「リアクション機能」について、面白いエッセイを書いているひとがいたので。
先ほど――
自分が書いているエッセイに対し、<爆笑>のリアクションボタンを「嫌がらせ」に押してくる読者がいる。だから真面目に書いている人たちへの嫌がらせにも使える<爆笑>のボタンはなくした方がいい
―― といった趣旨の、なかなかに面白い投稿を見かけた。
いやいや、ちょっと待ってくれよ。
自分が不快な目に遭ったからといって、一所懸命にギャグやコメディを書いているひとたちに対する配慮は?―― と少々つっこんでみたくもなったのだが、感想欄も閉じられていた。
この問題を解決するのは非常に簡単で、筆者側が設置するリアクションボタンの種類を「任意で設定」できるようにすればいい。これくらいの話なら直接運営にメッセージを送ればいい。ただそれだけの話だ。
◇
なろうを眺めていて、よく感じること。それは ――「この話って、いったい誰に向けて書かれたものなのだろう?」という疑問。
「想定読者不在」の投げっぱなしの作者たち。
ただただ、褒められたくて書いているのだろうか?
筆者は「問い」のない文章は、基本ゴミだと考えている。そして「問い」なのだから、リアクションはどのような種類でも大歓迎。だから筆者からすれば「バッドマーク」などのボタンも欲しいところ。読者の「リアルな反応」こそが知りたいからだ。
☆1でもポイントになるから付けたくないひとたちでも、バッドマークだけなら押してやる。それだって構わない。少なくとも筆者が書いた文章に対し、読者なりの「率直な反応」を示してくれているのだから。何事もなかったかのようにスルーされること。それがいちばん読者にとって「無価値な投稿」であったことを意味するからだ。
他人を怒らせる、不快にさせるということは、その読者の根本を揺るがす「何かがあった」ということ。何ならその「言語化出来ない不快感の正体」が垣間見えそうな「バリエーションに富んだ不快ボタン」だって実装して欲しいところだ。―― これはもうなんだ、筆者の性癖か、何かの問題なのか?
この投稿にこそ「バッドマークボタン」を設置したいやで。