第67話 兄弟神の絆
「兄さん……。ボク、悔しいよ。苦しいよ。どうして、姉さんが犠牲にならなきゃいけなかったの?」
くしゃりとしゃくり上げながら、ボクは泣き続けた。
そんなことをしていても、姉さんが戻ってくるわけもないのに。
兄さんはそんなボクの頭をなでながら、唇を噛みしめた。
兄さんもまた、悲しみに苛まれていたんだ。
ボクだけが悲しんでいる訳じゃないと、そのとき初めて知った。
兄さんもまた、悲しんでいる。
だったら、ボクに賛同してくれるかもしれない。
「姉さんを取り戻そうよ!」
「そんなことをしたら、地上が崩壊を迎える。あいつはそれを食い止めるために自らを犠牲にしたんだ」
「そうだよ、姉さんはいなくなった! やつらを助けるために」
姉さんのやりたかったことを理解していた。
けれどやっぱり、辛いものは辛いわけで。
本当は、地上の奴らが感謝していたら、我慢するつもりだった。
「……でも、やつらは当たり前のようにその上に立っているじゃないか!」
指をさす先には、地上の様子が映った水鏡があった。
ボクには姉さんの犠牲の上に成り立つ世界が、憎らしくて仕方がなかった。
当たり前のように繰り返す地上の営みを見て、姉さんの犠牲とは何だったのか。
そう思わずにいられなかった。
「なんで……こんな奴らに希望なんか……」
どうしても分からなかった。
姉さんが人間のどこに希望を見出していたのか。
どうして兄さんが人間を襲う獣を作っただけで、奴らが踏みとどまれると思ったのか。
「やつらは、いずれ繰り返す。……だったら」
泣きすぎて赤くはらした目は、かつては輝かしい金色だった。
けれど今、その瞳には黒い炎が宿っていく。
兄さんはそれを見て、ひどく慌てた。
「ボクは行くよ。全部、一からやり直そう?」
全部一から作り直す。
そのためだったら、ボクは……。
そこからの記憶は酷く曖昧だった。
痛い。寂しい。苦しい。悲しい。
誰か、助けて。
そんな感情ばかりに飲み込まれていた。
地上に降り立つころには、ただ姉さんの元を目指していたように思う。
それでもおぼろげな意識の中、進んでいった。
そしたら……。
「姉さんを奪った奴らを、なんで守ろうとするの?」
兄さんが、前に立ちはだかった。
ひどく悲しそうに、ボクを見ていた。
なんで、そんな顔をするの?
ボクが間違っていたの?
姉さんを失って、悲しくないの?
だとしたら、そんなの……
「お前なんか……。お前なんか、兄さんなんかじゃない!!」
ドロリ、と黒い涙が流れた。
神の絆を疑ったから、罰が当たったんだ。
輝く様な赤髪も、金色の瞳も、気がついたら黒に染まっていた。
ボクは、完全に堕ちてしまった。
自分が、消えていくのが分かった。
全身がひどく痛い。
熱い。苦しい。辛い。
そんな感情に呼応するように、体からは黒い炎が上がった。
やがて黒い炎から吹き出る様に、瘴気が生まれた。
瘴気は兄さんの作った獣に移って、魔物になった。
彼らはただ、人を襲う。
怒りと悲しみだけを持って、地上を終わらせるために。
あぁ、でも。
それで姉さんを助け出せたとしても、ボクはもう、元には戻れないね。
ボクに課せられた罰は、この苦しみに、この悲しみに、苛まれ続けることみたいだから。
いずれ理性も、記憶も消えていくのだろう。
後に残るのはきっと、悲しさと苦しさだけだ。
それが――ボクへの罰。ボクの業だ。
それからどれだけの時間が経ったか。
再び意識が浮上するのを感じた。
兄さんの封印が壊れたんだ。
あぁ、でも。
もう、終わらせてほしい。
もう終わりたい。
でも。
悲しみも、怒りも、消えそうにないんだ。
ねえ、兄さん。
いるのなら助けて。
ボクは兄さんの気配に手を伸ばした。
でも、ボクは言っちゃいけないことを言った。
兄弟に、呪いの言葉を投げかけてしまった。
だから兄さんももう……ボクを弟とは思っていないだろう。
伸ばしかけた手を引っ込める。
「そんなことないよ」
そのとき、懐かしい何かに抱きすくめられた。
温かい。
ボクより大きくて、けれども優しい手だ。
「兄……さん?」
兄さんの気配だった。
強くて優しくて、温かい。
大好きな、温もり。
心のよどみが、晴れていく。
ボクに張り付いた黒が、剥がれ落ちていく。
元のボクに、兄さんと姉さんの弟の「ボク」に戻る。
「……あぁ、ありがとう。まだボクを弟だって思ってくれていたんだね」
温もりは、自分の温度を分け与える様にぎゅっと力を強めた。
きっと、分かっているんだ。
ボクはもう、兄さんたちと一緒にはいられないということを。
このまま、消えていくということを。
神を呪った魂は、元には戻らない。
だから。
「兄さん。いとし子を通じて、見ているんだろ?」
そう言って離した温もりは、やはり兄ではなく、聖女と呼ばれている人だった。
そして、姉さんにとてもよく似た人。
彼女は悲し気に目を伏せていた。
ボクまで救おうとしていたのだろう。
本当に、そう言うところは兄さんにそっくりだ。
それがなんだか面白くて、わらってしまった。
「ありがとう。最期までボクを忘れないでいてくれて。もう一人で大丈夫だよ。だって、最後に兄さんの心を知ることができたから」
うそだ。
本当は寂しい。
けれど、もうこれ以上、迷惑はかけられない。
「愛してるよ。ずっと」
だから一人で光になろう。
ボクは後ろをむいた。
昏い闇の中へと足を向ける。
だけど、ふいに肩を叩かれて立ち止まる。
「……え」
振り返ると、そこには――
「姉……さん」
氷神の姉さんがいた。
あのとき確かに地上で消えたはずの……。
どうして、だとか、なんで、とか。
そういう言葉は出てこなかった。
ただひたすら姉さんを追いかけて光の中へと駆ける。
姉さんは、ただ優しくほほえんでいた。
「姉さん!」
その手を掴む。
涙があふれた。
体が光の粒になっていくのも構わずに、ただ泣きじゃくる。
ボクは、いつの間にか幼い子供の姿になっていた。
とても温かい。
これなら安らかに眠れるだろう。
ボクはようやく幕を降ろせたのだ。
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