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いとしこのよる

作者: 九JACK
掲載日:2024/12/24

 雨風が吹き荒ぶ。

 普段は穏やかな川が、何の変哲もなかった道路が、濁流に犯され、呑まれ、形をなくす。人は己の身に振りかかった不幸を「嵐」であるかのように表現するが、容赦なく苛み、呑み込み、存在ごと掻き消そうとする嵐は確かに、不幸そのものなのかもしれない。

 呑まれてしまえば、自分の姿形すら思い出せなくなる。……それを実感して、いかに自分が世界にとって矮小な存在かということを、嘆くより外ない。

 そんな中、まだ呑まれていないブロック塀の角に立ち、この嵐の中、傘一つで佇む奇妙な存在があった。

「あーあ、誰が泣かしたンだい?」

 女にしては低く、男にしては高い声。この豪雨に晒されながら、妖艶できらびやかな着物はつゆも濡れておらず。濃紫の爪紅を塗ったその存在が「ニンゲンではない」ことが伝わってくる。

 藤紫の口紅が、蒼白い肌をいっそう蒼く見せた。傘とは名ばかりの用無しの物品をからりと回す。鮮やかな唐紅が、ぴっと雨粒を飛ばした。

「そうかい、そうかい」

 誰の応えもなかっただろうに、奇妙な存在は頷き、漆黒の目を閉じる。祈るように、味わうように。

 傘は手放さないが、彼女はナニカを迎え入れるように手を広げる。

「カワイソウにねェ」

 愛おしむように、慈しむように。それでいて、愚かしさを嗤うような色が、その表情にはあった。

 雨風が吹き荒ぶ。けれど、

 誰かの腕に抱かれ、その温みに安堵したかのように、雨脚は次第に弱まり、嵐は鎮められる。

 それでも、風だけは居残り、ナニモノかの声を象るように、ビュウゥゥだとか、コオォウォウだとか、叫び続ける。

 泣き続ける。

 それを、慰めるように、嘲笑うように。

「嗚呼、お前サンはカワイイねェ」

 奇妙なヒトは、傘を捨てた。

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― 新着の感想 ―
どこか残酷でだけれど綺麗で、自然の理にもとらえられる描写に、短編ながらも惹きこまれました。 スラスラと読みやすくて、素敵な文体でした。 企画主ではありますが、素敵な作品をありがとうございました! あら…
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