第60話 私は私のやるべきことを!
音もなく現れたフューリたちも戦いに加わり、謁見の間は一気に戦場と化した。
道という道から黒フードが現れ、囲まれる。
私たちは背中合わせの円陣を組んでいた。
数の利はあちらにある。
けれどこちらも戦力では負けていない。
ノクスさんは魔術師当主と言うだけあって、フューリのものとは比べ物にならないくらいの威力で敵をまとめて氷漬けにしていく。
レナセルト殿下の剣の腕は言うまでもなく、突っ込んでいっては剣舞のように舞い戻る。
そのすきにララフィーネ伯爵が彼の補助に回り、フューリの魔術を妨害する。
ジーグ殿下も魔石のはめられたレイピアに、炎をまとい、つき進む。
みなそれぞれの戦い方で、数の多いフューリ達を無力化していく。
それでも無傷とはいかない。
だから私は、傷を受けた者に治癒をほどこしていく。
私が倒れない限り、仲間が倒れることはない。
数分もすればフューリを押し返しはじめ、国王の倒れている場所への道が確保できた。
(あちらは任せて、私は私のやるべきことを!)
私はジーグ殿下と共に、国王の保護に走った。
王妃が嫁いできておよそ20年。
その間ずっと瘴気に侵され続けてきたとすれば、精神ももちろん、肉体的に限界がきているはず。
浄化と治癒が効くかどうかは分からないけれど、被害者は一人でも救いたい。
転がっていた国王の元にたどり着く。
「光らない……!? そんな、間に合わないということ?」
瘴気に反応すれば光りだすはずの体が、光らない。
ということは、国王の命が危ないということだろうか。
慌てて確認すると、意識はなかった。
けれど、まだかすかに息はある。
ならば浄化よりも先に、治癒を行うべきだろう。
「ジーグ殿下。私は治癒を行います! その間動けなくなるので、警護を……!?」
ゾクリと背筋が粟立つほどの殺気を感じ、振り返る。
視線の先。暗闇から、ひたひたと足音が聞こえてきた。
身体が、一気に光りはじめる。
この感覚は……。
「魔物!?」
「あら。意外と鋭いわね?」
思わず叫ぶと、あっさりと肯定された。
「ワタクシたちの念願を叶えるため、用意していないわけないじゃない? 接近戦ではその厄介者どもに叶わないのだから」
王妃は勝ち誇ったようにニタニタとしている。
自分たちが押されているのに、ずいぶん余裕があると思ったらそう言うことか。
秘密兵器とでも言いたいのだろう。
けれど。
「ここで魔物を暴れさせる気!? そんなことしたら……!」
いくらフューリと言えど、ただではすまないだろう。
魔物にとっては、敵味方など関係ないはずだから。
「心配しなくても、ワタクシたちに向かってくることはないわ!」
「なにを……!?」
「さあ、姿を現せ! 我が兵器よ!」
――グウウウアア
低い唸り声が聞こえた。
肌をさす怒気に、息がつまる。
「なに……あれ」
王妃の言葉に応える様に現れたのは、巨大な魔物だった。
ムルー山で見た魔物の倍はあるかという体躯。
立っていられないほど、昏く重い瘴気。
けれど、私が驚いているのはそこじゃない。
魔物の大きな体を覆うようにまとわりついた糸。
それこそに目を奪われる。
糸は王妃の指輪につながっており、容赦なく魔物の全身を締め上げていた。
そのたびに、魔物の身体からはインクのような黒い液体がこぼれ落ちている。
まるで魔物の自由を奪う、いきすぎたリードのようだった。
「この魔石は特別でね、金目政策で集めた者達の力を使っているの。魔物を縛る枷としてね。ここまでの強度にするのに時間がかかってしまったけれど、これがあれば魔物ですら意のままに操れるの! ふふ、味方にできるのならこれ以上の戦力はないわね」
「あなた、本当に……っ!」
言葉が出てこない。
魔物のあの怒気が、分からないとでもいうつもりだろうか。
忌むべき人間に従わされ、怨念のこもった唸り声が。
それに、あの魔石を作り出すために、いったいどれほどの犠牲者を出したのだろう。
どこまでも自分勝手な人だ。
「あははは! 何をいっても、生き残った方が正義なのよ! さあ、化け物! さっさとそいつらを食らっておしまいなさい!」
王妃が命じ、糸が動き出す。
魔物は黒い液体をまき散らし、苦痛に悶えながら雄たけびを上げた。
「!」
一直線に私へと突進してくる。
でも、私の後ろにはフューリと戦ってくれている仲間たちがいる。
私が避けたり、逃げたりしたら、どう考えてもそのまま彼らにツッコむだろう。
私を信用して背中を任せてもらっている以上、何としても食い止めなければ。
私はとっさに対魔結界を張った。
人やモノを止める「対物結界」は張れないけれど、「対魔結界」なら張れる。
だから、この魔物も止められるはずだ。
――ガアン!!
すぐに魔物がぶつかり、激しくゆれた。
「っく!」
魔物は大きく、鋭い爪で結界を壊そうと何度もぶつかってくる。
とっさに張ったものでは長く持たないだろう。
固まっていては、一網打尽にされてしまう。
「ジーグ殿下! 国王を連れてこの場を離れて!」
「っ! だがお前は」
「いいから早く!」
まだ治癒も施せていない国王に、これ以上のダメージが入ってしまうのは避けたい。
戦いのまっただ中で、安全な場所も何もないのは分かっているが、私の近くよりはましだろう。
魔物の狙いは私に向いているのなら、近くにいても危険なだけだ。
「っ! すまん!」
ジーグ殿下はぐったりとしている国王を背負って離れていった。
これで気がかりは一つ減った。
けれど、結界で押しとどめているだけでは決め手に欠ける。
浄化の「鳴神」を使わなくては魔物を浄化できないが、あれは極度の集中力と体力を必要とする。
結界に集中力をさきつつ、だなんてできるかどうか……。
だって今までは、誰かが押しとどめてくれている間に集中力を高めて打っていたから……。
(せめて、もう一人いてくれれば……!)
セイラス様が頭を過る。
こんなとき、彼がいてくれたら頼もしいのに。
焦りが汗となって、首筋を流れ落ちる。
「魔物は1匹だけじゃないのよ!」
「!」
奥からどんどん魔物が湧いてくるのが見えた。
一体、何体いるのか。
このままでは、いずれ私の気力は尽きるだろう。
その前に何とかしなければ。
(やれるか、じゃない。やるしかないんだ!)
覚悟を決めて、より強い結界を生み出す。
謁見の間をぐるりと囲うように伸ばし、魔物が入り込めるスキマを埋めた。
もちろん、いくら強い結界を張ったとはいえ、何度も魔物から攻撃を受ければ、壊れてしまうだろう。
それでも。
(数分の時間が稼げればいい。それまで、どうかもって!)
「なに!? っく! 我が同胞よ! 聖女を狙え!! 結界を壊し、魔物をこの場に入れるのだ!」
「させるかっ!」
「僕らを倒さずに、彼女の邪魔をできると思わないことだなっ!」
「っち! 小癪な!」
何をするのかを悟ったのか、王妃の焦った声が聞こえた気がした。
けれど、フューリのことは彼らに任せて集中を止めない。
彼らを信じているから。
心を落ち着かせて瞳を閉じる。
結界が壊れるのが先か、鳴神の言葉をつむぐのが先か。
時間との勝負だ。
『遍く大空に座すモノよ。地の物語を聞け。語れ、命よ。紡げ、唄を。我、そのすべてに祈ろう』
ガンガンと音がする。
バリバリという、ひびの入る音も聞こえた。
それでも、紡ぐのをやめない。
『光よ、我が願いに応えよ――“鳴神”』
その言葉を紡ぐのと、結界が割れる音がした。
目をあけると、目の前には魔物の大きな口が迫っていた。
そして……
――ゴロゴロゴロ、ドオオォォンン!!
辺りは一面、白く染まった。
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