第55話 ジーグの目的
『なぜ、こんなこともできないのだ!』
目の前に立つ男は、いつもそう言って赤髪の少女をぶつ。
体中があざだらけで、どこもかしこも痛い。
『全く。高い金を払って買ってやったのに、まるで役にたちやしない。あの男達、この儂を謀ったか! なにが「史上最高の金目の持ち主」だ! これなら今までの子供の方が、聖女役をこなせていたではないか!』
男の怒号が響き渡り、脳が揺れる。
ああ、いったい、いつになったらここから解放されるのだろう。
少女は虚ろな目で、ただそう考えていた。
ここにつれてこられて、一体どれだけの時間がすぎたか。
ずっと薄暗い屋根裏に繋がれていては、時間の感覚も、正常な感情も失ってしまう。
自分の役目とは、一体何だったのか。
何を望まれて、ここにいるのか。
少女には、分からなくなっていた。
もう自我すら失いかけていたのだ。
そんなとき、落雷の音と共に、金色の光に包まれた。
赤髪の少女は泣き声で目を覚ました。
体の感覚は、ふしぎとなかった。
ただ、自分と同じくらいの茶髪の女の子が、ひどく悲しそうな声を上げているのを上から見ていた。
黒い服に身を包み、一人で泣き続ける女の子。
その周りには、顔のない大人たちが集まり、皆口々に何かを言っている。
『運命だったんだ』
『もう受け入れなさい』
『仕方がないんだよ』
女の子は、そんな言葉を聞くたびに、声も上げられなくなっていく。
『子供を庇って……』
『親の鏡じゃないか』
『これが2人の運命だったんだな』
その言葉が、どれほど女の子を傷つけているか、分からないのだろう。
女の子が、どれほど苦しんでいるか。
そんなの、彼女をひと目見れば分かることなのに。
少女の目には、その光景が残酷なまでに焼き付いた。
ああ、誰もこの子を見てくれる人なんていないんだ。
そんな女の子に、少女は自分を重ねた。
少女も、女の子も、一人で受けきれない傷を抱えていた。
お互い、一人では抱えきれないものを持っている。
一人では、その重さに潰されてしまう。
だから……。
少女は女の子に手を伸ばした。
もう消えかけの自分でも、彼女に寄り添うことはできるはずだから……。
(彼女の傷を埋めよう。……傷が癒えるまで)
遠慮のない言葉で負った傷を、「私」という存在で覆うように。
これ以上彼女が壊れてしまわないように。
少女は……いや、私は……。
初めから彼女の一部だったとでもいうかのように、自然に溶け込んで、消えていった。
それがエメシアとして見た、最後の記憶だ。
……そうだ。どうして忘れていたんだろう。
あの少女は、私の過去。
私はもともと、この世界に生まれていたんだって。
◇
「う……」
ひやりとした冷たいものを頬に感じ、目を開く。
私は、石畳の床の上に転がっていた。
鉄格子の窓から入るわずかな月明かりで、うすぼんやりと浮かび上がる部屋。
そこは、牢屋のような場所だった。
(……捕まった、ってことかな)
未だに力の入りにくい体を何とか起こそうとするも、手足に違和感があり、うまくいかない。
何かに締め付けられているような感覚だ。
恐らく縛られているのだろう。
これではとてもじゃないけれど、逃げ出すことはできそうにない。
「お目覚めかな?」
「っ!」
そのとき、暗闇の先から声がかかった。
まだ暗闇に慣れない目で声のした方を見つめれば、予想通りの人のシルエットが浮かびがる。
「……ララフィーネ伯爵」
「いかにも」
月明かりのとどく場所に現れたのは、味方と聞いていたはずの老紳士、ララフィーネ伯爵だった。
一人だけ転送された先、ララフィーネ伯爵の屋敷で、私は捕まった。
つまり、彼が裏切り者だったということ。
「どうして……」
「それを聞いたところで、どうするというのです?」
ララフィーネ伯爵は無表情で見下ろしてきた。
以前会ったときの朗らかさもない。
まるで別人だ。
「あなたも、フューリなの?」
「……」
まるで私の言葉が聞こえていないとでもいうように、ぴくりとも動かない。
「そいつに何を聞いたところで、無駄だぞ」
そのとき、闇の奥がうごめいた。
どこかで聞いたことのある声に顔を向ける。
「こいつは目的の為だけに動く男だからな」
「あ、あなたは……!」
闇の中に浮かぶ2つの赤い目。
月明かりを受けてより煌めく金色の髪。
それはまさに……。
「第一王子!?」
「ああ、そうだ。言っておくが、助けなど来ないぞ」
間違いなく、第一王子ジーグ・トゥル・アルカディエその人だ。
けれど、今まで見てきた彼とは似ても似つかない程、強い意思の宿った目をしていた。
「この場所は俺しか知らない、秘密の場所だ。だから助けも来ないが、フューリのジャマも入らない。俺の目的のため、ここにつれてきた」
恐ろしいほど冷ややかな視線を浴びせられて、身を固くする。
喉に力を入れていないと、悲鳴が出そうなほど威圧感を放っていた。
今まで見てきた第一王子のイメージからは想像もつかない姿に、驚きを隠せない。
けれど、怯んでいる場合ではない。
「どういうこと?」
声が震えないように力を入れて、口にする。
第一王子はフューリのボスである王妃の息子なのだから、私を捕らえたのならそのまま王妃の元に差し出すはずだ。
けれどそれをせずに、自分しか知らない場所に閉じ込めた。
それが示すことは……。
「あなたの目的は、フューリとは違うとでも言いたの?」
「察しがいいようで助かる」
第一王子はニヤリとわずかに笑みを作った。
私の前に屈み、視線を合わせてくる。
「お前には、弟のために犠牲になってもらう」
「弟……?」
その視線は真剣そのものだ。
うそを言っている気配はない。
けれど。
「……なに、言っているの? あなたは……レナセルト殿下を毛嫌いしていたじゃない。それなのに、弟のため、なんて」
今までの第一王子のレナセルト殿下への態度を思いだす。
とんでもない暴言を吐いたり、暴力を加えたり……。
とてもじゃないが、弟思いの兄だなんて思えない。
なにか裏があるに違いない。
「お前は、勘違いをしているようだな。俺にとっては、フューリも邪神も、聖女も。何もかもどうでもいい。……弟、レナセルト以外は、な」
第一王子は疑いの眼を受けても、すましたままそう言ってのけた。
フューリの思想も、聖女の神話も、等しくどうでもいい。
やるのなら勝手にやっていろ、とでも言いたげな目線に困惑する。
彼は、少しだけ目を伏せた。
「知っているか。あいつは……レナセルトは、邪神の受け皿になるためだけに産まれた子だ」
「っ!?」
「邪神が復活するには、力の強い依代が必要だからな。王妃は、あいつの身体を捧げるつもりだった。本当なら8年前……そうなるはずだった」
彼の口からは悍ましい言葉があふれてきた。
身体を受け皿に。
それが意味することなど考えたくもない。
それに、そのためだけに生まれてきた、だなんて……。
まるで道具のような扱いに、怒りが腹の底からふつふつとわいてきた。
「だが、そうはならなかった。なぜか分かるか?」
「……」
「俺が無能だったからだ。いや、無能のように振る舞っていたから、と言った方がいいか」
第一王子は独白のようにつむぐ。
遠い記憶を思い起こすかのように、その瞳はどこか遠くを見つめていた。
「『第一王子』が手の付けられないほどの問題児ならば、スペアを簡単に消すことができなくなる。だからずっとバカを演じてきた」
今まで見てきた第一王子の姿は、全て演技だったというのだろうか。
全てはレナセルト殿下を守るためだと……。
「……そうやって守って来た。けれど、もう意味がない。聖女が……最後の鍵が、現れてからは」
「っ」
冷たい瞳でにらまれて、首をすくめる。
底冷えのする、くらい瞳だった。
「邪神を呼び起こす道具がそろってしまった。王妃は邪神を諦めない。何が何でもお前を贄に、レナセルトを器に、呼び起こすだろう。そうして王国を掌握してしまえば、俺が無能であっても関係ないからな」
「……」
とても信じられる話ではない。
だって、どう見ても第一王子のレナセルト殿下への態度はひどいものだったから。
けれど第一王子の様子を見ていると、嘘ではない気がする。
それほどまでに、今まで見てきた彼と違うから。
「信じようと信じまいと、構わない。けれど、レナセルトは今、お前を庇って囚われた。弟はずいぶんと、お前を大切に思っているようだな。……だが俺にとっては、お前よりも弟の方が大切だ。だからお前と引き換えに、レナセルトの生存権を強請る。……悪く思うな」
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