第52話 決意
「雷神は、邪神を止めることに成功した。けれど力を使い果たし、地上には留まれなくなった。そうして生れたのが『聖女』という存在。その後は、知っての通りだ。……これが本当の歴史。人間たちには、ここまで詳しいことは伝わっていないようだがな」
ノクスさんの語る歴史を、私は固唾をのんで聞いていた。
どうして魔物がいるのか、どうして邪神が現れたのか。
今まで考えたこともなかった。
ただ漠然と、敵だから倒さなければいけない存在だと思っていた。
でもそれが本当なのだとしたら、邪神は……いや、炎神は。
「今も悲しみに囚われたままってこと……?」
今もなお、魔物と瘴気を生み出し続けている。
それに魔物と対峙した時に感じた、あの強烈な怒りと悲しみ。
魔物が炎神と同調して産まれたのなら、あの感情は、きっと炎神のものだ。
「……それは分からない。けれど、氷神を失った悲しみは、僕にも分かる。いくら代を重ねても、その悲しみは薄れることなくこの血に刻まれたままだ」
彼はひどく悲しそうに目を伏せた。
「……それでもラプター家は、『地上を、守れ』という主の命に従い、救国の聖女と共に戦った。そうして地上を守ったのを見届けると、隠れて生きるようになった。それが、魔術師の正体。僕ら本家の話だ」
「……古の約束って」
王宮で話を聞いた時、そう口にしていたはずだ。
ようやく、あのときの言葉の意味が分かった。
「そう。だから本家は今も地上を守り続けている。主の愛したこの地を。……今いる本家筋の魔術師は、皆身分をいつわり、使命をはたしている。それが約束だから」
「……」
壮絶すぎて、なにも言えなかった。
なんて、大きなものを背負っているのだろう。
「だが」
言葉に詰まっていると、ノクスさんは区切るように言葉を置いた。
「長い時の中で、人と交わり、純血でなくなった傍系の者達の中には、その使命を忘れた者もいた。魔術を都合のよいように塗りかえて、私利私欲を満たす道具としたやつらがいたんだ」
「……それが、フューリ?」
「そうだ。やつらは150年前、あやまちを犯した。それが王国の乗っ取り事件」
けれど結果は惨敗。
魔術を扱えるとは言え、傍系は金色の目も、強い魔力もない。
だから当時の神殿と王家に返り討ちにされ、壊滅した。
……はずだった。
「けれど逃げていた者もいたんだな。それが……王妃の血筋。王妃の先祖はずっと隠れて再起を狙っていた。平民に溶け込み、貴族につけこみ、のし上がっていった。150年かけて、ついに王妃の座まで上り詰めたわけだ。……これは僕ら御使の失態だ。だからなんとしてでも僕が、止めなければ……」
魔術師同士の関係が、これでやっとわかった。
だから彼は、危険を犯して王宮に潜入していたんだ。
自分が終わらせなければ、という使命感で。
「フューリは王家に入り込んだはいいが、未だ強い力を得てはいなかった。邪神を復活させるにしても、僕らと戦うにしても、力が圧倒的に足りなかった。だから、国中に隠れている魔術師をあぶりだすために『金目政策』を強いた」
「!」
「本家筋の魔術師は、僕のように金に近しい色を持っている。この隠れ里にいる魔術師たちも黄色や茶色のやつらばかりだ」
言われてノクスさんを見つめる。
彼の瞳は、青味のある金色に染まっていた。
そういえば、使用人のおばさまも黄色っぽい目をしていた気がする。
「金目政策の本当の目的は、力のある魔術師をあぶりだし、その力を奪い取ること。そして氷神と縁のある魔術師を贄に、邪神を刺激している。だからこそ、王妃が嫁いできた20年前から、魔物が現れ始めたんだ」
金目政策が打ち出される前は、魔術師たちはそのままの姿で住んでいた。
そのせいで、たくさんの本家筋の魔術師が犠牲になったらしい。
そしてフューリは着実に力を伸ばしていった。
王妃たちの目は金に近しいものではないのに、あれだけ強力な魔術を扱っているのは、つまりはそういうことだという。
「そんな……」
金目政策自体が、聖女を見つける為ではなかったということか。
王家を隠れ蓑にして、自分たちのいいように国を乱した。
自分たちだけが良ければ良いというふるまいに、ギリリと力がこもる。
(人をなんだと思っているの……)
今まで見てきた民を思いだす。
不本意なエリア分けをされて、瘴気と魔物に怯え。
それでも国の為を思えば仕方がないと諦め、我慢していた。
でもそれは、「聖女」というわずかな希望をもっていたからだ。
それなのに「聖女を探す」という目的すら、嘘だった。
初めから解決を望んで作られた政策じゃなかった。
地上を守ってくれていた魔術師たちを、食い物にするための政策だったのだ。
そんなの……
「許せない……」
フューリのしていることは、常軌を逸している。
聞いているだけでも許せるわけがない。
「奴らは、神話の悲劇を繰り返そうとしている」
「え?」
「フューリの振る舞いは、かつて地上を破壊しそうになったときの人間たちと同じだ。他のモノのことを考えず、自分たちだけが富を求める。どんな犠牲が出ようが、知ったことではない。そう言った姿勢が、あの悲劇を生んだ」
まさか今の状況が、神話の悲劇と同じだと言っているのだろうか。
だとしたら、彼女たちだけは……なんとしても止めなければならない。
でも。
(神様がその身を犠牲にして止めた悲劇を、私が止められるのだろうか)
自信など、あるはずもない。
「君は、どうする?」
ノクスさんは真っ直ぐに問いかけてきた。
私の動揺を察したのだろう。
「君は奴らにとっては最後の鍵。やつらに捕まるくらいなら、このまま逃げ隠れていた方がいいだろう」
確かに、私には戦闘力なんてない。
けれど、このまま放って逃げ出せば、遠からずこの世界は崩壊を迎えるだろう。
神様……ベルタード様が言っていた通りに。
だから、その選択をしてはいけないのだ。
それに、その選択肢を選べば、いつも私を守ってくれていた2人を見殺しにすることになる。
そんなのは、絶対に嫌だった。
「冗談言わないで。それを知って、一人立ち止まっているなんてできるわけないじゃない!」
私は確かにコミュ障でビビりだけれど、崩壊すると知っていて見逃してやれるほど、薄情ではない。
どこまでできるかなんて、そんなこと分からない。
それでも、このまま諦めるつもりなんてなかった。
「それに、神様からお願いされているの。『救国』を成し遂げてくれ、って」
初めは、ただこの体に入ってしまったから受け入れてきたことだった。
けれど、今は。
「……それが私の役目だと思うから」
いつの間にか、この国を、世界を、守りたいと思うようになっていた。
それが私の本心だ。
だから、逃げない。
そう強い意思を乗せて見つめれば、ノクスさんはクスリと笑った。
「そう、来なくちゃな」
うなづき合って、どう動くかを話し合う。
絶対に止めて見せるという、決意を秘めて。
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