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第57話 諦めない


 目的の為なら――レナセルト殿下が生きる為なら、どんな手段でも使う。

 話が本当ならば、彼はそういう人らしい。


 第一王子の目は冷酷れいこくな光を、けれども強い信念をそなえていた。


 恐らく、第一王子のレナセルト殿下を想う気持ちは本物なのだろう。

 けれど……。



「……それなら、私を突きだすだけじゃだめだと思う」

「……なに?」


 気がついたら口にしていた。

 第一王子はわずかに目を見開いた。



 本来だったら説得を試みるべきところだと思う。


『そんなことをされて、彼が喜ぶと思うのか』

『レナセルト殿下は、兄にそんなことをさせたくはないはずだ』


 マンガや小説では、そんな言葉が掛けられる場面だろう。

 けれど私は、そう言い切れるほどレナセルト殿下のことを知らない。


 彼が兄をどう思っているのかなんて、分からないのだ。



 だから、今言うべきこと。

 それは……。


 私は真っ直ぐに第一王子と向き合った。



「だって私と交換したところで、王妃が邪魔に思っているレナセルト殿下を放置することなんてないでしょう?」

「だから生存権をもらうと……」

「それ、確実に守られると思う? これまで散々、彼を殺そうとしてきた人が?」

「それは……」


 私の言葉に、第一王子は口ごもった。


 人を道具と思っている人間が、誰かとした約束を守るとは思えない。


 それに、私を得るためにレナセルト殿下の生存を約束したとして。


 受け皿がなくては復活させられないはずだ。

 普通に考えて、私を得た瞬間にレナセルト殿下も手に入れようとするだろう。



 だから……。


「本当に助けたいのなら、私と()()をしましょう」

「……取引?」


「そう。レナセルト殿下を本当に守りたいなら、王妃をどうにかしなくちゃ。私たちは今、フューリを、そして王妃を止める為に動いている。だから、レナセルト殿下を思うのなら、あなた達にも手伝ってほしいの」

「……」

「そうしてくれるのなら、少なくともすべてが終わった後、彼は自由に生きられる。それは保証するわ」


 第一王子はいぶかしげに眉をひそめた。


「魔術師どもはララフィーネ伯爵1人にも出し抜かれ、教皇は死地へ向かわせられ、無様ぶざまに捕まった上に、国中が敵に回っているお前たちにつけ、と?」

「うん」

「っは! 冗談じゃない! 母上の手の上で踊らされていたお前らについたところで、先など見えている。それだったらまだ、これまで通り、俺が守っていた方がいいに決まっているだろう」


 第一王子の目を真っ直ぐに見つめ続けるも、嘲笑ちょうしょうと共に吐き捨てられてしまった。

 けれど諦める訳にはいかない。


「それはどうだろうね?」

「何?」


 わざと挑発ちょうはつするように笑ってみせれば、眉が吊り上げられた。


「あなたはレナセルト殿下の為だったというけれど、それが本当に彼の為になっていたと思う?」


 小首をかしげて見せると、少しだけ瞳がゆれたのが見えた。


「レナセルト殿下、ムルー山でも死にそうになっていたよ。受け皿にするつもりだったのなら、恐らく弱らせることが目的だったんだろうけど。一歩間違えれば、今、この世にはいないでしょう」


 たしかに、あのときレナセルト殿下は死にかけていた。


 私がいなかったら、間違いなく死んでいただろう。

 魔物のことももちろんだが、がけ崩れの件もある。


 さすがに、あの高さから落ちたら無事ではすまない。

 間違いなく殺意があったと言える。


 あれを仕組んだのは、恐らくフューリ。

 そしてそれは王妃の命だった可能性が高い。


 もしかしたら、レナセルト殿下が死んだら、第一王子を受け皿に変更するつもりだったかもしれない。


 第一王子自身、その可能性には気がついていたのだろう。


 動揺どうようが見て取れた。



「……それに、幼いころから何度も狙われてきたって言っていた。だから彼、表情を無くしてしまった。心を殺していないと、生きていられなかったから」


 きっと無表情でいるのが、彼の世渡り術だった。

 なにも感じていないように振る舞わなくては、生きていけなかったのだ。


「そんな状態で生きていくって、人によっては死ぬよりも辛いことだと思う。結局あなたは、守っているつもりで、身も心も守れていなかった」

「……さい」

「それでもそのまま生きていてほしいっていうのは、()()()()()()でしかないじゃない」

「うるさい! 黙れっ!!」


 えり首を雑に掴まれて引き寄せられ、震える声で叫ばれる。

 近づいた顔に、荒い息が掛かった。


「お前に何が分かる!!」


 怒りと、悲しみ。

 それらがごちゃまぜになって、迷子になってしまっている。


 正解が分からないから、暗闇の中にいる。

 それがまた不安を増していく。


 だから叫ぶことしかできないでいる。


 その叫びには、答えを求めるような悲痛さが隠れていた。


「わかんないよ! あなたのことなんて、これっぽちもね! でもこのままじゃダメだってことは分かってる」


 だからこれは、今、言わなければいけない。

 

 私だって、正解なんてわからない。


 でもこのままだと、誰も助からないことだけは確かだ。

 私も、レナセルト殿下も、第一王子だって。


「もしもあなたが、私と引き換えにレナセルト殿下を手に入れたとして。王国がめちゃくちゃになったのを見たら、彼、絶対にじっとなんてしていない。何がなんでも王妃の邪魔をしようとするよ。そうなれば、あなたのしたこともムダになる」


 あのレナセルト殿下が、そもそもじっとしているわけがない。

 命がある限り、あらがい続けるだろう。


 彼の兄に対する感情は、分からない。

 けれど、国のことを真剣に思っているのは知っている。


 だから、それは間違いない。


「そんなこと、そのときにならねば分からんだろうが!」

「分かるよ! あなたのことは知らないけれど、彼のことは知っている。少なくとも、ずっと距離をおいていたあなたよりは、彼のこと分かっているつもり」

「っ!」


 私の言葉を受けて、第一王子の目が大きく見開かれた。

 唇もかすかにふるえている。


 やがてえりから手が外された。



 彼はよろよろと後ずさる。

 言葉に詰まった彼は、震える手で口を覆った。


「……じゃあ、どうすればよかったっていうのだ」


 弱々しくつぶやかれた声は、消えてしまいそうなほどか細い。


 彼もまた、一人孤独(こどく)に戦い続けてきたのだろう。


 誰にも言えずに、周りも敵だらけで。

 それでも弟を守ろうと必死で……。




「……皆、一人で何とかしようとしすぎなんですよ。レナセルト殿下も、あなたも」


 一人でできることなんて、たかが知れている。

 相手取るのが強大なものであれば、なおさら。



「私も最近、1人でやらなきゃと思って悩んでた。この役目は私にしかできないからって」


 レナセルト殿下が私のせいで捕まり、セイラス様は死地へ向かわされて、初めてこの世界で一人になった。


 なんとかしなきゃと、気持ちばかり焦った。

 焦りで視野が狭くなった。


 周りが見えなくなって、一人で全部をやらなきゃと思った。


 そして絶望した。

 自分にできることなんて、なんにもないんだって。


「……でも違った。一人でできることなんて、きっと、ほとんどない」



 ……私には、2人を助け出す力はない。

 それでも、邪神や魔物、瘴気を浄化する役目を与えてもらえた。


 できることを、できる人がやる。

 替わりに、できないことは、誰かがやってくれるから。


 だから人は、誰かと生きるのだ。

 家族や友人、そして仲間たちと。 


 一人でできることが少ないからこそ、誰かを助け、そして助けられて生きていく。



「一人一人の力は小さくても、集まればできなかったこともできるようになる。諦めずに挑み続ければ、いつかきっと道ができる。だから、私は諦めない。どんな状況でも、あがいてみせる」

「……レナセルトは捕まって、教皇は死地に追いやられて、お前は俺に捕まっているのに? この状況でも諦めていないというのか?」


 真っ直ぐに見つめれば、第一王子の目はゆれていた。

 まるで、迷子の子供のようだ。


「そうね。確かに状況は最悪。でも……きっと誰も諦めてないと思う。誓ったから。この国を変えるって。みんなで、変えるって」


 初めはただ受け身でいた。

 コミュ障やビビりを理由に、人を避けようともした。


 でも誰かを知るたびに、この国を知るたびに。


 放っておくことなんてできなくなっていた。

 大切な存在に、居場所になっていたのだ。


 だから変えたい。

 私は、意外と強欲ごうよくなのだ。


ここまでお読みいただきありがとうございました!


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