第49話 王妃
「あら。ネズミを見つけたと聞いたのだけど……」
「!」
ふいに、聞いたことのある声が聞こえてきた。
ふり返ると、まぶしい光に照らされる。
逆光になっていて顔は見えないが、この声は……。
「――王妃、様?」
少しゆったりとしたしゃべり方。
耳さわりのよい高音。
間違いない。
つい最近聞いたばかりの声だ。
「聖女まで潜り込んでいたのね。ちょうどよかった。手間が省けたわ」
「……ラーシェ・トゥル・アルカディエ王妃」
ラプターさんは警戒しながら王妃の名をつぶやいた。
すぐに臨戦態勢になる。
まるで彼女が黒幕だとでもいうような様子に、背筋が凍った。
(まさか、そんなこと)
否定したかったけれど、逆光の中から姿を現したのはやはり王妃だった。
彼女は、恐ろしい程整った笑みを向けてくる。
その後ろには先ほどの黒フード――フューリの姿もあった。
それが意味するのは……。
「……あなたも、フューリと手を組んでいるの?」
彼女も第一王子と同じように、フューリと手を組んでいるということ。
もしかしたら彼女自身、フューリの一員なのかもしれない。
けれど王妃は一瞬だけきょとんとしたと思ったら、すぐに笑い出した。
「あら。ふふ、うふふ。手を組んでいる、ですって? 変な勘違いはやめてちょうだい。ワタクシこそ、150年前のフューリの生き残りの子孫。今あるフューリは、ワタクシが再建した組織なのよ」
「っ!?」
「苦労したわぁ? ま、でもそのおかげで今、こうしてあんたを捕まえられるから、良いのだけどね?」
「そんな……」
王妃の獰猛な視線が私を射貫く。
つまり私が転生してくるずいぶん前から、この国は侵略され続けていたということだ。
それこそ、彼女が王妃の座についたその日から。
(ラプターさんが「王家がフューリの手に落ちている」って言っていたのも頷けるわ……)
第一王子の歳を考えると、王妃が即位してから既に20年以上経っている。
それだけあれば、城の内部をほぼ掌握していたとしても不思議はない。
王宮自体が、敵の居城だったのだ。
つまり……。
「……このパーティーも、誘い出すための罠だったってこと?」
「うふふ、そうよ。本当は第二王子と婚約させることで、自然と王宮まで来てもらうつもりだったのだけど。……教皇のせいでできなかったから」
「!」
「ああ、あの男がどれだけワタクシたちのジャマをしてきたか! 本当に目障りなやつ!」
やたらと強引に薦めてくると思っていたが、あの話の裏にはそんな計画があったのか。
もしもあのまま流されていたとしたら、最悪な状況になっていただろう。
知らず知らずのうちに守られていたようだ。
「……まあ、それも今日で終わりよ。あの男は、ココには来られない。おびき出されたとも知らずに、今頃ノコノコと死地に向っているでしょうね?」
「!!」
王妃は楽しそうに微笑んだ。
「彼に何をしたの!?」
死地? おびき出された?
なんの話だ。
「あら、何も聞いていないの? あの憎らしい第二王子も知っていたのに?」
「……第二王子って。レナセルト殿下は? 無事なのよね!?」
「生きてはいるわよ? 今はまだ、ね」
「!」
「ただ捕まえるときにだいぶ暴れたみたいだから、時が来るまで大人しくさせているけれど」
そんな。
レナセルト殿下が捕まった……?
(私を……逃がしたせい?)
足元がふらつく。
心臓が、嫌な音を立てた。
「あら震えているの? かわいそうにね。でも心配しなくていいのよ。きっと二人には、向こうで会えるわ」
「……向こうって」
「そうねぇ。神の……腹の中かしら?」
「!」
――だめだ。逃げなくては。
それだけが頭の中を駆けめぐり、じりじりと後ずさる。
「すぐに終わらせてあげるわ。だから、こっちにいらっしゃい?」
王妃は歪な笑みを浮かべ、手招きしてくる。
あまりにも不気味で、身の毛がよだった。
「それを、僕がさせると思うか?」
そのとき、私と王妃の間に冷たい風が吹いた。
ぱきぱきと霜が降りていく。
私はいつの間にか、ラプターさんに抱き寄せられていた。
彼の前には分厚い本が浮かび、白く光っている。
「あら。地下でこそこそ動いてばかりのネズミ風情に、いったい何ができるというのかしら」
「自分の目で、確かめてみたらどうだ?」
瞬く間に氷のつぶてが現れ、王妃へと降り注ぐ。
けれど王妃の前に炎の壁が現れ、氷を阻んだ。
後ろにいたフューリ達が守りを固めていたのだ。
「大した事ないわね」
「さあ、それはどうかな」
私たちの足元に、魔法陣が現れた。
白い光を放って、私たちを飲み込んでいく。
「っ! 同時に2つの魔術を!?」
「長々と手の内を話してくれたからな。その間、動かないわけがないだろう」
「っち! お前たち! さっさと捕まえなさい!」
王妃は命令するけれど、フューリ達は動けない。
よく見れば、彼らの足は氷で張りつけになっていた。
先ほどの冷気で凍らせたのだろう。
「聖女、今は逃げるぞ。しっかりとつかまっておけ」
「っ!」
次の瞬間、私の視界は暗転した。
体が不安定に浮き上がり、感覚が消えていく。
けれど。
これからどうなるのだろう。
どこに行けばよいのだろう。
どうすれば、二人を助けられる?
その疑問は、いつまで経っても消えることはなかった。
◇
「追いますか?」
「いいえ、放っておきなさい」
「え、いや。しかし」
「考えてみなさいな。聖女が魔術師と繋がっていた。そのニュースが表ざたになればどうなるか」
王妃は黒フード達の間を、機嫌よさげに歩いていく。
やつらには逃げられたけれど、手の打ちようはいくらでもある。
聖女が魔術師と通じていた。
事実を知る者からしたら、何か事情があったのだと思うだろう。
けれど、何も知らない者たちが聞けばどう思うか。
「あれは神殿が用意した”偽聖女”。神殿と魔術師が手を組んで、最も尊ぶべき聖女を騙った。国を欺き、乗っ取ろうとしていたの。ねえ、そうでしょ?」
偶然その現場を見つけた王妃が悲鳴を上げ、聖女達は逃走する。
事実がどうであれ、聖女が実際に行方をくらましたこの現状。
自分たちに都合のようにシナリオを書き替えることなど、あまりにも容易いことだ。
「逃げたのは下策。今度は国中が敵になるわ。ふふ、楽しみね」
王妃の目は、獲物をとらえるように鋭く光った。
そこに慈悲はあるはずもなく、ただ淡々と煌めくのみだ。
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