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第三話 姉ちゃんと時代錯誤な不良(リーゼント付き)



 そんなこんなで『魔法少女プリティエース』のイベントに参加し、無事目的の物をゲットした姉ちゃんと僕。

 姉ちゃんは限定版DVDの入った袋を、僕は約束通りプリティエースの実寸大パネルを両手で運びながら、二人揃って帰路を歩いていた。

 時刻は午後の三時過ぎ。行きだけでも徒歩で二十分以上かかったのに、結局イベントでも二時間近くずっと参加しなければならない羽目になってしまった。

 結構早めに来ていたので、特典付き限定版DVD自体は難なく購入できたけれど、姉ちゃんがその後にあるイベント企画(プリティエースの監督を招いてのトークショーだとかその他諸々)を見たがり、さして興味のない僕まで長時間付き合わなければいけないことになってしまったのである。

 むしろ大変だったのは帰り道の方で、こんな恥ずかしい物を持ち歩いていたら無理もないのだろうけど、ずっと周囲の好奇な視線に晒されてしまい、おかげで僕の精神はかなりのダメージを受けることになってしまった。

 今は人通りの少ない道を歩いているので、いくらか精神的には楽になったけれど、それまでの疲労は大きく、僕の体は心身共に限界に達しようとしていた。

「辛い……。辛過ぎる……。こんなことなら安請け合いするんじゃなかった……」

「だらしがないなあ。このもやしっ子め。今さら投げ出すのは禁止だぞ?」

「……わかってるよ。約束はちゃんと守る」

 疲労感たっぷりの声で、僕はそう応える。

 普段からあまり運動しない性質なので、体力がないのは前々から自覚していたけれど、まさかここまでとは思ってなかった。今はまだ十一月の肌寒い季節だったから良かったけれど、これが夏だったら倒れていた可能性すらある。

 それにしても、同じインドア派であるはずに、なんで姉ちゃんはこんなにもぴんぴんしているのだろう。ああでも、姉ちゃんってよく漫画とかDVDを買いにあちこち歩いていたりするし、それなりに体力が付いているのかもしれない。

 反面僕なんて、用事や友達に誘われない限りは家に居ることが多いし、その違いが大きいのかも。

 これからはもうちょっと運動して体力を付けよう……などと改めて自分の生活習慣を反省していると、



「おいゴルァ。怪我したくなけりゃ、有り金全部置いてけやゴルァ」



 突然前方から聞こえてきた、そんなドスの利いた声。

 唐突な出来事に、あっけに取られつつも伏せていた目線を上げてみると、昭和感漂うリーゼントに学ラン姿の男が、僕たちの進路を阻むように立っていた。

 見た目は高校生くらい。百八十センチ以上はあろうかというくらいの大柄で、なにかスポーツでもやっていたのか、全体的に筋肉が発達しているのが学ランの上からでもわかる。まさにこれぞ昭和の不良といった姿を見事に体現しているかのような男だった。

 そんな不良に、しかし姉ちゃんはまるで怯んだ様子を見せずに、

「あ? なんだこの時代錯誤も甚だしい不良野郎は」

 と、逆に真っ向から睨み返した。

「ちょ、姉ちゃん! やめておいた方がいいって。見た目こそ時代遅れ感が半端ないけど、一応あれでも不良に変わりないんだから、下手に手を出したら危ないって」

「はあ? なに言ってんだよ湖太郎。こんな化石じみた奴に金をやる必要なんてないだろ。つーか、お前からも『今すぐ昭和五十年代に帰れやボケナス』ぐらい言ってやれ」

「……てめえら、さっきからずいぶんと好き勝手言ってくれんじゃねぇかゴルァ」

 それまで律儀に僕らの会話を黙って聞いていた不良が、顔にビキビキと青筋を浮かせて凄んできた。

 まずい。いかにも突っ込んでくださいと言わんばかりの風貌につい口が滑ってしまったけれど、相手は見るからにケンカ慣れしていそうな大男──姉ちゃんは言うまでもなく、僕みたいな非力な中学生(しかも平均より身長が低め)が殴り合って勝てるような相手じゃない。余計なことを言って、火に油を注ぐような真似をしてしまった。

「覚悟はできてんだろうなゴルァ。女子供だからって容赦はしねえぞゴルァ」

「ね、姉ちゃん。ここはおとなしくお金を渡そう? この人、たぶん本気で僕らに暴力を振るうつもりだよ?」

 指を組んで関節を鳴らしながら近寄ってくる不良に、僕は姉ちゃんの耳元でそう囁く。

 男のくせに情けない話だけど、僕に姉ちゃんを守れるだけの力もなければ度胸もない。

 そんな僕にできることなんて、せめて姉ちゃんが傷付かないようにすることぐらいだ。

 なのに姉ちゃんは、僕の考えなんて知ったことかと言わんばかりに、

「ああん? 嫌に決まってんだろ、んなもん。こちとらまだ欲しいマンガとかDVDがいっぱいあるんだぞ」

 と、耳を疑いたくなるような言葉を返してきた。

「な、なに言ってんだよ姉ちゃん!?」

 不良を前に憮然とした態度を崩さない姉ちゃんに、僕は思わず目を剥いて叫ぶ。

 姉ちゃんの気の強さは僕もよく知っているところではあるけれど、さすがにこれは相手が悪過ぎる。

 見た目こそ前時代的な人に見えるけど、こんな屈強そうな体で襲われたら、僕らなんてひとたまりもないぞ。無謀にもほどがある。

「マンガやDVDなんて、またいつでも買えるよ! だからさっさとお金を渡してどっか行ってもらおうよ!」

「ぜっっってえヤダね! なんでこんな語尾に『ゴルァ』って付けるだけの安易なクソキャラに金をやらなきゃなんねえんだ! こいつにやるくらいなら、その辺の歩道橋から金をばら撒いて悦に浸った方がまだマシだわ!」

「どこの成金キャラだ! お前こそ人のこと言えないクソキャラじゃねえか!」

 あと、これ以上燃料を投下するような発言はやめてくれよ! 頼むからさあ!

「それに、こちとらさっさと帰ってこのDVDを観たいんだよ。通行の邪魔すんなモブキャラが」

「ああん? こんなクソみたいな絵が書かれたやつがなんだってんだゴルァ!」

 そう怒声を飛ばして、不良は姉ちゃんの持っていた袋を横から叩いた。

 思わず「あ、バカ!」と口にした時には時すでに遅かった。

「ああああああああああああっ! プリティエースのDVDがあああああ!?」

 轟く姉ちゃんの悲鳴。

 そんな悲鳴と共に、不良によって叩き飛ばされたDVD入りの袋が勢いよく近くの塀へと衝突し、そのまま重力に従う形で真下のドブ溝へと落下してしまった。

 このリーゼント、とんでもないことをしでかしやがった……。

 アニメグッズが入った袋を叩くなんて、オタクで短気な姉ちゃんが黙っているはずがないというのに。

「なんてことしやがんだお前は! あれじゃあもうDVDが観れねえじゃねぇか! このクソリーゼント! いや、うんこリーゼントめっ!」 

 案の定激昂する姉ちゃんに、不良の方も今の罵倒によほど頭に来たのか、

「だ、だれがうんこリーゼントだゴルァァァァァァァァァ!」

 と、顔を真っ赤にしながらこちらに向かって拳を振り上げてきた。

 矛先は、やはりと言うべきか──さんざん不良相手に悪態をついてきた姉ちゃんの方だった。まあ、気持ちはわからないでもない。

 でも、僕だって男だ。愚姉ではあるけれど、女の子に怪我をさせるわけにはいかない!

 そう考え、恐怖に震えながらもとっさに姉ちゃんの前に出ようとして──



 突如として、不良の体が真後ろに吹っ飛んだ。



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