第48話 何が本当で、誰が味方なのか
何が真実なのか。
何が起っているのか。
呼吸の仕方を忘れたように息が苦しい。
「聖女、ゆっくりと息をしろ」
そのとき、涼やかな声が耳に届いた。
潜められた声だったけれど、心に溶け込むように、ゆっくりと。
こくっと頷くと、拘束から解放される。
私は大きく息を吸い込んだ。
すうー、はあ
すうー、はあ
何度かくり返すと、少しだけ落ち着いた気がする。
改めて彼を見る。
聞かなくてはいけないことはたくさんあるのだ。
けれど。
「!!」
彼を見たら、そんなこと吹き飛んでしまった。
荒い息、仮面にとんだ赤黒いシミ、体に張った氷――
ぐったりとして、息をするのも辛いというような状態だった。
よく見れば、肩口の服は破れており、血がにじんでいる。
鋭いもので切りさかれた様な傷だ。
恐らく、かなり深い。
血が滴っていないのは、氷で傷口を固めているからだろう。
彼が敵なのか味方なのかは分からない。
だけど、放っておくなんてできなかった。
彼に近寄り、傷へと手を伸ばす。
「っ!!」
けれど両手をつかまれて、そのまま床に押し倒されてしまった。
荒い息が顔にかかる。
苦痛を押し込めているような息遣いは、聞いているこちらが苦しくなる。
「……何をするつもりだ?」
「ち、治療を」
亡霊さんはまるで手負いの獣だった。
威嚇するように、ざわざわと毛を逆立てている。
「いらない。僕にきやすく触れようとするな」
「そんなに痛そうなの、放っておけないですよ」
「血は止めている。問題ない」
そうはいっても右腕は上がらないようだし、冷静さも欠いているように見える。
私もだいぶ混乱しているけれど、彼よりは冷静に見られていると思う。
そして、いろんなケガの治癒をしてきたから分かる。
この傷は早く治さなければ、熱を持ち、悪化していくだろう。
「強がりはやめてください。それは、我慢でどうにかできるものじゃない。触らないでほしいというのなら触りません。だから治癒を受けてください」
「……」
危害は加えないと、意志を込めてじっと見つめる。
仮面の奥で、金色の光が揺らいだような気がした。
やがて腕の力がゆるみ、上からどかれる。
「……音も光も出すな。やつらに気が付かれる」
「……やってみます」
どうやら治癒を受けることに納得してくれたようだ。
私はさっそく傷口へと意識を集中させた。
光を抑えたことはないけれど、イメージはできる。
光の粒を、空中に出さずに直接体内へ入れる。
いつもより集中して、イメージ通りに力を入れる。
普段の数倍は時間がかかったが、少しずつケガが治っていく。
その傷が閉じかけたとき、亡霊さんは口を開いた。
「……見るからに怪しい人間を治療するなんて。僕が悪い奴だったらどうする気だ。気が付いているんだろ? 僕が魔術師だって」
ふてくされたようにそっぽを向きながら。
咎めるような口調だ。
「……悪い人なんですか?」
「それを決めるのは僕じゃない」
「じゃあ悪い魔術師さん?」
「それは……っ」
そう問うと、キッと睨まれる。
でもなぜか、諦めたように視線を反らされた。
「……魔術師に、良いも悪いもあると思っているのか?」
弱弱しく問いかける声に、少しだけ考える。
魔術師が、全員悪いと決まっているのかどうか。
「……わかりません」
「だったら「けど」」
私は亡霊さんの言葉を遮った。
真っ直ぐに仮面の奥を見つめる。
「少なくともあなたは、悪い人じゃないと思う」
「……」
だって、亡霊さんは攻撃しようと思えばいつでもできるだろう。
それをしないということは、少なくとも対話をする意志があるということだ。
「確かに私は魔術師について、何も知りません。……だから、話しをしたい。判断するのは、それからでも遅くないと思うから」
話をして、どんな人なのか知りたい。
魔術師と言うだけで初めからすべてを否定などしたくない。
だって私がそれをやっては、いけないと思うから。
「聖女」「教皇」「第二王子」
それらは私たちを表す一部にはなる。
でも、それだけでは全てを表せない。
「理想の教皇」と呼ばれているセイラス様は、実は口が悪いことも。
「厄介者の第二王子」と呼ばれているレナセルト殿下は、実は強くて優しいということも。
話をして、初めて気が付けたことだ。
「それと同じです。後からつけられたレッテルだけでその人を判断するなんて、できない。魔術が使える魔術師だからって、それだけで判断したくないんです」
亡霊さんは怪訝な顔をしていた。
仮面の奥から感じる視線が痛い。
「…………変なやつ」
しばらくの沈黙の後、ぽつりとつぶやかれた。
変と言われるのは慣れているから、もうこの際ムシしてしまおう。
「はあ、まあいい。……それで?」
「え?」
「え、じゃない。話、したいんだろう?」
雰囲気が少しだけ和らいだように感じた。
どうやら、話しをしてくれるようだ。
なら、聞くべきことは……。
「……教えてほしいんです。何が起きているのか。あなたのことも……。魔術師は、あなたは何を抱えているの?」
私は、知らなくてはならない。
きっと、大切なことだから。
「……僕はラプター。一族の汚点を始末するため、ここにいる」
「汚点?」
彼はゆっくりと口を開いた。
仮面の奥で、金色の光が揺らいだ気がした。
「魔術師は古の約束を……墓を守る使命を果たすために力を与えられた一族だ。魔術は本来、その為だけに使わなければならないもの。けれど……奴らはそれを破った」
「奴らって……」
「君もみただろう? さっきいた奴ら。奴らはフューリ。150年前、王国乗っ取り事件を起こした一派の生き残りだ」
王国の乗っ取り事件。
確か魔術師が、自分たちが君主たるべきと言いながら破壊に走った事件だったはず。
「魔術は氷神の残した力を消費していく。魔術を使うたび、我らがお守りするべき方がすり減っていく。守るために与えられた力を、私利私欲のために使うなど、許されない。だから僕は本家筆頭として、やつらを止めなければ」
ラプターさんは真剣そのものだった。
彼の話は分からないところもあったけれど、魔術師同士でも敵対し合う関係性だということは分かった。
でも……。
「……王国を乗っ取ろうとしたフューリが、王宮内に……?」
そこだけが頭の中を支配した。
嫌な予感をひしひしと感じる。
私の推測が正しいのなら、王家は……。
ラプターさんは真っ直ぐに私を見た。
それがあっているとでもいうかのように。
「そう。今の王家は、既にやつらの手の中に落ちている。どれほど根を張っているのかを調べるために潜入したが……予想以上に多く、しかもかなり深くにまで食い込んでいた。王家はもはや、味方とは思わないほうがよいだろう」
「……」
なんとなく察していたけれど、改めてそう言い切られてしまうと衝撃が大きい。
王国の指導者が敵に回る。
そんなもの。
(どうしろと……)
魔物とか瘴気とかの前に、「味方サイド」が「敵」とか笑えない。
「もう時間がない。奴らはすでに力を蓄えた。後は……君だけだ、聖女」
「私……?」
先ほども言っていた。
あとは私を捧げるだけだ、と。
「そうだ。君は鍵。邪神を呼び覚ますための、最後の鍵。邪神を封じた雷神。そのいとし子を捧げれば、封印が解ける。だからなんとしても君を手に入れようとするだろう」
邪神にささげる。
つまりは――。
衝撃的な情報ばかりで頭が痛んだ。
ぐらりと世界が歪む。
そんな私に、彼は静かに手を差し出した。
「……奴らにはもはや、道理などない。目的の為ならなんでもするだろう。それは、僕らにとっても都合が悪い。だから聖女、僕らと手を組まないか?」
声色が、仕草が、雰囲気が。
真に迫っている。
とても嘘を言っているようには見えない。
「……」
現実逃避をしても、どこかに隠れても、私が聖女である限り、この問題からは逃れられそうにない。
だったら――立ち止まっている暇などない。
何が本当で、何が嘘なのか。
誰が味方で、誰が敵なのか。
なにもかも分からないのなら、自分を、自分の信じたいことを信じるまで。
一つだけ大きく深呼吸をして、腹を括る。
やれることをやるしかない。
私に、できることを。
私は――伸ばされた手をつかんだ。
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