第64話 コミュ障だから!
そう言って私の血がついたナイフを、玉座に突き刺した。
地面がゆれだす。
なにかが、這い上がってこようとしているのがわかった。
「そなたらは邪神の復活を目にするのだ! 光栄に思うがよい! ふははは! 我が新たな神となる! 手始めにそなたらをころ――」
王は、自分の理想を語る。
それなら私は……。
「おりゃあ!!」
私は――思いっきり国王の足を踏みつけた。渾身の一撃だ。
だって、ナイフが首から外れたから。
凶器がなくなったのなら、おとなしく捕まったままでいる訳がない。
それに、こんな人の話を最後まで聞いてやる義理もない。
(だれが思惑通りに動いてやるものか!)
よく最終決戦で敵の語りを聞く描写があるけれど、律儀に聞いてあげる理由なんて私にはない。
なんたって、私はコミュ障だから!
コミュ障は、人の話しを聞かないものだ。
だから抜け出せるスキがあれば動く。
言葉を遮ってでも、諦めない。
それに、人質に反撃されないと思った方が悪い。
私はおとなしく人質に収まっているような、そんな予想通りの生き物じゃないのだ。
「ぐあっ!?」
足への衝撃で国王はうずくまった。
そのスキを逃がさず、仲間の元へと駆ける。
仲間たちは何が起ったのか分からないという顔をしていた。
けれどいち早く我に返ったレナセルト殿下が、こちらへと走ってくる。
そして背に庇ってくれた。
そのまま国王を取り押さえるべく意識を向ける。
しかし……。
「くそが! やつらを皆殺しにしてしまえ!」
叫び声と共に瘴気があふれ出す。
揺れる地面と、崩れていく玉座。
そのガレキの下から、真っ黒な手らしきものが這い上がってくる。
より一層、瘴気が満ちた。
「っ! 皆、あれに触ってはいけない! 結界を張ります! こちらへ!!」
セイラス様の結界の中に入ると同時に、外は阿鼻叫喚へと変貌した。
瘴気は、まるで意思のある手のように、この場にいるものへと襲い掛かったのだ。
「うわああ! たすけて……く」
「ぎゃああ!!」
いたるところで悲鳴が上がる。
拘束されてまとめられていたフューリたちが襲われたのだ。
迫りくる瘴気の手に触れた者は、干からび、すぐに灰へと変わっていく。
地獄のような光景だった。
「いやああ! ワタクシは貴方様の信仰者です! どうか、どうかあぁああ!!」
王妃の叫び声がこだました。
けれどそんな叫びも虚しく、すぐに掴まれて灰になった。
邪神を敬っていたはずのものが、虚しく邪神によって死を迎えた。
コントロールなど、できるはずもなかったのだ。
結界の外で笑っていられるのは、ただ一人。国王だけ。
彼は玉座に嵌っていた赤い宝石を持っていた。
恐らく、あれが邪神を抑え込むための楔。
あれには、邪神は近づかないようだ。
「ふはははは! すばらしい力だ! まだ腕1本だというのにこの威力! さあ邪神よ! あそこに器がいるぞ!」
国王の笑い声が瘴気でみちた部屋に響く。
その声に反応したように、黒の手は結界へと集中した。
「っく、結界が!!」
とっさの結界では、猛攻撃に耐えられない。
亀裂が、いたるところに走っていく。
――パキン
結界の割れる音がした。
欠けたスキマから、黒の手が伸びてくるのが、スローモーションのように見える。
けれど、誰も動けない。
ほんの一瞬のできごとだった。
それはレナセルト殿下を狙っているかのように、真っ直ぐに彼へと伸びた。
「レナセルトォォォ!!」
誰かが、彼の前におどり出た。
レナセルト殿下の目が、見開かれる。
「あ、」
瞬間、その体は黒に貫かれた。
瞬く間に、玉座の下へと引きずられていく。
手を伸ばすも、追いつけなかった。
「兄上えええええぇぇ!!」
レナセルト殿下の絶叫が、広間にこだました。