第50話 ラプターさんの正体
「兄さん……。ボク、悔しいよ。苦しいよ。どうして、姉さんが犠牲にならなきゃいけなかったの?」
くしゃりとしゃくり上げながら、泣き続ける男の子がいる。
男は、そんな幼子の頭をなでながら、唇を噛み千切らんばかりに噛みしめた。
彼もまた、悲しみに苛まれていた。
「姉さんはいなくなった。やつらを助けるために。それなのに、やつらは当たり前のようにその上に立っているじゃないか!」
幼子が指をさす先には、地上の様子が映った水鏡があった。
幼子には、姉の犠牲の上に成り立つ世界が、憎らしくて仕方がなかった。
泣きすぎて赤くはらした目は、かつては輝かしい金色だった。
けれど今、その瞳には黒い炎が宿っていく。
「ボクは行くよ。全部、一からやり直そう?」
幼子の言葉に、男は目を見開いた。
このままではこの子まで失ってしまう。
男は焦燥に駆られ、幼子を説得した。
けれど
「姉さんを奪った奴らを、なんで守ろうとするの?」
幼子の口からもれるのは、見た目に似合わない悔恨の言葉ばかり。
噴き出した黒い炎は、既に幼子の全身を包み始めていた。
「こんな奴ら、守る価値なんてあるはずがない!」
ドロリ、と黒い涙を流し。
「……そうだ。もう一度、初めからやり直したらいいんだ。今を壊して、初めから……」
流れ出た黒い瘴気が、魔物を産んでいく。
彼らはただ、人を襲う。
幼子の気持ちを代弁するかのように。
「そしたら……姉さんも、帰ってくるよね?」
やがて、深い悲しみといきどおりに囚われた幼子は、闇に飲み込まれた。
それは永遠に、終わることのない苦しみに苛まれるということ。
だから……男は覚悟を決めた。
弟を、自らの手で封印することを。
「……許せ、レオナード」
◇
――あはははは!
甲高い子どもの笑い声が聞こえた気がして、目を覚ます。
何度か瞬きをして、見えたのは――。
神々しい月の光が、まるで木漏れ日のように降りそそぐ庭。
巨大な氷の木から舞い散る、桜のような花びら。
行燈に照らされた景色の中、楽しそうに走り回る子供たち。
どこか日本を思い出させる幻想的な場所に、私はいた。
「ここ……?」
あまりに現実とかけ離れた景色に、何をしていたのか分からなくなってつぶやく。
(ここは……どこ? 私は、確か……)
「っ!」
そうだ、思いだした。
王宮の地下で、絶体絶命の状況の中にいたはずだ。
(それで、逃げるって……)
その言葉を聞いた後すぐ、意識が暗転した。
恐らく、転移魔術か何かを使ったのだろう。
ということは、ここは危険な場所ではないのだろう。
もしかしたら、ラプターさんの本拠地かもしれない。
「おい。さっさと離れてくれないか」
「え?」
上から声がかかり見上げると、思ったよりも近くにラプターさんの顔があった。
というか、私が彼に抱き着いて離れないように必死にしがみ付いていた。
「…………おぁ」
思わず両手を上げて後ろに下がる。
訴えられたら確実に負けるだろうが、けしてわざとじゃない。
そこだけは分かってほしい。
「……ついてこい」
ラプターさんは服についた土埃を払って踵を返し、歩いていく。
変な間があったのが気になるが、慌てて追いかけた。
やってきたのはこの場所を一望できる坂の上の屋敷だった。
動きやすい服を用意され、使用人のおばさまに手伝ってもらいながら着替える。
用意されたのはひざ丈のワンピースと、動きやすそうなブーツだった。
正直、パーティー用のドレスでは裾が邪魔でコケそうだし、ヒールのまま走ったので足の限界が来ていたのでありがたい。
その後、案内されたのは応接室だった。
まだラプターさんは来ていないらしい。
「……はあ」
1人になり、柔らかいソファに座ると、一気に疲れが押し寄せてきた。
ごちゃごちゃになっている頭の中を整理しなければ。
まず、私の戦わなくてはいけない相手は――国家転覆をもくろむ「フューリ」。
もう既に、王宮を支配していると言ってもいい勢力だ。
彼らの目的は、邪神を蘇らせること。
その方法は――
(私を……捧げること)
そのためには、私を守ってくれていた2人がジャマだった。
だからこそレナセルト殿下は捕らえられ、セイラス様は死地へと誘い込まれたのだ。
「二人を……助けないと」
でも、どうやって?
私にはレナセルト殿下みたいな逆風を払いのける力も、セイラス様のように知略でおし負かせるほどの知識もない。
聖女としての力はあるけれど、それは対魔物だからこそ効果があるだけ。
魔を払う浄化の力は、人や物に通じることはない。
つまり、敵が人間である以上、私にできることなんてたかが知れているということだ。
むしろお荷物にしかならない。
「……」
目をおおい、ソファに沈み込む。
(諦めたくはない。……でも)
どれだけ考えても、私だけで2人を助ける方法など見当たらない。
仮に大人しく捕まり行ったとしても、あの王妃がその後2人を助けてくれるとは思えない。
それにそれは、命がけで守ってくれている2人のことも、聖女を待っていた民からの期待をも裏切る行為に他ならない。
私が一つ判断を間違えれば、取り返しのつかないことになってしまうのだ。
「……はあ」
実質手詰まりだ。
「……でも、一人で悩んでいても仕方ないよね。だから、ラプターさんから話を聞かないと……」
私はこの世界のこと、魔術師のこと、敵のこと。
そのすべてにおいて知識不足。
なら、知っていそうな人の協力を得なくては。
どれだけ考えても、一人では何もできないのだから。
「入るぞ」
ちょうどそのとき、着替え終わったラプターさんが入って来た。
破れてしまった服から、軍服のような動きやすそうな服になっている。
「待たせてすまなかったな」
「いえ。少し落ち着けました」
「そうか」
彼は向かいのソファに腰かけ、足を組んだ。
「さて、ではこれからのことを話そうか。……その前に、聖女に聞いておきたいことがある」
「なんでしょう」
「あのとき、君は魔術師というだけで判断したくないと言った。それに偽りはないか? 僕の話を信じられるか?」
射貫くような視線に、背を伸ばす。
「はい。私は自分の目で見たもの、感じたことを信じたい。少なくとも、あなたが嘘を言っているようには思えなかった。だからついて来たんです」
「……そうか」
真っ直ぐに視線を受け止め、私も彼を見つめてみせた。
やがてラプターさんは視線をそらし、ふっと口に笑みを乗せた。
「いいだろう。ならばその誠意に応じて、僕も話をする必要があるな」
「え?」
ラプターさんはふいに、狐の面に手を伸ばした。
氷色の髪が揺れ、隠れていた顔が現れる。
「……えっ」
目を疑った。
現れた双眸が、青味のある金色に染まっていたからではない。
仮面の下から現れたのが、見知った顔だったからだ。
「ノク、ス……さん?」
グレイス商会の会長。
ラケン街で初めて会ってから、何度か話をするようになった人。
シャープな輪郭に、切れ長の涼やかな瞳。
髪色も、目の色も違うけれど、本当にそっくりだった。
氷色の髪を濃紺に、金色の目をグレーに染めれば、ノクスさんにしかみえない。
「そう。僕はノクス。本名はノクス・ラプター。グレイシス子爵は、仮の姿だ」
そういってほほえむ彼は、ノクスさんそのものだった。
身分を偽った魔術師が、こんなにも近くにいたのだ。
衝撃が隠せない。
「聖女が現れたとき、信用できるかどうかを見ておく必要があった。だから身分を偽って近づいた。そのことは謝ろう」
「……本当に、ノクスさんなんですね」
「ああ。髪も眼も、色変えの術式を用いていた。そのままだと、外に出ることもままならないから」
彼は顔をしかめた。
恐らく、金目政策のことを言っているのだろう。
今はもうなくなったとはいえ、少し前まで、アルカディエでは金色の目を持つ人が住める場所ではなかった。
それは女性に限ったことではなかった。
「君は、『金目政策』の本当の狙いを知っているか?」
「本当の……?」
聖女を見つけるために行われたのではないのだろうか。
そう尋ねるけれど、彼は首を横に振った。
「王妃が乗っ取っている王家が打ち出した政策が、本当に国を思ってのことだと思うか?」
「……」
そう言われると、何も言えなくなる。
ノクスさんは軽く息を吐いて、まっすぐにこちらを向いた。
「まず、そうだな。僕らの話からしておいた方がいいだろう。ラプター家は、遥か昔、氷神に生み出され、お仕えする『御使』の一族だった」
「氷神……?」
「……そうか、そこからだったな。この世界を作り出した3柱、『雷神ベルタード』『氷神ラプティート』『炎神レオナード』の3兄弟のうちの1柱だ。今でこそ、この世には雷神しかいない。氷神は、この地上を守るために自らの力を差し出した……」
ノクスさんは淡々と語っていく。
この世界のことを。
人の世では葬り去られた、歴史を……。
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