第38話 求婚
第一王子の問題発言から数分後。
私たちは晩餐用に設えられた広間に通されていた。
「まったく……」
国王が、盛大なため息を吐いた。
しかめっ面で頭を抱えている。
それほどまでに、第一王子には手を焼いているらしい。
「陛下、第一王子も悪気があったわけでは……」
対する王妃は、第一王子を擁護していた。
自分の息子だからひいきしているのだろう。
(いや、息子が可愛いならしつけくらいちゃんとしてほしいな)
「悪気のあるなしは関係ない。教皇よりも、国王よりも尊ぶべきお方である聖女様に、あのような発言をされるなど……言語道断だ。そこのところ、どう考えておいでか」
隣からは、感じたこのないほどドスのきいた声が聞こえてきた。
先ほどからずっと真顔のままのセイラス様だ。
私はセイラス様の隣に座って、遠い目をしていた。
(バチボコにキレてますやん……)
頭を抱えた国王、バチボコにキレた教皇。
国のトップに立つ二人を、一言でこんな状態にできてしまう第一王子、末恐ろしいな。
そんな現実逃避しかできない。
「その女が聖女だって知らなかったんだから仕方あるまい? それに、俺には他国の姫が嫁いでくる予定なのだから、正妃にはできないだろう?」
「貴方は黙っていなさい!」
奥の方で第一王子が何か喚いていたけれど、すぐに王妃に口をふさがれた。
というか、以前にあいさつを済ませている人を覚えていないとは。
行動だけではなく、頭もそんなに良くなさそうだ。
(なんで第一王子に王位継承権残っているの??)
国王が頭を抱えている時点で、はく奪すべきじゃないだろうか。
まあ、考えるまでもなく正妃のせいなのだろうけど。
自分の子を国王にすることに躍起になっているのだろう。
(いや、もう無理でしょう。やめとこうよ……)
だってさっきの一言で、セイラス様の醸し出す空気がさらに冷たくなったし、第二王子は眉間をつまんでため息を吐いていたし、国王はコメカミを抑えていたから。
王なんて、自分の言葉に最も責任を持たなくてはいけない立場だ。
それなのに、第一王子にはちっとも反省が見られない。
「もうよい。第一王子は部屋で謹慎しておれ」
「父上! なぜです!?」
「黙れ! さっさといかんか!!」
第一王子は、兵につれられて退場していった。
「聖女よ、愚息が申し訳なかったな」
「本当にごめんなさいね。あの子ったら、聖女様のことを気に入っちゃったみたい」
「あ、ははは」
シンと静まり返った部屋で、国王と王妃は頭を下げた。
苦笑いしかできない。
聖女という立場上、すぐに許すこともできないし、かといってずっと怒っている訳にもいかない。
これはもう、今日のところは早く切り上げるのが一番いいだろう。
そう思い本題を聞こうと口を開きかけた。
その時。
「そ、そうそう! お詫びと言ってはなんだけれど、第二王子ならまだ婚約者も決めていないのよ! 第二王子の正妃はいかがかしら? 二人は仲がいいと聞いていますし!」
今度は王妃が爆弾を落とした。
「「え、っはあ!?」」
私とレナセルト殿下が見事にハモる。
「ちょ、ちょっと待ってください! なんでそんな話になるんですか!?」
思わず声を荒げてしまった。
だって、いきなりそんなことを言われても困る。
「だ、だって。教皇聖下がお怒りになったのは、聖女様を下に見られたからでしょう? 正妃の座を用意できるのは、今の王家では第二王子くらいだから……」
王妃はもごもごと口ごもった。
親子そろって空気を読まない天才かもしれない。
(まって、第二王子の正妃って……)
そこまで考えて頭を振る。
そんなこと考えられるわけない。
だって私は、この世界の人間じゃないのだし!
という訳で首を横に振るが、肝心の王妃は国王と話していてこちらを見ていなかった。
「ほら、息もぴったり見たいですし。ねえ陛下。それでいかがでしょう?」
「……ん、あぁ。そうだな。案外よいかもしれん」
国王はコメカミを抑えたまま頷いた。
「どうだ、聖女。第二王子妃となるのは」
「どうって……」
此方としては、冗談じゃない。
コミュ障に煌びやかな宮廷生活なんてできるわけないのだから。
それに結婚なんてまだまだ先のこと、そんな簡単に決められないし。
「あの……。わ、私、まだ婚約とかは、まだいいかなって……。ほら、私まだ18歳ですし、早いですよ!」
「ワタクシもそのくらいで嫁いできましたわよ? 早いということはないでしょう」
しまった。ここが異世界だということを忘れていた。
ついつい日本の考え方になってしまう。
思わずたじろぐ。
――ガタン!
ふいに、イスが倒れる音がした。
振り返ると、セイラス様がうつむいたまま机に手をおいている。
ずいぶんおとなしいと思っていたが、ついに怒りのメーターが振りきれてしまったのだろうか。
「聞いていられませんね。聖女様、行きましょう」
「セ、セイラス様!?」
彼は私を立ち上がらせると、手を引いて出ていこうとする。
「そうそう。第二王子との婚約の話ですが、ムリに進めない方がよろしいかと」
広間に、凛とした声が響く。
シーンと静まり返った。
「なぜだ?」
国王が辛うじて口を開く。
「なぜ?」
セイラス様は鼻で笑った。
「そんなの、私も彼女に求婚しているからに決まっているでしょう?」
「!!?」
「決定権は、あくまで聖女様にあります。もちろん、私はそれに従うつもりです」
聞いたこともない話だった。
あんまりにも驚いてしまって、声も出せない。
「なんと、まあ。教皇自らとは……。だが、聖女自身が第二王子を選んだのなら、よいということだな?」
「……それは聖女様が決めることですので、私は口を挟みません。ですが」
セイラス様は威嚇するようにギロリと睨んだ。
「聖女様の意に反することをすれば、見逃しはしません。そのときは……覚悟してください。もちろん、全面敵対したいというのであれば別ですが」
二人の間に冷たい空気が流れた。
視線が鋭すぎて、身動きがとれない。
「……。我らとしてもせっかくの協力関係を無下にはしたくないのぉ。よいだろう。今の段階では婚約の打診、ということにしておくとしよう。聖女には、ぜひ第二王子を選んでもらいたいものだ」
「では、そういうことで」
セイラス様はそれだけ言うと、王宮を後にした。
彼に腕を引かれ、ついていく。
今の会話の意味も分からないまま、気が付けば馬車に乗っていた。
呆気に取られていて、いつ乗り込んだのか分からない。
なんで、こんなことになった?
何を、言われた?
セイラス様が、私に……?
(いやいやいや!! そんなこと言われた記憶ないけれど!?)
ようやく何を言われたのかを理解しだして、一気に顔が熱くなる。
(おおおおお落ち着け!)
何度か深呼吸をして落ち着ける。
「セセセセイラス様!? あれは、いったい??」
思いっきりどもってしまった。
でも仕方がないと思う。
向かいに座る彼は、既にいつも通りの顔に戻っていた。
「すみません。とっさとはいえ、なんの相談もなく。……ですが、王家からの婚約の打診が来たとなれば、断るには相応の理由が必要でしょう?」
「え、あ、え?」
「国王と対等な立場である私が求婚中だと言えば、少なくとも強引な既成事実は作れなくなる。そう思ってのことでしたが……」
「あっ、あ~」
なるほど、そういう理由か。
どうやら私を想っての嘘だったらしい。
(よかった……)
求婚を聞き逃したのかと思ったが、そうではなかったようだ。
確かにあのままだと、レナセルト殿下と婚約する流れになっただろう。
国王も王妃も流れる様に推してきたし、断れていたかは不明だ。
「……助かりました」
「しばらくはいろいろ噂されると思いますが、我慢してくださいね」
セイラス様は困ったように笑った。
「噂……?」
「ええ。第二王子との婚約の話が持ち上がったこと。そして私があなたに求婚中だということ。その二つが噂好きな社会に流れないはずがありませんから」
「……」
そりゃあそうだ。
真偽やこちらの都合はともあれ、そんな特大のゴシップを見逃すはずがない。
数日後。
予想通り、「第二王子と教皇が聖女に求婚中」という噂はたちまち王都中に広がってしまったのだった。
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