第65話 使命
「兄上!! 兄上ぇえ!!」
レナセルト殿下の叫び声で、引きずられていったのが誰なのか理解した。
ジーグ殿下だ。
国王を安全な場所に避難させていたはずの彼がこの場に来ていたのは、王を追ってのことだろう。
きっと、国王が危険だと、知らせに来てくれたのだ。
後ろを見たとき、広間へと続く血の跡が見えたから、ケガを負わされていたのかもしれない。
そんな彼が身体を張って、レナセルト殿下を庇った。
弟を思うが故の、捨て身だった。
「今近づくのはムリだ!」
「だが、兄上がっ!!」
走っていこうとするレナセルト殿下を、ノクスさんが引きとめる。
そうしているうちに黒い手たちは、ジーグ殿下にまとわりつき始めた。
瞬きの後に、黒い繭へと変化する。
「ふははははは! 王子であればどちらでも器になるだろうな! レナセルトの方が肉体的に強いが、まあジーグでも良いだろう」
――ドクン
背筋がぞわぞわするような鼓動が聞こえた。
低く、地の底から這い上がってくるかのような音だ。
黒い繭は光沢を放ち、不気味に佇んでいる。
――パキン
何かが割れる音がした。
「おお、ついに!」
国王の期待のつまった声が響く。
――パキキッ
繭の全体にひびが走る。
そして
――パキンッ
繭はガラスのように崩れはてた。
その中心。
黒いガラスを身に纏いながら、むくりと起きる何かがいた。
体はジーグ殿下のようだ。
白い肌に、金色の髪はそのまま残っていた。
けれど……その全身には、まだら模様が浮かび、瘴気を噴き出している。
雰囲気も明らかに人間ではなく、びりびりと肌をさすプレッシャーが途切れることなく放たれていた。
(あれが……邪神?)
邪神が入ったジーグ殿下の目からは、黒い涙が伝っていた。
表情は一切抜け落ちていたけれど、その涙には、どろりとした怨念のようなものがこもっているように見える。
「っ!!」
私の中の神が反応している。
あれを外に出してはいけないと。
これ以上、罪を重ねさせてはいけないと。
「待っておったぞ、邪神よ! 我こそが解放し者! さあ、我に力を与え給え!!」
国王が、声高らかに叫ぶと、ジーグ殿下の中にいるなにかが、ぴたりと動きを止めた。
そしてゆっくりと振り返る。
ひどく虚ろな瞳が、国王をとらえた。
国王の持つ、封印の宝石を。
――べきゃり
何かがひしゃげるような、音とも呼べない音が聞こえた。
「……ぁ? なん……っ! うわあああああ!!」
邪神から国王へ、真っ直ぐ。
黒い閃光が走り、国王の体を封印の宝石ごと、貫いたのだ。
何百年も酷使されてきた楔では、受肉をはたした邪神の一撃に耐えられなかったようだ。
「あぁああっぁ! 助けっ! あつい、いたいぃ!」
「っひ」
丸くあいた傷口から、黒い瘴気が炎の様に湧き上がる。
地獄の炎を見ているようだった。
王はそのまま苦しみもがくと、やがてモノも言わずに倒れた。
それでも炎は止むことがなく、王から床、そしてあらゆるものに移っていく。
人でも石でも、全てを灰にしつくさなければとまらない。
邪神は身体から黒い炎を溢れさせ、封じられていた玉座を粉々に砕きだす。
あんなものを、制御などできるはずがない。
荒ぶる神は、人間などでは抑えることなどできないのだ。
「っ! 皆さん! 城が崩れます! 早く外へ!!」
ゴゴゴゴゴゴゴという音と共に、ひび割れた天上から石が落ちてくる。
邪神のプレッシャーと破壊活動に耐えきれないのだ。
外へと走る。
私たちが出ると同時に天井が落ちてきた。
城がガレキの山と化していく。
「っっ黒い炎が!」
ガレキの下からはすぐに炎があふれてきた。
ガレキすら灰に変えていく。
驚くほど火の回りが早い。
このままでは、一時間もしない間に国中へと広がってしまうだろう。
そうなれば……。
(誰も助からない……!)
エリアも、身分も、善悪も。
すべてを飲み込み、灰燼と化すだけだ。
せっかく助けた命も、温かい言葉を送ってくれた人も。
私に、感謝される喜びを教えてくれたなにもかもが消えてしまう。
そんなの、絶対にお断りだ。
なんとしても王宮で食い止めなければ。
そのためには――荒れ狂った邪神を鎮める。
それしかない。
(きっと、このときの為だったんだ。私がこの世界に生れ落ちたのは)
神様も、彼をとめたくて、救いたくて、私を生み出した。
なら、覚悟を決めるときだ。
私は痛いくらいに鳴っている心臓を抑え、深呼吸をする。
「これから、邪神の浄化をしてみます! セイラス様は炎が外に広がらないよう、結界でこの場を閉じてください! レナセルト殿下とノクスさんは、補助をお願いします!」
「「「ああ!」」」
やるしかないのだ。
この世界を、国を、愛しい人たちを守る。
そのために与えられた力。
それが私の使命なのだから。
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