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第26話 心理戦


「聖下」


 オレは廊下を歩く教皇へと声をかけた。

 振り返ったあいつは、相変わらずニコニコと笑みを浮かべている。


「おや、どうされました?」

「しらばっくれないでいただきたい」


 キッと睨むように見つめれば、少しの後、ニコリと微笑んだ。


「ここではなんですね。こちらへ」


 手近な空き部屋に入る。

 誰もいないことを確かめると、教皇は置いてあったソファにどさりと腰をかけた。


「どうぞ、座ってください?」

「……」


 無言のまま浅く腰をかける。

 ひとつ息を吸うと、真っ直ぐに見つめた。


「駆け引きは苦手なんでな。単刀直入に言わせてもらう。……なぜ、馬車で魔物の話をしなかった?」



 それを口にしても、あいつは笑みを浮かべたままだ。

 むしろ挑発ちょうはつする様な、楽しそうな笑みに変わった。


 教皇は無言で、目線だけで続きをうながしてくる。


「いくらキンディナスとはいえ、シニフォスに近いあの場所に魔物が出ることは、本来()()()()()はずだ」


 あそこまで内部に入られていたとしたら、その過程にある街が全滅していてもおかしくない。

 だが、調べてもそれらしい被害はなかった。


 それに、ムルー山に留まっていた意味も分からない。


 魔物には人間を狙う習性がある。

 キンディナスにはまだまだ人間がたくさんいるのだから、普通はそちらに向かうはずだ。


「けれど、あそこに奴はいた。あまりにも不自然すぎる。それなのに……」

「私が何も言わなかった。それに疑問をもったのですね?」

「ああ」


 聖女はなにも疑問に思っていなさそうだったが、教皇はこの違和感に気が付いていたはずだ。


「なぜか、ですか。もうわかっているのでは?」

「……あの魔物は、自然にあそこにいたわけではない。つまり……何者かが故意に引き入れた可能性が高いと言うことに、か?」


 そう告げると、笑みが深まった。

 どうやら、予想が当たったようだ。


「この際です。あなたの考えをお聞かせ願いましょう。もしもそうだったとして、誰にでもできることじゃない。可能な人物に心当たりがあるのでしょう?」


 教皇は、まるで誘導尋問をしているかのようだ。

 だが、反発することなく素直に応じる。


「……前提条件として、瘴気に耐性のある人間でないとムリだろう」


 魔物は精神をむしばむ瘴気を放っている。

 普通の人間ではつれてくることは愚か、近づくことすらできない。


「次に、魔物を制することができる力も必要だ」


 魔物がおとなしく人間に従うとは考えられない。

 力で制して連れてくるのが一番考えられる。


「現にオレが戦った魔物は、古傷だらけだった。つまり、瘴気に耐性があって、武力の優れた何者かに連れてこられた、という可能性が高い訳だ」


 それだけ情報があれば、候補こうほはだいぶ絞れる。


「瘴気に耐性があるのは、神殿で修行をした者か、伝説の聖女の仲間の子孫……つまり王族の血を引く者しかいない。神殿内に裏切り者がいないのだと仮定かていすれば……」


 疑わしいのは、父王か兄上……そして、()()ということになる。



 恐らくこの男はそれら全てを分かった上で、聖女の前では話さなかった。


 つまり……。


「聖下はオレを疑っていた。聖女の前でその話題を出さなかったのは、オレ試すためか?」

「……ふふ」


 教皇は満足げに、意地の悪そうな微笑みを浮かべた。


「正解です。疑われている状態で、どう動くのか。少々試させていただきました」



 自分が疑わしい候補にあげられること。

 それをちゃんと指摘してきできるかどうか。


 試していたのはそこだろう。


 今日のこいつの態度は、あまりにも分かりやすかった。

 注視していれば、普通に気が付くだろう。


「ですが、私はあくまで()()を疑っていただけですよ」

「ふん。あれだけ()()を警戒していて、よく言えたものだ」

「ふふ」


 結界内に魔物が出たのなら、真っ先に疑われるのは神殿か王家。


 ムルー山の件は王家主導だったことを鑑みると、第一に疑うべきは王家。


 剣に優れない兄上では魔物をムルー山まで連れてくるのは不可能だし、国王たる父が自ら動くとは考えられない。


 つまり、必然的ひつぜんてきにオレが疑われることになる。

 だが、当然オレではない。


 それを示すためにこうしてこいつの元を訪れているのだから。


「……まあいい。それで、どうだったんだ?」

「そうですねぇ。及第点きゅうだいてんといったところでしょうか」


 奴はいつの間にか、いつも浮かべている微笑に戻っていた。


「一応、自分が疑われていることには気が付いてくれましたし。不利になる話題でも問い詰めにきましたからね」

「……もしも、問い詰めに来なかったら?」


 興味本位だった。


 もしオレが自分の保身のために、黙ったままだったら。

 どんな結末が待っているのか。


「その時は……」


 やつは楽しそうに目を細めた。

 今日一番の笑みだ。


「聖女様を狙うものとして、速やかに()()()()()()()()()かと」



 ゾクリと肌が粟立あわだつ。


「……っは! 恐ろしいな」


 理想の教皇。

 それが世間で言われている教皇の顔。

 

 けれど、今のそれは決してそうではない。

 冷酷な悪魔のような顔だ。

 よくこの顔を隠し通せていると、感心するほど……。



(さすがは、父王と長年渡り合ってきただけある)


 わが父、ラコムス王は集団の心理を操るのが得意な人間だ。

 かつ利己的。


 自分にとって邪魔なものと判断すれば、どんな人間だろうと容赦ようしゃなく()()()()



 この男が並の人間であれば、あっという間に潰されていただろう。

 けれどこいつは、今も教皇の地位についている。


 つまり、腹の探り合いや情報の動かし方など、熟知じゅくちしている人間だということは間違いない。



「――まあ、いいじゃありませんか。結果的にそうはならなかったのですし」

「魔術師というイレギュラーが現れたからな」

「ええ。魔術師が絡んでいるとなれば、先ほどの条件など、あってないようなものですから」



 150年前。


 国を襲った魔術師は魔術を用いて魔物を誘導ゆうどうした、という記述が残っている。

 その方法は非人道的ということで伏せられているが、多大な犠牲を払ったことだけは間違いない。


 今回のことも、犠牲が出ているのかも調べなくては。


「もちろん、あなたが魔術師と通じている、という線もありますが……」

「なわけあるか!」

「でしょうね」


 王家は過去の事件以降、魔術師との関わりを禁じている。

 いわば国敵だ。


 そんな者達と手を組んでいるなど、あってはならない。


「それに、あなたはあそこで死にかけた。あれが演技でないのならば、考えられるのは仲間割れか口封じ。もしそうならば、殺されそうになったあなたはすぐに動くはずです。それがなかったということは、違うのでしょう」


「……。協力関係の話を持ちかけた時、やたらとすんなり話が進んだと思ったが。……とんだ食わせ者だな」

「ふふふ」


 つまり、手元においておけば監視しやすいから、という理由で協力関係を結んでいたわけだ。

 初めからオレを疑っていながら。


 馬車でも思ったが、やはり一筋縄ひとすじなわではいかない性格をしているようだ。


「まあ、これからは聖女様を守り、国を立て直すパートナーです。仲よくしようではありませんか」


 教皇は爽やかな笑みを浮かべた。

 ぬけぬけと言ってのける教皇に、頭が痛くなってくる。


 いくら王家を変える為とはいえ、協力関係を結ぶ相手を間違えたかもしれない。


 だが、乗りかかった舟だ。

 後はもう、自分の選択を信じるしかないだろう。 


 オレは差し出された手を取った。


「そうだ。仲間になった記念に、名前で呼んでみますか?」

「はあ? 結構だ」

「おや、つれないですねぇ」

「よく言うよ。腹の中ではまだ疑っているくせに」

「ふふ、それはそれ、ですよ」


 否定はなし。

 

(やはり、とんだ食わせ者だな)


 気を強く持っていなければ、一瞬でこいつのペースになってしまうだろう。

 だが、味方になるのならば、心強いのは間違いない。


 一先ず、第一関門は突破ということでよいのだろう。

 オレはこっそりと息を吐きだした。




「きょ、教皇聖下!! いらっしゃいますか!?」



 その時、部屋の外が何やら騒がしくなった。

 ドアを開けると神官たちが走り回っているのが見える。


「なんです、騒々しい」

「はっ! それが、先ほど街の広場で患者が急に狂暴化したと報告があり……」


 話を聞いている限りでは、どうやら瘴魔病患者が暴れているらしい。


 予定では教会にいる患者を浄化するはずだったが、これはこれで、聖女の支持率を上げるのにちょうどいい。

 これからオレたちと一緒に向かえばいいだろう。



「対応は?」

「既に住人の避難は完了しています。患者も結界内に隔離かくりしているのですが……」


 神官はなんだかもごもごと歯切れの悪い様子だ。

 目もあっちこっち、行ったり来たり、せわしない。


「何です? はっきりと言ってください」

「じ、実は、その……聖女様にもお声を掛けたのです。もうすぐ予定のお時間だったので」

「それで? 彼女は?」



「……走って出て行ってしまいました」

「「え?」」


「走って出ていかれました」

「「……」」


「患者のもとに、いかれたようで……。その、お一人で……。後を追ったのですが……足が速く……」


 思わず教皇と顔を見合わせる。


「「あの……バカ!!」」


 見事にハモった。


 まさか一人で飛び出していくとは。

 いったい何を考えているのか。


(本当に、予想もつかない行動ばかりだな!!)


 焦っているのに、どこか面白い気持ちだ。

 無意識に口の端が上がっている気がする。


 オレたちはすぐに彼女を追って走り出した。



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