第42話 Shall we dance?
音楽が鳴り始めた。
私はセイラス様の手を取って、ホールの中央にいた。
どっちを取るか、固唾をのんで見守られる中、メンタルを犠牲にしながらもなんとか選んだのだ。
決め手はエスコートをしてもらっていたから。
ダンスのレッスン中に、先生からエスコート相手と踊るのが一般的だと教わったからだ。
まあ、どちらとも踊る予定だったから、先に踊るか、後に踊るかの違いである。
ところで先ほどから音楽に合わせてステップを踏んでいるが、意外なことにとても踊りやすい。
しっかりとリードしてくれているのだ。
(ゴルンタの街ではダンス嫌いそうだったのに……)
誘われるように、1歩、また1歩。
優雅なステップでフロア全体を渡り歩く。
普通に私よりも上手だ。
というか体格もがっしりしていて安定しているし、相手に合わせるのはそこいらの貴族男性より上手な気がする。
(これで苦手とか言われたら、私は泣くぞ)
こちとら必死にレッスンに食らいついて、ようやく形になったのだから。
恨みがましい目線を送ってしまうと、ふっと笑われてしまった。
「意外でした?」
「……はい」
「ふふ。あなたが私のダンスを見たいとおっしゃったので、頑張ったのですよ」
そう言って笑うけれど、この動きは絶対に前々から上手い人のやつだ。
「騙された……」
「おや、心外ですね。少しでもいいところを見せたいという男心ですよ。あなたに、無様を見せる訳にはいきませんから」
「またそういう……」
「本当ですよ」
ふと、凛とした声が耳に届く。
見上げれば、真剣な眼差しが私を射抜いた。
「私は、あなたにだけは情けのないところを見せたくない。あなたにとっての私が頼れる存在であるために」
その声が、眼差しが。
見たこともないくらい、真っ直ぐに向けられる。
「今までできなかった分も。……忘れないでください。私がこれからすることは、全てあなたの為。何があろうと、どれだけ離れようと、必ずあなたを……あなただけは守るから」
ダンスの途中なのに、頬を撫でられた。
私を見つめる眼差しは温かい。
けれど、どこか悲しそうに細められている。
「セイラス様……?」
どうしてそんなに泣きそうな顔をしているのか。
告げられた言葉が何を意味するのか。
私には分からなかった。
思わず呼びかける。
けれどすぐに音楽がラストに向けて早くなってしまい、なにも言えなくなってしまう。
そのまま流れる川のように自然なフィニッシュを決める。
ワアっという歓声が上がった。
息を切らして彼を見るけれど、もうそこにはいつも通りのセイラス様しかいなかった。
あの表情の意味は気になるけれど、すぐに次の曲の準備が始まる。
ホールから下りれば、すぐにレナセルト殿下がやってきた。
選手交代だ。
「下りてこないつもりかと思ったぞ」
「ふふ。そうしたいところですが、残念ながらもう時間のようですから。……レナセルト。くれぐれも、後のことは頼みましたよ」
「言われるまでもない」
二人はなにやら視線を交わし、すぐに場所を代えた。
レナセルト殿下に手を取られ、私は再びホールへとあがる。
視界の端では、セイラス様に近づくたくさんの人が見えた。
けれど、彼はにこやかに辞退しているようだった。
どうやら、もう踊る気はないようだ。
「?」
それどころか、神官たちと何やら話し込んで出ていこうとしている。
ちらりと見えた顔は険しく、翳っていた。
なにかあったのだろうか。
「聖女。オレに集中してくれないか」
「あ、ごめんなさい」
確かにもう伴奏がはじまっている。
心配ではあるけれど、今はこちらに集中しなければ。
慌てて呼吸を整える。
2曲目に入った。
先ほどとは変わって、軽快な曲調だ。
彼とはすでにゴルンタで踊っていたから、うまいことは知っていたけれど……。
キレのあるステップに、力強いリード。
セイラス様が穏やかな木漏れ日のようなダンスだとしたら、レナセルト殿下は燃え上がる炎のような情熱的なダンス。
けれど、決して相手を置き去りにするようなものではない。
こちらに合わせつつ、より華やかに見えるようなテクニックを取り入れていた。
「相変わらずお上手で……」
完全に実力差がありすぎる。
踊り始めて早々に白旗を上げていた。
「聖女も随分と上手になったじゃないか。体力もついてきたようだし」
「それはどうも……。でも、正直もう限界なんですが」
「ふ、2曲でか?」
「十分でしょう?」
もともと2曲以上踊るつもりもなかったのだし、2曲分踊れただけも偉いだろう。
これが終わったら、後は休憩室にでもおじゃまするつもりだ。
「ああ、まあな。聖女のことだ。この後は踊るつもりはないのだろう?」
「ご想像の通りですけど?」
「ならちょうどいい。休憩がてら、庭を見に行かないか?」
「庭?」
てっきり何か言われるかと思ったが、そうではないようだ。
確かに庭ならば、ホールよりは人が少ないだろう。
それに、火照った体を休めるには外の空気はちょうどいい。
「でも、会場を出て大丈夫なのですか?」
「庭なら解放中だし、敷地内だから問題ないだろう。教皇は席を外すらしいが、警護にはオレが付くしな。心配ない」
彼がそう言うのなら問題ないのだろう。
少し考える。
(まさかパーティー中に何か仕掛けてくるなんてこともないだろうし……)
誰かの視線に常にさらされ続ける室内よりも、庭をみている方がよっぽど気が楽だ。
それに、レナセルト殿下と一緒なら危険も少ないだろう。
「……そうですね。じゃあお言葉に甘えて」
「決まり、だな」
レナセルト殿下は少しだけ口角を上げた。
そのまま曲はラストスパートに向けて早くなっていく。
ジャーンとひと際大きな音がホールに鳴り響いた。
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