表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
5/5

第16話「再来・二回戦」

 遂に、これから二回戦の対戦カードが始まる。その第一試合に臨むのは、一方はさっきまで話していたエメルダさんチーム。もう一方はシード枠を引き当てた『夜桜よざくら』さんチームだった。

 私が録画をしつつ固唾を飲んで見守る中、エメルダさんのケースが会場入りした。果たして、どれ程の実力者なのか、あの妖しい恰好も含めて実に興味津々だった。

 斜め後ろから見ても冴えない感じのするセコンドがケースの戸を開けると、微かにカツコツと乾いた音が聞こえて来る。リズム良く流れる硬質のヒール音と共に現れたのは、膝下まであるロングブーツに、胸元のはだけたチューブトップのハイレグスーツ、そして肘まで伸びたロンググローブという、身体のラインがくっきり分かる上に露出も高い、SMスナ〇パーの表紙を飾ってもおかしくない様な、実にけしからん服装だった。しかも全てが光沢のあるブラックレザーのような素材で出来ており、S系風俗嬢一歩手前の妖しい気配をこれでもかとまき散らしている。

 頭髪は鋭利に切り揃えられた黒のショートボブ、顔は以前の雲雀さんと同じPG-4型の28番、で間違いないのだが、顔が同じでも、性格の差か、挑戦的な目付きのせいで全く違った印象を受ける。

 それにしても、ブーツのヒールがかなり高い。選手の安全を確保する為に、規則でヒールの高さに制限が掛かっている。恐らくは、彼のこだわり具合からいって、制限一杯まで高くしているに違いない。

 おっと、あまりにも服装が刺激的で思わず忘れていたが、今の私が真に注目すべきは手に持つ武器の方だ。彼女が黒光りのするグローブで握っているのは、輪のようにまとめられた黒い得物。あれは、鞭か。恰好といい、わざわざ黒く着色した鞭のような武器といい、本当に趣味丸出し、といった趣きがある。

 セコンドが熱心そうに調子を尋ねているのを、見て分からないのかと冷たく受け流しているエメルダさん。一方、対戦相手の方もある意味アダルティックな服装だった。

 向こうに立つ夜桜さんは、長い黒髪に鮮やかな桜花をあしらった黒地の和服姿と「極道の〇たち」にでも出てきそうな雰囲気を持つ娘だった。さすがに得物はドスのような短刀ではなく薙刀。服も武器も純和風で統一された所や長柄武器を扱う所など、鏡甲と似た部分が多い。

 夜桜さんの実力は不明ながら、エメルダさんにとっては、対鏡甲戦の良い練習台になってしまうかもしれない。しかし、見てるこちらにもメリットがある。エメルダさんは薙刀を操る夜桜さんとどう対決するのか。この情報は後々私達の役に立つに違いない。

 パートナーからの冷遇に対して申し訳なさそうにバーコード頭を掻いている斜め前の中年セコンド。まるで威厳という物が感じられない人物なのだが、モニターに選手のスペックが表示された途端、別人のように静かになって画面を凝視する。

 モニターに表示されたスペックを見て、私は、またか、と思わず眉根を寄せてしまう。エメルダさんの筋肉比率はP筋10%にS筋90%という超極端なスピード重視ビルドだった。

 世は正に速度重視全盛時代。これは、仕方のない流れなのかもしれない。武器が軽すぎるのだ。S筋と同じ位、P筋も進歩している、それなのに、扱うゴムと軟質樹脂で出来た武器の重量は変わらないまま、これでは武具を振り回すのに必要なP筋の価値が相対的に下がっていくのは当然の流れだった。

 結果、スピード重視の筋肉比率にした方が試合では有利という話になり、現状ではS筋偏重ビルドが圧倒的多数派となってしまっている。

 これについては、さすがに改善要求が出ているらしいので、今後もしかしたらレギュレーションの変更があるかもしれない。

 それにしても、鞭と速度重視の組み合わせか。一回戦の秒殺と合わせて考えると、これはかなり厄介な相手になると見た。鞭のような武器、という事なら、飛毬ちゃんの飛毬ハンマーで一応の対戦経験はある、が、参考になるかどうかはまだ分からない。

 一方の夜桜さんはというと、P筋65%S筋35%という昨今の流行に逆らったパワー重視の設定。得物だけでなく、筋肉比率まで鏡甲に似ている。これは恐らく、長柄武器の利点を生かした、遠くから押さえたり弾いたりする戦法が得意だからなのだろう。もし当たるとすれば、同じタイプであるこちらの方が与し易そうだ。

 情報開示後のミーティングも終わり、方や高らかとヒールを鳴らしながら、方や雪駄を滑らせるように、両者がコロセウム中央へと進んでゆく。

 特に、ボンテージ衣装に包まれた豊満な胸を突き出し、扇情的に腰を振りながら歩くエメルダさんにギャラリーの熱視線が集中していた。和服でしずしずと歩く夜桜さんも色気はあるが、やはりインパクトの点ではエメルダさんの方に軍配が上がる。

 こういう娘を見ていると、つい鏡甲が同じ服を着たらどんな感じだろう、と想像してしまう。官能的な服装の彼女も悪くはないと思う、いやむしろボディラインの出る衣装の方が……いやいやいや、鏡甲には清楚で上品な服装の方が絶対に似合っている。これは、いうなれば、私的な表現で言えば、絶対的な正義、という表現がニュアンス的に一番近い感じがする。もちろん着る服を選ぶのは鏡甲だから、彼女がどうしても、何が何でも着たいと言うのなら、私は別に止めはしないが。

――――

【それでは、二回戦第一試合、エメルダ対夜桜、試合始めっ!】

 試合開始のアナウンスとほぼ同時に両者が飛び出す。

 先に仕掛けたのは、得物が長い夜桜さんの方だった。彼女は前に進みつつ薙刀を振り上げ、エメルダさんが間合いに入るタイミングを見計らって振り下ろした。

 これは、入ったか、と思った直後、エメルダさんはハイヒールで地面を削るような勢いでサイドステップ。そして地面を蹴って再度前進、すれ違いざま薙刀を下げて無防備な夜桜さんの胴に鞭を振るった。

 鞭が空気を切り裂き、和服をしたたかに打つ音と共にポイントが入り、しかもそれだけでは終わらず、急停止してから振り向きざまに放つ凄まじい連撃によって、瞬く間に決着が付いてしまった。

 鞭の往復による連撃、一回戦が秒殺だった理由が分かった。これは、強い。エメルダさんは鏡甲にとって間違いなく壁となりうる相手だ。軽量で連続攻撃が容易な鞭と速度重視ビルドとの組み合わせがここまで強力だとは。対戦までに何とか対策を立てる必要があるぞ、これは。

「難敵ですね……」

「うん」

 鏡甲の一言に対して、私はうなずく事しか出来なかった。こんなほとんど反則じみた強敵に対して、勝てるイメージが沸いてこない。

 それにしても、剣で切っても、鞭で叩いても、入るポイントは同じ、というのには中々に違和感がある。ただエメルダさんに関しては、ルール上有利だから鞭を選んだのではなく、たまたま好きな武器がルール上優遇されているだけ、という事なのだと思う。彼女のパートナーからは趣味に生きる男の匂いが濃厚に漂っていたので、まず間違いはないだろう。

「でも、速度重視の相手とは何度も対戦していますから、何とかなりそうです」

 そう言う鏡甲の声には確信めいた力強さがあった。実際に目で見て言っているのだから、強がりの類ではないと思う。お互いに初対戦の時は、事前情報や相性もあるが、何といってもキャリアが物を言う場合が多い。対戦前にエメルダさんの試合を見られて本当に良かった。

「そうか。よし。後は鞭にどう対処するかだね。対策は直ぐに考えるとして、今は二回戦に集中しよう」

「はい。その通りですね龍彦」

 二人決意を新たにした所で、エメルダさんをケースに収容し終えた、えっと、バーコードの人? と目が合った。

「お待たせしました。さ、どうぞ」

 彼は少し体をずらして道を空ける。

「あ、二回戦突破おめでとうございます。また秒殺じゃないですか。エメルダさん、強いですね」

「いやいや、それほどでもありませんですよ」

 言って、とんでもないと大仰に平手を振る。ただ、はにかんだ表情は喜びをかみ殺しているように見えた。

「それしても、随分と、その、エメルダさんに、ギャラリーの視線が釘付けになってましたよ」

「むほほ。そんなに注目されていましたか。これは全く以って、パートナー冥利に尽きるってもんですよ」

 今度は本当に嬉しそうに、頬を赤くして鼻の下を伸ばす。この人は本当にボンテージ美女が好きなんだなと、変に納得をしてしまった。

「二回戦、頑張って下さいね。では、失礼しますよ」

「はい。ありがとうございます。では」

 ほんの短いやりとりの後、彼と入れ替わるような形で選手席に入る。

「さ、ついに出番だぞ鏡甲」

「はい……あの……」

「ん?」

 鏡甲の、何か言い淀むような様子に、私は首をかしげる。こういう時はじっと言葉を待つのが龍彦流だった。

「……龍彦は、ああいう格好が、好みなのですか?」

「むむっ!?」

 少し探るような鏡甲の声音。この声を聞いた瞬間、私の脳内に於いて警鐘が大音量で鳴り響いた。

 ここでの返答は、彼女の趣向や性癖に影響を与える可能性がある。程度については想像もできない。こんな危険極まりない爆弾が不意に飛んで来た事に、私は背筋の凍る思いがした。

 何にせよ、私の不用意な一言で大切なパートナーの性癖を歪める訳にはいかない。答えはすでに決まっている。後は可能な限り平静を装って……。

「いや、全然。私はやはり清楚で上品な服装の方が好みだな」

 完膚なきまでの全否定。誤解の余地すらない明確な返答。鏡甲には、今まで通り正統派美少女への道を突き進んで欲しかった。

「そう、なのですか……分かりました」

 何故か、少し残念そうに鏡甲が言う。もしかして、興味があったのだろうか。これは正に間一髪、本当に危ない所だった。

 いや、もし本当に興味があるのなら、これはこれで……。私は邪念を自覚した所で、いかんいかんと首を振る。今は、これから臨む試合に意識を向けるべきだろう。

「さ、いよいよ出番だ。試合に集中するぞ」

「はい」

 鏡甲の方もすでに気持ちが切り替わっているらしく、いかにも気合のこもった返事が返ってきた。

「さて、次の相手は確か……」

 私はトーナメント表示用の特設モニターに目を遣る。次の対戦相手は同じく一回戦を勝ち上がった『マリア』という選手だった。

 一回戦第六試合はC闘技場で行われた為、当然試合を見ることは出来ず、マリアさんがどんな選手かは全く分かっていない。情報のない相手との対戦は、それが原因で苦戦したり、あるいは負けてしまう事もあるから、情報不足はそれだけで大きな不安要素だった。

 それにしても、またマリアか、と内心で辟易としてしまう。参加選手が増えた分、今は然程でもなくなっているが、初期の頃はアリスとマリアという名前は本当に多かった。

 世界的にも有名であり、日本の漫画やアニメでもよく使われる名前なのだが、それだけに、パートナーは命名を真剣に考えてあげたのだろうか、という疑念がどうにも拭えない。

 そもそも、オーナーは名前の決定権を持つ分、彼女達に対しては、真っ当で自他共に似合っていると認められるような、そんな名前をつける責任があるはずだ。それは決して軽んじて良い類の話ではなく、名前というのは個として自立するため初歩の初歩、いわば個性のスタートラインだという自覚を命名者は持つべきだろう。その重要性は言うまでもなく、長年にわたり一緒に暮らしていく相手なのだから、贈る名前は、本人の魂から滲み出るような、そんな特別な思い入れがある名前でなくてはならない。それを一時的に流行った漫画やアニメから拝借するかの如き軽挙妄動は厳に慎むべきであり、彼女達にとって一生付き合わねばならない名前は、正に全身全霊を以って考えてあげるべきだ。私は何年も前から温め続けてきた愛着のある名前を付けたが、もしもそういうものがなかった場合は一週間位寝ずに考えたと思う。そもそもそれ位の思い入れがないのなら、端から彼女達と共に生きていく資格すらな(長くなるので以下省略)

 えー、コホン。ざっとトーナメントを見た所、マリアという名前は今回の対戦相手を含めて二名、アリスに関しては三名いた。割合的に減ったとはいえ、今でもそれなりに多い。他にも最近の流行り作品から付けたと思われる名前がちらほらと散見されるが、当会場で重複してる名前はなかった。

 私がセコンド席に入った時には、もうすでに対戦相手がケースを闘技場に降ろしていた。

「ん?」

 セコンドの顔を見た私は、猛烈な既視感を覚えて記憶を辿る。答えには、直ぐに行き着いた。

 相撲取りのような体格と「男坂48」とプリントされたシャツ、そして「マリア」という名前、全てが記憶と一致していた。次の対戦相手は間違いなく鏡甲の復帰戦となったトイズジェネラルの大会で雲雀さんと当たった選手だ。

 確か試合内容はツヴァイハンダー状態の雲雀さんに翻弄された挙句の敗退。その雲雀さんにロングソードを抜かせた鏡甲とは、試合内容に大きな差があった。

 相手の方も私の顔を見て、やっぱりかと言いたげに天を仰いでいた。どうやらマリアさん達も鏡甲対雲雀さんの対戦を見ていたらしい。

 最近の情報がある上に、確たる実力差もある。これは、率直に言ってありがたい組み合わせだ。前の大会と違って、鏡甲にもやっと運が巡ってきた、と思いたい。

「よし」

 当然、ここであからさまに喜ぶのは相手にとって失礼なので、私は内心を表に出さないように意識ししつつ肩の駕籠ケースを闘技場に降ろした。

 駕籠から降りた鏡甲は開口一番「覚えています。マリアさんは、以前に雲雀さんと対戦した選手ですね」とつぶやくように言った。

「うん。戦いぶりを見た感じ、そこそこ経験を積んでいるとは思うけど、はっきり言って一回戦で当たったロレーヌさんよりも弱い相手だと思うよ」

「いや、それは早計かもしれませんよ龍彦。男子三日見らざれば、という諺もあります。ほんの僅かな時間でも成長している可能性はあります」

 鏡甲の返事を聞いた私は、彼女の油断も隙もない様子に、ふむと関心してしまった。実力的には完全復活と言っても良い位の仕上がりなのに、強さに慢心して敵を侮るような事はしない娘なのだな、と改めて思う。絶対に勝てる相手だと喜んでいた自分が少し恥ずかしい。

「そうか。うん、鏡甲の言う通りだね。じゃあ情報のなかった一回戦と同じ調子で慎重に行こう」

「はい」

「で、菅笠の方はどうする?」

「まだ外しません。過去に雲雀さんが勝っている相手、出来れば笠を被ったままで勝ちたいです」

 これは、相当雲雀さんの事を意識しているな。油断ではなく、雲雀さんのベールよりも先に外したくない、という意地か、あるいは雲雀さんが本気を出さずに勝ったのだから、ハンデを背負った上での勝利に価値を見出しているのかもしれない。

「じゃあ二回戦も」

「はい。このままの格好で戦います。笠を外さなければ勝てないとなれば、迷うことなく外しますが。それに、強敵と当たるまでは外さない、というのは雲雀さんとの約束ですし」

「そういえば、そうだったね」

 私は鏡甲の決意に納得してうなずく。そして、改めて対戦相手の方を見遣った。

「さて、マリアさんの得物に変わりはないかな……確か彼女の武器は薙刀だったよね」

「はい。確かにマリアさんの得物は薙刀でした。私と同じ長柄武器ですから、遠い間合いでの刺し合いになると思います」

 鏡甲と噂話をした、丁度同じタイミングで、当のマリアさんが薙刀を手にケースから出てきた。

 小柄な体格に黒髪のショートカット、白いシャツとデニムのジーンズという格好は以前に見た時と全く変わっていない。経済的な理由や趣味嗜好もあるから何とも言えないが、せっかくのコロセウムなのだからもう少しお洒落を楽しんでも良いと思う。

 モニターのスペック表示も以前の物と全く変わりなし。得物と筋肉比に変化がないのなら、戦法も変わっていない可能性は高い。さて、技術の方はどの程度変わったのだろうか。

――――

【それでは、二回戦第四試合、マリア対鏡甲、試合始めっ!】

 試合開始のアナウンスが流れ、両者武器を構えてすり足でにじり寄る。手にした武器だけでなく、受けの姿勢で積極的に攻めない所まで二人の戦法は似通っていた。

 とても静かな立ち上がり、鏡甲の見るからに気の張った慎重な様子を見ていると、周囲の喧騒もどこか遠くに感じられる。

 一定のペースで進むゆったりとした試合運びの中、遂に一歩踏み出せば間合いに入る所まで接近した。

 そして、鏡甲がさらに半歩だけ、歩を進める。直後、マリアさんが勝機とばかりに踏み出しながら肩口目掛けて薙刀を振るった。

 鏡甲は身に迫る切っ先に動じる事なく、槍を円を描くように操って薙刀を弾くのと同時に、がら空きの胸に穂先を突き入れた。

 この防御と攻めが流れるように繋がる技は、飛龍突き。鏡甲が一回戦でも見せた技だ。

 鏡甲が最後に半歩だけ進んだのは、相手の攻撃を誘って飛龍突きで返す為の布石だったに違いない。

 急所への一突きによって試合が決まり、試合終了を告げるブザーが会場に鳴り響いた。

 勝った鏡甲はいつものように槍を立てて一礼をしてからすっと踵を返し、敗れたマリアさんはしばらく槍の刺さった自分の胸を眺めてから、苦笑いを浮かべて男坂さん(仮)の元へと帰っていった。

 試合開始からわずか一分での決着。もしもどちらかが積極的に攻めていれば、もっと早く試合が終わっていただろう。

「やったな鏡甲、これで三回戦に進出だ」

「そう、ですね。また勝てて良かったです」

「決め技は、飛龍突きだよね? また綺麗に決まったね」

「あの、綺麗でした、か。えっと、今回は間合いの取り方が勝因だと思います。ようやく、技が思い通り出せるようになってきました」

 満足気な声と共に、鏡甲ははにかんだような笑顔を見せる。いつものようにとても控えめな喜び方だけど、そういう奥ゆかしい所がとても可愛らしい。

「さ、次が待っているし、もうそろそろ移動しようか」

 私は駕籠ケースを闘技場内に入れて、ケースの戸を開ける。鏡甲がケースに入るのを確認してからふと正面を見ると、男坂の人はマリアさんの背中を優しくさすりながらケース内に誘導していた。

 試合が終われば直ぐに移動、これがコロセウムにおける基本的なマナーだった。私は順番を待っている次の選手と入れ替わり、大門君に無事三回戦進出とメールを打つ。

 二回戦が全て終わった時点で昼休みに入り、三回戦以降は午後から行うという大会スケジュールになっていた。だから二回戦を突破したチームは三回戦が始まるまで昼休みに入る。

 午後からは決勝戦が終了するまで試合が続く。二回戦が終わった時点で残った選手は四分の一、それが三回戦で半分に減り、準々決勝では八名の選手、つまりベスト8が出揃う事になる。今後は勝ち残れば残るほどに試合間隔もぐっと短くなって、これはトーナメントの常ではあるが、選手とセコンドにとっては目の回るような過密スケジュールになっていくだろう。

 トーナメント制覇を支援した経験は何度もある。しかし無視出来ない位に長いブランクもあった。かつてのように効率的にサポートが出来るかどうか、鏡甲が完全復活を果たしただけに、私の方が支援で相手セコンドに後れを取ってしまうのでは、との不安はどうしても拭えない。

 せっかくの自由時間、今直ぐ雲雀さんの応援に行きたいのはやまやまなのだが、今後も当たるAブロックの選手を今の内にチェックしておく必要があった。地方ブロック突破の条件は決勝戦進出だから、それまでは油断なく目的に集中したい。

 私達がA闘技場のセコンド用観戦コーナー移動した直後、メールの返信があった。送り主は大門君で、たった今三回戦進出を決めたとの内容だった。続いて、これから午前の試合が終わるまでBブロックの試合を見るから、終わったらまた連絡しますと書かれており、やはり雲雀さんチームにも油断はないな、と思いつつ了解との返事を送った。

 メールを打ち終わるとセコンド席に戻って試合撮影の準備を進める。折角だから、昼休みに入ったら大門君と映像資料や情報の交換会を提案してみよう。

 残るA闘技場の二回戦は第七試合と第十試合のみ。どちらも準決勝まで勝ち進まないと当たらない相手だから、得られた情報が今大会で役に立つかは分からない。それでも、機会を逃さず、今出来得る準備は最大限やっておきたかった。

 二回戦を突破して、ようやく今日の前半戦が終わった。あと二回勝てば決勝に進出して県予選の切符が手に入る。最大の障害は、恐らくエメルダさんになるだろう。もしそうなった場合、どのように鏡甲をサポートするか、そんな事を考えながら二回戦第七試合の開始を待っていた。


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ