66-70
66文字盤
時計の文字盤がバラバラに散らばって
針はあちこちに飛び回って
その空間を測定する単位が
さようならで
時間は止まったり動いたり
横を向いたり縦を向いたり
斜めを向いたり
そうして
美術館で絵画を眺めてるひとは
絵画に鑑賞されていたり
順路どおり歩くと
心が迷路になっていたり
ぼくは透明な虹の上で
きみの文字盤の欠片を拾った
67列車
楽しいことや
嬉しいことや
つまらないことや
それらが時刻表に書かれている通り
やってくるとは
限らない
早かったり
遅かったり
順番が違ったり
行き過ぎる緑黄色の列車に
ホームに立ち尽くして
目を追ってやり過ごす
そうすると
過去を忘れ物した気になる
突っ立っていると
春が降り出して
ぼくは春に濡れないように
ビニール傘をさす
68先生
犬の身体をした先生が
くだらないことで吠えている
ひとの形をした生徒が
理屈に合わないことや
感情の置き場所を
計算しながら
明日の天気を考えるくらいの
気持ちで
先生の話を聞いている
学校は作り物で
勉強は偽物で
ほんとうはどこにあるのか
みなわからず
こころのなかは
誰もいない校庭みたいに
からっぽでのどかだ
69宙ぶらりん
公園の街灯が明るい
自殺防止のためだそうだが
そういうことはここはかつて
自殺の名所だったところで
たくさんの思いが
怨念となって
首をつっている
心が宙ぶらりんのまま
その公園を散策して
宙ぶらりんに聴いてる
イヤホン越しの音楽の流れに
脳が焼かれている
宙ぶらりんの明日の予定について
どうしようかと
やはり宙ぶらりんでいる
夜の公園は
過去も未来も現在も
宙ぶらりんで
手を繋いでいる
ここはそういう
宙ぶらりんな世界線だと
いう気がしてる
70覗き込む
ぼくの心のなかを覗き込むと
リンがいる
リンの心のなかを覗き込むと
中途半端に金を持ってるおっさんがいる
中途半端なおっさんの心のなかを覗き込むと
行き遅れた年増の愛人がいる
行き遅れた愛人の心のなかを覗き込むと
包丁を片手にした高2の頃のじぶんがいる
包丁を片手にした高2の女子の心のなかを覗き込むと
サッカー部の主将の先輩がいる
サッカー部の主将の心のなかを覗き込むと
ゴールキーパーの親友がいる
ゴールキーパーの心のなかを覗き込むと
ライバル校のフォアードがいる
ライバル校のフォアードの心のなかを覗き込むと
かつていじめて追い込んだ不登校の生徒がいる
いじめられて不登校になった生徒の心のなかを覗き込むと
初音ミクがいる
初音ミクの心のなかを覗き込むと
一向に売れる気配のしない自称作曲Pがいる
自称作曲Pの心のなかを覗き込むと
ずんだもんがいる
ずんだもんの心のなかを覗き込むと
解説でつかわれた崖下の骸骨がいる
骸骨の心のなかを覗き込むと
髑髏の眼孔の隙間から咲いたタンポポがいる
タンポポの心のなかを覗き込むと
太陽がいる
太陽の心のなかを覗き込むと
月がいる
月の心のなかを覗き込むと
兎がいる
兎の心のなかを覗き込むと
子兎を咥えた狼がいる
狼の心のなかを覗き込むと
猟銃で狙いを定めている猟師がいる
猟師の心のなかを覗き込むと
今まで狩ってきた生命を償う仏がいる
仏の心のなかを覗き込むと
欲にまみれた僧侶がいる
僧侶の心のなかを覗き込むと
誰でもいいような女がいる
誰でもいいような女の心のなかを覗き込むと
リンがいる
リンの心のなかを覗き込むと
ぼくがいる
ぼくの心のなかを覗き込んでも
からっぽしかない