第58話 別れた袂がつながるとき
私は意外と強欲だ。
「それに」
私はにかりと笑ってみせる。
「私、場を乱すことには定評があるの。王妃の手の上で転がる様な、おとなしい玉じゃないから、思惑通りになんて動いてやらないよ!」
皆に言われた。
予想外な動きをしないでくれって。
あのセイラス様ですら、私の行動を予測することはできないらしい。
なら王妃なんて目じゃないはず。
いつも通り突っ走れば、勝手に乱れてくれるかもしれない。
「それにセイラス様もああ見えて腹黒だから。きっと罠に掛かったふりでもして、反撃のチャンスを伺っているかも。レナセルト殿下もおとなしく捕まってはいないと思うよ?」
あの二人に限っては、ふしぎと確信があった。
心配しているのは本当だし、助けに行きたいと思ったのも本当だ。
けれど彼らなら、きっと助けに行かなくても自力で何とかできると思う。
これが信頼というものだろうか。
それに。
「今は魔術師さん達もついている。王国中が敵になっていたとしても、皆がそろえば、何とかなるわ」
「……はっ! お気楽だな。結局は他人に頼るだけじゃないか」
「……確かにそうかもね。だって聖女だなんだと言われても、できないことのほうが多いから」
出来ないことであれこれと悩むより、任せられる誰かがいるのなら、頼るべきだ。
その代わり、できることをやる。
私の場合、戦闘や腹の探り合いでなんて役に立たない。
けれど魔物や邪神を相手にするのなら任せてもらえる。
「お互いを信頼しているからこそ、背中を預けられる。仲間って、そういうものでしょう?」
そう言いつつ、部屋の奥にあるドアを見た。
「ああ、そうだな」
第三者の声が聞こえた。
第一王子は目を見開いて振り返る。
そこには、いるはずのない男がいた。
「レナセルト……。なぜ」
部屋に踏み入れてきたのはレナセルト殿下、その人。
その後ろにはノクスさんの姿も見える。
二人はあっという間に第一王子とララフィーネ伯爵を取り押さえた。
抵抗らしい抵抗をする暇もなかった。
「っく! レナセルト! なぜお前がここに……。いや、いつから……!」
「……兄上が、オレと引き換えに聖女を突き出すという話をしているときくらいです」
レナセルト殿下の言葉に、第一王子は目を見開く。
そして後方で取り押さえられているララフィーネ伯爵をにらんだ。
「謀ったか、ララフィーネ!!」
「……謀るもなにも、わしは初めから貴方についてはおりますまい」
「なにっ!?」
ノクスさんは、取り押さえていたララフィーネ伯爵を開放する。
そしてララフィーネ伯爵は、ノクスさんに跪いた。
「わしの願いを聞き入れてくださり、感謝申し上げます」
「いい。君の思想は僕の目的と同じだった。ただそれだけ」
「な、何だというのだ!? おい、説明しろ!!」
第一王子は、当たり前のようにうなづき合っているノクスさんたちをみて、目を白黒させる。
状況が替わりすぎて、ついていけていないようだ。
「説明もなにも、貴方自身言っていたではないか。わしは目的の為だけに動く、と」
ララフィーネ伯爵はあきれ顔でそうこぼした。
「貴方とわしは、目的が同じだった。だから今まで従ってきた。けれど、こうなった以上、貴方のやり方では、もう守り切れない。どんな手段を使っても、あの方との約束を守る。それがわしの役目。だから乗る舟を変えただけのこと」
「何をいう!? 俺が、俺が守らなければ!! ……っ!」
第一王子は悔しそうに言葉を飲んだ。
自分ではもう、守ってやれないということに気がついているのだ。
「エメシア様。遅くなりました」
ノクスさんがやってきて、縄を解いてくれる。
やっと落ち着いて息ができた。
「ありがとうございます。どこまでが作戦なのか、ひやひやしました」
「ゴルンタでの奇襲は想定外でしたからね」
お互いに顔を見合わせて苦笑いになる。
実はレナセルト殿下奪還作戦が始まったとき、ララフィーネ伯爵がどういう立ち位置にいるのかを聞いていた。
不安要素である第一王子の本心を暴く為に、ララフィーネ伯爵の裏切りアクションを入れる。
その間に別行動のノクスさんが、囚われたレナセルト殿下を救出に行くという手はずだった。
ただ王兵の急襲で、タイミングが早くなってしまった。
だからわざと数個経由地をとばして、ララフィーネ伯爵の元に送られた。
捕まっている間に時間稼ぎをしていたのだ。
「それにしても、ララフィーネ伯爵の正体には驚きました」
ララフィーネ伯爵は昔、レナセルト殿下の母君に仕えていた下男だったらしい。
母君が亡くなられてから、追い出された乳母と数名の使用人は王妃の命で命を狙われた。
切り捨てられて放置され、仲間が死んでいく中で、ノクスさんと出会ったのだ。
彼は主人の願いの為に、身分も、姿も変えて王国に潜んでいた。
その全ては、主人の忘れ形見、レナセルト殿下を守るため。
なんとも忠誠心の高い人だ。
「……兄上」
レナセルト殿下にとっては驚きの事実だっただろう。
今まで散々虐げてきた相手が、本当は自分を守るために奔走していただなんて。
いきなり言われても信じられないのもムリはない。
切なげに掛けられた声に、第一王子は沈黙を貫いた。
拘束が解かれても、顔を上げることはない。
第一王子も、自分がやってきたことがよくないことだということは分かっているのだろう。
面と向かって「お前のため」というつもりはないらしい。
「……思えば、王妃に命じられ外にでて狙われたときも、城内で狙われたときも。兄上が現れてから流れが変わった。あれは、兄上がそうなるよう、仕向けてくれていたんですね」
「……」
「オレは、城で居場所がないと思っていた。母が死に、誰もがオレの傍から消えていったから」
「……」
「でも、あったんだ。確かに、ここに」
ジーグ第一王子も、ララフィーネ伯爵も。
レナセルト殿下を思う人は、確かにいた。
形は違えど、ずっと近くに。
「オレは、それが嬉しい。だってオレはもともと、兄上を嫌いになりきれていなかったから」
「……え?」
ひどく穏やかな声に、第一王子は顔を上げた。
「ようやく見てくれた。……オレを守ろうとしてくれていたのは、とてもうれしいです。でもオレは戦います。この国を、守りたい。変えるために。そしてできるのならば、兄上と共に」
「……レナセルト」
「だから、協力してくれないか」
レナセルト殿下は静かに手を差し伸べた。
「……いいのか。俺が……俺は……お前に数えきれないほどの苦痛を」
「オレを助けるために兄上だって辛い思いをしたはずです。だから言いっこなしですよ」
「……そう、か」
第一王子は、泣きそうになりながらもほほえんだ。
袂を分けた道が、もう一度つながったのだ。
弟の為に、何も言わずに離れていった兄。
その方法しかないのだと、弟を傷つける度に自分も傷を負っていた。
一人で抱えてしまった結果、自分も弟も追い込む形になってしまった。
(……兄っていうのは、皆そんな風なのかな)
気を失っているときにみた夢を思いだす。
私にも兄がいた。
うっすらと戻った記憶の中に、白い大きな背中があった。
攫われていく私を、自分を犠牲にしてまで守ろうとした兄が。
だから庇われる側の気持ちはよく分かる。
「勝手に決めて、自分の前からいなくなられるなんて、嫌だ。一人で抱えずに、ちゃんと相談してほしい。そう思う。だよね? レナセルト殿下」
一人で抱え込まないでほしい。
相談してほしい。
自分も頼ってほしい。
守られるだけは嫌だから。
「当たり前だ」
問えば、力強く頷かれる。
「じゃあ、もう終わらせよう?」
私はレナセルト殿下と第一王子の……いやジーグ殿下の手を結ばせる。
固く、もう離れないように。
思い合っている人が引き離されないように。
悲しみを断ち切るために。
私たちは立ち上がった。
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