だけは!」
貴族の言葉に騎士たちが失望の色を浮かべる。
「なァに言ってんだ。むしり取る……つったろ?」
ニヤリとほくそ笑むと貴族がサアァッと青ざめる。
「そろ少ねえ髪の毛ごとむしり取ってやるぜええぇっ!!」
「ひゅううぅっ!」
「いいぜ兄貴!」
「アルダに続いてむしり取れえええぇっ!!」
『ギャアァァァァッ』
哀れな貴族どもの悲鳴が轟く。
「おーい、アルダ。これどうする?」
「ん?どうした?」
貴族の頭をきれいにむしり取ったところで子分たちが呼んでいる。
「あんだぁ?重いもんか?」
「それが……」
ただの金品じゃないのか?子分たちの様子が妙である。
貴族の荷馬車を覗き込めば……そこには少女がいた。10歳ほどの痩せた少女。茶髪にオレンジの瞳。身なりからしても貴族の子女には見えない。むしろ貴族の子女を荷馬車で運ぶはずがない。
「どうします?兄貴」
「どうするって……」
金品なら奪い取ればいいだけだ。一般人なら追い払えばいい。しかし……。
「おい、来な」
手を差し出せば少女はびくんと身をすくませる。
「兄貴、もっと優しく言ってやらねえと」
「あん?充分優しいっての。んならお前らが見本見せろ」
「いや……俺は……女の子には顔が恐いかと」
確かに生傷持ちやら強面やらが多いが。
「アルダ、俺もな」
「そうそ、俺らの中で一番顔がきれいなのはお前だろ」
周りからも声がかかる。好きでこの顔に生まれたわけじゃない。19年間生きてきたわけじゃない。ダークブラウンの髪はどこにでもあるが、このサファイアブルーの目はならず者どもの中では目立つ。
「……しゃぁねえな」
再び少女と向き合う。
「おい、ずっとそこにいる気か?この辺境はもう時期冬だ。ガキが薄着で過ごすには夜が凍えすぎんだろ」
「もっと優しく言えって」
充分やんわりと言ってるつもりなんだが。
「夜になりゃぁ魔物も出る。何より……この山に紛れ込む野良の山賊が……お前を生かしておくとは限らねえぞ」
ここは俺らの縄張りだが、命知らずのはぐれものが紛れ込まないとは言えない。
「だから来な」
「……」
「来ないなら無理矢理……」
『親分に半殺しにされんぞ』
口揃えんなお前らァっ!
「ま、そんなんだから……大丈夫だ」
ここのどこが大丈夫なんだか。しかしながらコイツらがただ顔が恐いだけと言うのは伝わったのだろうか?
少女はゆっくりと荷馬車の出口へとやって来る。
「ほら」
その両脇を抱えるようにして荷馬車の外に下ろしてやる。
「……あっ」
少女がペタンと崩れ落ち、何度か立とうとしているようだが、立てない。
「腰が抜けたのか?」
そう問えば、少女は物言いたげな表情で見上げてくる。
「仕方がない」
少女を抱き上げてやれば……軽い。ガリガリに痩せ細った弟を思い出す。まるで骨と皮だけの重さのようだった。俺だけが死なない。栄養失調にならない。そんな加護が嫌いだった。
「兄貴、その子どうすんです?」
「決まってんだろ。ここに置いていったら親分の雷だ。金目のものがあんなら回収しとけ」
「騎士の武器装備……ろくなもんじゃねえな。炉に溶かして素材にした方がいいぜ」
騎士どもから鎧や剣を剥ぎ取った仲間が途方にくれる。
「貴族の方は宝石や服を回収できやしたが、僅かっすね。荷馬車には他には……馬と食料くらいかと」
目的はこの少女を運ぶこと……か。しかし何のために?その食料も彼女のために提供されるとは限らない。
それなのにこの子は生きている。生きて届けられることが確定しているからコイツらも費用をケチって近道をしたのだろう。
この身に感じるのは相対する性質。しかしいつの時代も惹かれ合う。
――――俺たち勇者と聖女は呪いのようにして出会うのだ。




